第一章④ 少女と傭兵その1
お待たせしました。今回は次話との兼ね合いにより、少し文字量が少なめです。
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「だが……」
しばしの沈黙を先に破ったのは、いつの間にか険しい顔へと変わっていたライズであった。
「だが、それだけが理由ではない。そうだな? 『金』」
「む……」
「えぇっそうなの?」
ライズの指摘にルーミィは驚いたように『金』を見る。言葉を詰まらせた『金』だったが、それはそのまま、単に暇でいる訳ではない事を示していた。ライズはそんな『金』の様子を確認してから言葉を続ける。
「竜神が守護する聖域から出るという事は、我々人間にとって、国の一つや二つが消滅してもおかしくはない緊急事態だ。歴史がそう言っているからな。今頃、オロゥ・サンターリオの都は大混乱なんじゃないのか? …………何があった?」
「…………」
『金』がライズを睨んだ。「何があった?」という言葉の裏に、この状況そのものに対する説明を、一から求めている事が分かったからだ。
「……嘘は言っていないんだがな」
「そうだろうな。それだけが理由ならば、だが」
状況を良く飲み込めていないルーミィが両者の雰囲気に気圧されてたじろぐ中、ライズはさらに言葉を繋げる。
「それに、ルーミィはたった今殺されそうになったんだ。『金』、お前の興味を惹かなければ、俺の小さな雇い主は今はもうこの世にいなかった。……俺を含め命を刈り取らなかった理由はなんだ」
ライズはその言葉にほんの少しだけ殺気を混ぜた。何よりも重要な事であり、それだけは答えて貰わねばならなかったからである。
『金』はフンッと鼻を鳴らした。
「……まったく。聡い人間というのは本当に厄介だな。貴様、名はなんという」
「えーっ。あたしには名前きかなかったのに、ライズにはきくの!?」
質問に答えず質問で返す『金』に、ルーミィが抗議の声をあげた。
「タイミングの問題だ、ルーミィよ。そう拗ねるでない」
「ふん、だ。『金』のばか」
「……それで、ライズ、で良いのか? 貴様の名は」
ライズは思わずため息をついた。
「ルーミィ、お前な……」
真剣な空気を簡単に崩され、名乗る前に名前を言われてしまい、さらには拗ねて仮にも信仰の対象にまでなっている竜神ともあろう『金』を罵るルーミィを見て、頭痛がしたように目頭を押さえる。本人(竜)の機嫌を損ねていないのがせめてもの救いだろうか。
「だって、ライズばっかりずるい」
「何がずるいんだ何が」
「難しい話ばっかり楽しそうに話してるじゃない。きんきゅーじたいとか、サンターリオさんとか!」
「……楽しんでいる訳では無いし、オロゥ・サンターリオは国の名前だ。頼むから少しだけ黙っていてくれ、ルーミィ。話が進まん」
「むー」
ライズは『金』に向き直った。
「すまんな」
「何、気にするな。子供というのはそのようなモノだと儂も知っている、ライズよ……で、よいのだな?」
「あぁ、ライズで合っている」
やれやれ、と疲れたように首肯するライズであった。
「それで、こちらの質問には答えて貰えるんだろうな?」
「良いだろう。儂はお前達が気に入った。話してやる。だが……」
『金』はそこで一旦言葉を切って、大きく一回、羽ばたいた。
「ここでは些か問題があろう。何処かゆっくり出来る場所で話すのが良かろうな。『水』の奴が怒っていては、この雨はまだまだやまんからな」
「……この大雨は『水』様が?」
道理でこの大雨か、とライズは一人納得する。この辺りでは、何日も降り続けるような雨はとても珍しいのだ。川が氾濫し洪水一歩手前になっている事からもそれが分かる。もしかすると、下流域ではとっくに洪水が起こっているかも知れないが。
「奴も様って呼ばれる柄でも無いがな。何があったのかは知らんが、この大雨には奴の意思が感じられる。大方、先代関係で苛ついておるのだろうが、迷惑な話だ。ここまで降られては流石の儂も風邪を引きかねん」
「……竜神でも風邪を引くの?」
やはり竜神橋が落とされた事に原因があるのだろうかとライズは考えるが、ルーミィはそれよりも風邪の方が気になるようだ。
「うむ、ルーミィよ。人間に神と崇められ恐れられていようが、我等とて同じ生物だ。飯も食べれば、病気にもなる。儂の先代は大往生だったが、『音越え』の爺さんなぞは後継を見出す前に肉を喉に詰まらせてぽっくり逝っているからな」
「『音越え』……?」
「む、そうか。百年も前の話だからな。もう忘れ去られているか……」
ライズがそんな会話に「肉で?」と呆然としているが、『金』は気にした風でもなく話を繋ぐ。
「まぁそんな事は良い。移動しようではないか。お前達の行く方に儂もついて行こう」
「それは……こちらとしても願ってもないが……、俺達はこの先の町に行くんだが、大丈夫か?」
『金』の姿を見ながらライズが尋ねる。
「む? なにがだ?」
「いや、竜神が町に来たら住人としては大事だろう?」
「竜神だもんねー」
ルーミィが同意する。
「ただの竜ですら討伐隊が組まれるんだ。『金』のような竜神なんて下手をすれば恐慌が起きるぞ?」
信仰されているとはいえ、人の力及ばぬ存在。その信仰も畏怖から来るものなので、姿が見れたからと言って喜ぶようなものでも無いのである。『金』に至っては、下手をすれば見ただけで死ぬ事もあるのだから、聖域のあるオロゥ・サンターリオの住人でも無ければ、先のライズ達のように隠れようとするのが普通の反応だろう。
「それに、ほいほいと殺されても、本当に困るんだが」
町に『金』が降り立ち、地獄絵図となる様を想像し、ライズは顔をしかめた。その横ではルーミィがうんうんと頷いている。
「ふむ、そんな事か」
「いや、そんな事じゃないんだが?」
「儂が町に入るのはまずい、というのだろう?」
「そうだ。だから──」
「要はこの姿でないのなら大丈夫なわけだ」
「──俺達としては、移動しながらでも…………この姿?」
一瞬、何を言っているのか分からなかったライズが、思わず聞き返す。
「うむ。儂が人間と同じような姿であれば問題無かろう?」
「にん……は?」
「わわっ、『金』がぐにゃぐにゃっ!」
いきなり、『金』の姿が歪み始め、ライズとルーミィの二人は呆気に取られる。金色の立派な竜の姿が、まるで溶け出したかのように不定形の物体へと変わった。
「これは……なんとも」
「すごい」
普通ならば絶対に見れないであろうその光景に、二人は目を見張る。
先ほどまで金色の竜神だったそれが、ぐんにゃりと竜の形から人間の形へと変わっていく。大きさもどんどん小さくなっていき、ルーミィよりも頭一つ分ほど高い、ライズの胸の下辺りの背丈となった。
「あぁ、やっぱりか……」
ライズは思わずそう呟いた。竜尺は他の竜や竜神と変わらなかったが、声質がやけに少年らしいモノだった理由がなんとなく察せられたからである。
「『金』って子供だったんだねー」
身も蓋もないルーミィの言葉を余所に、『金』の髪にあたる部分以外の金色の光がなくなっていく。その光が完全に消えたとき、そこにはルーミィと同じような綺麗な金色の長髪を持つ、浅黒い肌の健康そうな体つきの少年がいた。
「ふむ。こんなものか」
自分の身体を見回し、満足したように頷く『金』である。そして、にこやかに、
「どうだ? これなら町にも入れるだろう?」
そう、自慢気に言った。
が。
「いや、そうだがまず服を着ろ服を!」
「わー。わー。わぁ……」
「ルーミィ! お前は見るな!」
一糸纏わぬ威風堂々とした立ち姿に思わず突っ込みを入れるライズが、顔を恥ずかしさで覆いながらも指の間からマジマジと見るルーミィを一喝する。という、少しの間収拾のつかない事態となったのだった。
オロゥ・アドレジーオの都を、オロゥ・サンターリオに変更しました。
理由は、アドレジーオの意味を書いた紙を紛失し、アドレジーオがどんな意味合いを持った言葉であったか分からなくなってしまったためです(最悪の理由)。
意味合いとしてはさほど変わらないはずなのですが、アドレジーオで覚えている方にはとても申し訳ないです。
また、金の背丈を変更しました。
何を考えていたのか、ライズの鎖骨あたりの背丈でルーミィより頭一つ分だと、ルーミィの結構背が高く、かつ見た目の年齢ももう少し高くなってしまうからです。
色々と申し訳ありません。