七話『奇時間帯』
俺は手に持っていた黒い受話器を電話機本体に戻した。いまどき珍しい黒電話だなと思いつつ、昨日への留守電話を終えた俺は相変わらずびくびくしている一條咲に声をかけた。
「終わりましたよ」
「そうですか。えと、うまく行きましたか?」
「ええ。欲を言えば本人と会話したかったのですけど」
「はあ・・・」
今、俺たちがいるこの十六夜神社の廊下には見渡す限りの電話機が置かれている。それぞれプレートで一日前とか二日前、はては十年前とかいうシロモノまであったりする場所だ。
「やっぱり不思議ですか?私の神社は」
やっぱりこの人は神社がらみになると元気が出るようだ。どんだけだよ。
「だって好きですもの」
「また・・・」
「すみませんねえ」
さっきからずっとこの調子だ。会話しているうちに彼女は勝手に俺の心を見通してしまう。この人とポーカーをやったら絶対に負ける、というかだれも勝てないだろ。発端はつい先ほどまでさかのぼる。
* * * * * * * * * *
「あれ、おどろかないんですね」
「・・・驚いてますよ」
「ふふ、正直者ですね、加賀美さん」
俺はしばらくフリーズしていた。金色の輝きを放つその瞳に何もかも吸い取られそうで・・・
「あ、あんまり、み、見ない方が、」
「あっ・・・すみません」
いつのまにかものすごく一條咲に接近してしまっていた。一條咲はあまり異性に見詰められたことがないのかじっと下を向いている。その耳は真っ赤だ。照れているんだろうな、と俺はぼんやりと考えたりする。実を言うと自分のルックスについてはあまり自覚はない。大学とかにいったりするとよく俺に対して友人が、さすがイケメンなどとはやし立ててくる。この間なんか廊下で女性の方にぶつかってしまった時に隣の友人に、イケメンめ・・・滅びればいいのにとか言われた。確かに言われてみれば俺はどこか優しげなオーラの漂うイケメンのようだが、ぶっちゃけ顔より命のほうが大事だ。当たり前のことだがそうじゃなかったら俺はとっくのとうに死んでいる。
話が逸れた。今までの言動から推理するに、この一條咲という人物はどうやらこの金色の瞳でみたものの心を読み取ることができるらしい。なぜかと言えば俺と目を合わせている時にしかちゃんと心を当てられていない。それに、初対面のときに一條咲は俺に名前を聞いた。その気になればわざわざ会話することなく名前を当てられるはずだろう。質問の内容すら当ててしまったのだから。
なら、こっちも遠慮なく心に入らせてもらおう。話術で。
「こ、怖いですか?わ、わ私の目・・・」
「いや、そんなことないですよ。満月みたいに美しいと思います」
「えっ・・・」
しばらくぽかんとした表情をしていた一条咲さんだったが俺の言葉の意味を理解したのか先程よりもさらに顔を赤くして俯いた。目を合わせなければこっちのことはわからないはずだ。それに、向こうから目を逸らした。こうなれば勝ち戦だな。が、
「あの・・・目を合わせなければ心が読み撮れないと御思いなのでしょうが、違いますよ?」
俺の推理は一体何だったんだ。
「褒められれば喜びますけど、あの、その、は、は恥ずかしいのでや、めてください」
「わかりました」
いつぞやか条花に口で言い負かされた時の悔しさににた感情が湧きあがった。つくづく俺という人間は女性の相手をするのが苦手なようだ。俺はへタレではないが、女性相手だとへタレになる。気弱な人だと思って八つ当たりじみた行為をした俺がアホダッタヨウダ・・・。これから普通にしている事にしよう。
「あー…でも、本当に綺麗だと思います。率直な感想ですよ」
「な、ななななななななにがっ!?」
「咲さんの瞳が」
ボフッというような蒸気が彼女の頭から立ち上ったような気がした。挑戦するような態度はもうやめて普通に話しかけてもこれだ。正直うんざりしてくる。・・・あれか?下の名前を呼ばれると照れるっていうやつか?だったら気をつけなくては。昔から俺はとにかく人を下の名前で呼ぶ癖がある。その方が親近感が湧くと思うっていうのが理由。最近は男の方の友人と下の名前で呼ばれても平気な条花とかとしか話していないからそこを考慮せずに言ってしまった。実は女性恐怖症なんじゃないか俺?
意味のわからない瞑想に入った矢先、咲さん、いや、一條さんがまだ赤い顔で俺に話しかけてきた。どこか嬉しげである。
「不思議な人ですね、加賀美さんは」
「あなたの方が不思議ですよ」
「ふふ、確かに」
先ほどとは打って変ったように言動が優雅になっている。なにが起きた。
「こんな反応をしてくれた人、初めてみましたよ。こんな目が綺麗だって」
「そうなんですか?」
「ええ。大抵の人間はまず私が出てきた時点で驚いちゃいます。仮にそこを乗り切ったとしてもこの目を見せた途端に化けものだ!・・・って言われて逃げるんです」
「俺はさ…一條さんの事、化けものだなんて思っちゃいません」
「心を読むまでもなくわかることですよ」
にこり、と一條さんは不思議な笑顔を作った。・・・ちょっとまて。さっきとぜんぜんキャラが違うじゃねえか。どうなってやがる。
「ただの演技です」
「・・・まじで?」
さあっと一條さんは髪をかきあげてから再び話し出す。
「テストですよ。本当に人のことを視ているのかを試すんです」
「なんか人間離れしたこと言ってませんか?」
「人間じゃなかったらどうします?」
「・・・え?」
一條さんは不思議な笑みのまま目をゆっくりと細める。テストはまだ続いているというのか?細めた瞳が頷いた気がした。要はこの問いにどう答えればいいのかという話だ。
生半可な難易度の問題じゃあないな。俺はオカルトとかそういうのはまったくもって信じてはいない。 というのが昨日までの俺の考えだったのだが・・・さすがに爪が伸びたり、鳥居が放電とか、ましてや神社の寺の巫女が心を読めるなどとこんな現象が続いていたんじゃさすがに信じざるを得ない。
相変わらず一條さんは目を細めたままの笑みを浮かべて俺をじっと見ている。そしてその瞳は楽しげに笑っている。これから俺がどんな答えを出すのか、楽しみにしている目。期待してくれているんなら期待に答えてやらなくちゃな。
俺は彼女の眼を見つめる。見つめているだけではない。そこに、きっと真実があるから。
「一條さん」
「はい、なんでしょう?」
「答えが出ましたよ」
不思議な笑みがいたずらっぽくなった。チャーミングな笑顔だな、と頭の隅で考えつつ結論を述べる。
「では、あなたの右目・・・カラーコンタクトレンズをはめていますね。俺にはわかりますよ。光の反射の仕方が生の目とは違う」
一條さんはさらにめを細めた。
「次に。あなたはきっと左目の方が心を読み取ることのできる眼で、右目が普通の目でしょう」
「なぜ、そう思いになられたのでしょうか?」
「あなたは俺と話すときに、顔が俺から見て右に傾いている」
「・・・続けてください」
「では、これで最後にします。俺はオカルトなどまったくもって信じちゃいませんが、あなたは【サトリ】妖怪と人間のハーフ――――――違いますか?」
「合格です」
一條さんは満面の笑みでそう告げた。笑うとかわいい人だな。そんなことをぼんやりと考えていたら急に一條さんが赤くなってうつむいた。事実なんだけど、と言いそうになったのをこらえる。うっかりこういう事を考えないようにしないと。
やがて一條さんが顔をあげてしゃべり始めた。
「見事ですね。私の正体まで見破るとは・・・正直、驚きました」
「どうも。それで・・・」
「話をする前にあなたの待ち人に電話をなさってはいかがでは?」
「え・・・?あ、ああ。ってなんで知ってるんで・・・ああ、はいはい」
「すみませんねえ、つい」
* * * * * * * * * *
とまあ、こんな具合である。回想はさておきこの人からできるだけ情報を聞き出さなくては。
「さて、では本題に入りましょうか。まず、あなたを襲ったもののついてですが・・・あれは妖怪ではないかと思うのです。ただ、爪を伸ばすだけというのなら他にもたくさんいるでしょうし・・・特定ができないのが残念です。他に、何か特徴はありませんでしたか?」
ほかに何か・・・そういわれて俺は昨日の出来事を振り返る。
「人型で、・・・何もしゃべらなかった。それと、割と弱かったのかな」
「加賀美さんの蹴りが入ったんですね。・・・変ですね。妖怪には人間は触れられないというのに」
「謎・・・か」
「すみません、お力になれなくて・・・」
「いやいや、助けてくれただけでも十分ありがたいですから」
ぺこぺこと頭を下げる一條さん。女性に頭を下げられるとあまりいい気もちがしない。
「じゃあその襲撃者のことはいいとして、あの鳥居の放電現象について教えてください」
「はい。簡単に言ってしまいますと、結界が貼ってあるんです」
「結界ですか」
「ええ。このおかげでいたずらをする妖怪達が入ってこれないのですよ。それでまた強固なものでして害をなす存在が侵入しようとすると放電現象が起こって入らせません」
なるほど・・・だいぶ説明がざっくりしているがよくわかった。言い換えればこの十六夜神社は安全地帯だということ。
「あ、あともう一つ。この神社、奇時間帯の上に位置しているんです」
「奇時間帯?」
「ええ。通常とは時間の流れが違う場所のことです」
「どおりであの変な電話を使う必要があったのか」
そういうことです、と一條さんが締めくくった。長話だったな、と考えつつ出されたお茶を飲む。一條さんはよいしょ、といって立ち上がると、再び俺にしゃべりかける。
「なんだか・・・今の時美沢に不穏な空気を感じます。久しぶりに巫女として動くことになりそうですね」
一條さんはコンタクトレンズを外した蒼い右目で外を睨みながらそう言った。
続々メインキャストが揃いつつあります




