イルザ
ああ、神よ、二度目の生では
どうか、どうか、私に愛する人をお与えください。
どうか、どうか、家族を、友人を、お与えください。
この一度目の生で、あなたが望むならばなんでもいたします。
我々はあなたに選ばれ、罪を雪ぐ機会を与えられた。
我々は大いに感謝いたしております。
神よ、神よ、ああ、神よ、ありがとうございます。ありがとうございます。
罪を雪ぐための、この一度目に生を、あなたが与えてくださった罰を
私は全て受け入れます。
ああ、神よ、どうか、どうか、この一度目の生を、全うする姿を見届けてください。
神よ、どうか私を見捨てないでください。
「おい、起きろ」
霞がかった意識が、男の声で急速に澄んでいく。深く永い眠りがようやく終わりをむかえた。
ゆっくりと目を開けると、一人の男が私の顔を覗き込んでいた。
――ああ、この男が新たな主か。
松明の灯りに照らされた男の顔は人形のように、整っていた。
◆◆◆
「次の遠征だが……」
私の主、アヒムの声が淡々と大広間に響いていた。
全体的に赤で統一された内装は、大国の割に質素な作りだった。
けれども、窓から差し込む陽光は、部屋を優美に彩った。
床から数メートル高いの台座が部屋の奥におかれ、その上の椅子に、アヒムはだらりと座っていた。
頬杖を突き、紙に書かれた内容を読み上げている。
時折、大きく息を吐き、そのたびに肩口の長さの銀髪が揺れた。
台座から少し離れた場所に三人の大将を先頭にして、数十人の兵士が整列していた。
一部の隙もない完璧な姿勢で、どの兵士も片膝をつき、王の話を聞いていた。
「来い」
急に声が途切れたかと思うと、アヒムは私を呼んだ。
兵士から見えない位置で控えていた私は、ゆっくりとアヒムの斜め前に立った。
「これが件の兵器だ。ただの女に見えるが、お前らよりも格段に強い。おい、何か話せ」
ちらりと背後に視線を送ると、さっさとしろとアヒムの声が頭で響いた。
たくさんの人間の視線が一気に集まるのがわかる。視線からは好意も悪意も感じない。
だが、そのうちこの視線全てから悪意を感じるようになるのだろうか、いつかあったように。
軽く息を吐いて、顔をあげた。
「……名はイルザ、です」
「おい、それだけか?」
背後から不満げな声が漏れた。
「まぁ、いい。おい、誰かこいつと手合せしろ」
その一言で、大広間の静寂はあっという間に消えた。
兵士達は、隣同士でささやき、私を見ると、再びささやき合うということを繰り返していた。
前にいる3人の大将は、無遠慮に私を凝視し、品定めをしているようだった。
「いや、いい。いい。面倒だ。おい、大将の三人のうちの誰かが相手をしろ」
再び、大広間に静寂が訪れた。
「我が王よ!王よ!私どもの実力を知っていらっしゃることと思いますが!」
口ひげをはやした大男がことさら大きな声で叫び、王を仰いだ。
「ああ、勿論だ。わかっている」
先ほどからの、だらしない姿勢を崩しもせず、アヒムは冷たく言った。
「ならば、わたくしに。このお二方の将軍の技量に遠く及びませんが、技量を計るくらいにはなりましょう」
一人の男が立ち上がると、王の前に進み出た。
長身を折り、右手を胸にあて、片膝をついた。
「ああ、フィデリオか。貴様ならいいだろう、やるがいい」
「御意」
返事をした男は、こちらを見て目礼をした。
男は黒髪で、灰色の瞳をしていた。将軍にしては若いと思うのだが、
見た目の割に落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「フィデリオ、本気でやれ」
その言葉と同時に、殺すなとアヒムの声が頭に響く。
御意とつぶやき、私は男の元へ足を踏み出した。