表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/14

仮の主

 私の記憶は粗い点描画のような、人の輪郭ですらはっきりしないものだった。

数少ない鮮明な記憶のほとんどは、そこで過ごすものだった。

私は気付いた時にはそこにいた。

そして、ガイスと呼ばれる男とお祈りをしていた。

私と、ガイス、それからお姉さまたち。

ガイスは、私とお姉さまたちにとても優しかった。とてもとても、優しかった。


――君たちは選ばれたんだよ。さぁ、おいで、神に選ばれた子どもたち。


ガイスはいつも私達を神に選ばれた子どもたちと呼んだ。

いつも頭を撫でてくれた。色々なことを教えてくれた。

ねぇ、ガイス、私は次こそ、お姉さまたちのように、旅立てるのでしょうか?

 王の部屋は日当たりがとてもよかった。

窓は中庭に面していて、池とそれを取り囲む草木が見えた。

窓辺に椅子を持ってきて、膝を抱えて丸くなっていた。

春が近づくにつれ、光は暖かさを増していた。

――このまま寝てしまおうか?

どうせすぐに起こされるのはわかっていたが、長い年月眠りっぱなしだったせいか、どうにも眠い。

 部屋には主と、先ほど手合せた男が来ていた。

自分と戦ってほとんど無傷で済んだ男だ、かなり優秀なのだろうとぼんやりした意識で思った。

二人は次回の戦いについて話をしていた。その戦いに自分も参加をする。しかし、興味はなかった。

命令された通りに動けば良かったし、私を使う人間が愚かでも構わなかった。

私が死ぬのなら、それは神が与えた運命だ。

――早く終わればいいのに、すべて。

視界を遮ってくれる長い髪と、膝を抱えたこの姿勢は好きだった。

―――起きろ。

アヒムの声が頭で響いた。

膝から顔を上げると、黒髪の男がこちらを見ていた。

目が合うと、男は軽くお辞儀をした。

「これから、こいつはしばらくの間、お前の配下とする。好きに使え。それとこいつに関して重要な注意事項があるからよく聞け。」

王は柔らかい布が貼られた椅子に深く座り、立っている男と対面していた。

大広間でと同様に右手で頬杖をついていた。

王と男の間にある大きな机には所狭しと紙の束が広がっていた。

王の喋る間に立ちあがり、机の脇に立った。男はずっと私を見ている。

居心地の悪さを感じて、視線を床に落とした。


「こいつは大食いだ。普通にしていても10人前は食べる。さっきみせた能力を使えば、その倍以上は食べる」

「……この女性が、そんなに、食べるのですか……?」


 困惑した声だった。

王はそんな声に構わず、続けた。


「ああ。食う。まぁ、後で食事させてみろ。で、重要なのはここからだ。絶対に空腹にさせるなよ。空腹になると見境なく殺す。動物も、人さえも、だ」


 男が息をのんだような気がした。再び顔を上げると、男と目が合った。

信じられない、男の目にはそう、書いてあった。視線を再び、床に落とした。


「空腹にはそう簡単にならない。だが、なったが最後、味方なんて関係なくなる。気をつけろ。といっても、俺も見たことはないがな。どうしようもなくなったら殺せ」

「彼女を殺してもよいと?」


王 は抑揚のない声で、淡々と続けた。


「ああ。殺せなかったら逃げろ。だが、そうなった時以外、こいつは命令に必ず従う。後はこいつにでも聞け。戦果を期待している」


 本当に期待しているのか、わからない口ぶりだった。

今まで仕えてきた主の誰よりも、自分を魅せることをしない人だと思う。

 ふわりと後ろから部屋に風が吹き込んだ。髪が揺れ、頬がくすぐったい。

顔を上げると同時に吹き込む風が強くなった。

風と同時に、声が頭にこだまする。


――指輪に関して、一切しゃべるな。

――仰せのままに、わが主。


「かしこまりました。全力を尽くします」


 男は右手を胸にあて、頭を垂れた。

その姿はきれいだと思った。

 私は、男の脇へ進むと、同じような姿勢をとった。

再び顔を上げた。

 私を見る王の赤い目が、これから向かう戦場を連想させた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ