兵器
王に呼ばれ姿を現したのは、どこから見てもただの少女でしかなかった。
腰まである赤い長い髪に、紫色の瞳。細い手足に白い肌。
兵器というよりは、どこかのお姫様という方がぴったりだった。
一流の画家が描いた少女が、絵から抜き出てきたような、整った唇、鼻筋、目。
ただ普通のお姫様とは、真一文字に結ばれた唇と、感情の見えない目が違った。
その目は、いつかどこかで見た、焼け野原をさまよう子供と同じだった。
王のいた台座から降りてきた少女は俺から2,3メートル離れ、立ち止まった。
向かい合って少女を見るが、やはりただの美少女だった。
黒く短いズボンと膝ほどまである黒いブーツから覗く脚は華奢な少女のもの。
腰まである赤いマントから覗く腕も同様に、細かった。
兵器という恐ろしい響きから、かけ離れた存在。
腰から剣を取り、目の前の少女に対して構えた。
少女も腰から短剣を取り出した。右手で短剣を持ち、軽く左足を後ろに引いた。
華奢な体にぴったりの短剣だったが、自分の剣と対峙するのは不利だと思った。
表情や紫の瞳からはどんな感情も読み取れない。殺気も感じない。
軽く息を吸い、相手に集中する。周囲のざわめきが遠くなっていく。
剣のグリップを両手でしっかりと握りしめる。
少女に変化はない。
――兵器というからには、感情というものがないのだろうか?
「始め」
緊張感の欠片もない声が頭上から降った。
その瞬間、少女は床をけり、体重を感じさせないほど軽やかに
俺に一直線に向かってきた。
少女が懐に飛び込む瞬間を狙って、剣を頭上に持ち上げ、一気に振り下ろす。
キーン!
乾いた音と同時に体が下に傾いた。
少女は剣の勢いに抗うことなく一緒に沈むことで、勢いのあった俺の体勢を崩した。
ヒュッ!!
少女は屈んだ状態から素早く起き上がり、俺の首をめがけて短剣を振り下ろす。
「くっ……!」
慌てて横に飛びのき、そのまま、がら空きの横っ腹に剣を叩き込む。
ガンッ!!!
鈍い金属音を立てて、短剣と俺の剣がぶつかり合う。
それからはまるで時間がゆっくり進むようだった。
剣の勢いに逆らうことなく、少女も剣と共に横にそれていく。
短剣が少女の手から離れていく。
よし!そう思った瞬間だった。
少女が横にそれていく剣の頭上を体を回転させながら飛び、その半瞬後に俺の左手に激痛が襲った。
「ッ!!!」
予想しなかった痛みと驚きでグリップを握る力が弱まった。
その隙を逃さず、少女は剣を蹴った。手から剣がすり抜けていく。
少女は剣を蹴った体勢から、一気に俺の懐に飛び込み、俺のみぞおちにこぶしを入れた。
体勢が崩れていた俺は防御も間に合わず、内臓への振動に吐き気がした。その痛みで一気に頭に血が上った。
腕を引き戻そうとする瞬間を逃さず、少女の手首を掴み、自分の方へ引き寄せると、
おかえしとばかりに渾身の力を込めて、少女のみぞおちにこぶしを叩き込んだ。
少女は軽く数メートル転がったが、ひらりと床の上を回転すると、立ち上がった。
「なっ……!」
渾身の力を込めて少女を殴った。少女が転がる姿を見て、血の上った頭が一気に冷めた。
騎士である自分が、女性を殴るとは…騎士としての恥だった。
苦悶の表情を浮かべているだろうかと、少女の顔色を窺った。
だが、初めて見た時と何1つ表情が変わっていない。
自分は息が乱れているのに、少女は呼吸1つ乱れていない。
さきほどの首からの攻撃をかわす際に、右頬に受けた切り傷がちりちりと痛む。
左手を見ると、おそらく蹴ったのだろう、左手には汚れが付き、少し赤くなっていた。
――この少女は本当に、兵器…?
「止めろ」
再 び頭上から声が降った。
緊張を解くと、どっと疲労が押し寄せた。
たったの数分の出来事だったが、だいぶ集中していた。
いや集中しなければと、やられていた。本気の戦闘を強制的に引き出された。
もともと本気でやるつもりだったけれども。
大きく二回、息を吸って吐いてを繰り返し、呼吸を整えた。
この間に少女は王の脇へと戻って行った。
「大丈夫ですか?すごかったですよ、早すぎてあっという間でした。久しぶりにあなたの大人げない姿を見ましたよ。女性を殴るとは」
腹心の部下であるウーリが、小声で感想を言った。
人の言われたくないことを的確に指摘するウーリは参謀としては一流でも、友人としてはいささか問題があった。
若干俺より背の低いウーリを、上から睨むと、ウーリはペロッと舌を出した。
こいつのこの仕草に、一体何度怒りが湧いただろう。そしてこの金髪で青い目の、まさに天使のような外見の男は、俺の嫌がる仕草をわざとするような奴だった。
「こいつの力量はだいたい分かったと思う。さて、もう1つ。
こいつには特殊な能力がある。今から見せる」
王が話すと、乱れていた隊列は素早く直り、俺も再び元の位置に戻った。
少女はどこを見ているのか、視線がさまよっている。
「そうだな……おい、小さい竜巻を出せ」
「御意」
王は変わらず覇気のない声で、話を続ける。
竜巻、という単語が俺の頭で理解されるより早く、少女は了承した。
「……トロンベ」
少女は小ぼそっとつぶやくと、王と俺たちの間に竜巻が発生した。
「は!?」
大広間にいる俺を含めた兵士全員が、驚きすぎて声が出なかった。
竜巻は小さいながらも周囲の砂やチリを吸い込み、上へと巻き上げていく。
竜巻に向かって、風が流れていくのを感じる。
数十秒の短い時間で竜巻は、すっと消えた。
その間、誰も口をきかなかった。突然現れた竜巻に驚き、呆然と竜巻の消える姿を見ていた。
静まり返る大広間に、再び王の声が響いた。
「次の遠征にこいつを同行させる。以上だ。フィデリオ、後で俺の部屋に来い」
王は俺の返事を待たず、椅子から立ち上がると、少女を後ろに伴い、
大広間の奥の扉に消えて行った。
「フィデリオ、あれって本当の竜巻でしたよね……?」
ウーリの声が背後から聞こえた。
俺たちの目の前では、竜巻が巻き上げた砂やチリが日の光を受けながら
ゆっくり下に落ちていた。