一話 『変化』
ボクのかよう私立B中学校は加賀美と住んでいるマンションから出て左に曲がり坂道を上がったところにある交差点を直進し、アーケード商店街を通りぬけた先の道を右にまがると遠くに校門が見える。
いま通っているところがアーケード商店街、[時美沢大商店街]である。全長500メートルにも及ぶこの商店街は年中人で賑わっている。駄菓子屋、八百屋、文房具店、なかにはカフェなどバリエーションが豊富だ。加賀美のバイト先でもある喫茶店、カーネーションも商店街の中にある。何でもそこの店長のインパクトがすごいという噂があったのを覚えている。
ここを通学路にする学校の生徒も多く、必然的に
「おはよう、彩城」
と声をかけられる。ボクに声をかけたのは、確かクラスメイトの男子の・・・えーと・・・山上総司だったきがする。実をいうとボクは学校ではあまりしゃべらない。大抵一人で行動することが多い故に友達と呼べる人はゼロだ。なかにはボクを友達と思っている人もいるようだが毎日話すだけでは勘違いもいいところだ。たとえば山上とか。毎日一方的にしゃべり続け、無視しても意味がない。だからボクは仕方なく話しているのだ。
「おはよう」
「ん?今日は無視しないのか?」
「・・・君が超構ってほしいオーラを出しているからだよ!」
「はは、別にいいじゃん。彩城はかわいいから誰だって構って欲しいもんだ」
「・・・キザッたらしいことをいわないでくれ。その顔だと気持ち悪い」
「相変わらず毒舌だな」
顔を山上から逸らして言う。自分でもよくわかっているが、ボクは単純だ。さっきのは照れ隠し。これが加賀美あたりだったら素直に喜んでいたけど。
「そういえば、今日の時間割ってなんだっけ?」
「国語、数学、体育二時間に物理と英語」
「サンキュー。体育か。いまは男女ともにサッカーだったな。彩城はどう?」
「どうって・・・屋外だからボクは日陰で見学だけど」
「すまん」
「なんで謝るのさ?」
「彩城もサッカーがやりたいんじゃないの?」
「ボクはむしろバスケがやりたいね」
そんな他愛のない会話をしながら商店街を抜ける。いつの間にかボクも話すようになってきたと思う。
別に山上の人となりは嫌いではない。顔もきもいとはいったが中の上ぐらいのルックスである。ただ、毎日会うたびにかわいいだの、きれいだの言ってくるのを直してくれればありがたい。登校時には何もボクと山上の二人だけじゃない。ボクたちの隣を通った人が山上がボクに向かってかわいいと言ったのを聞きつけたりしたら・・・考えるだけで恥ずかしい。
やがて校門に差し掛かったころ、なんだかひとだかりができていた。ガヤガヤと皆一様に騒いでいる。中には学校関係者ではないような人たちも混じっていた。
「なんだろうね?」
「喧嘩でもやってんのか?」
絶対喧嘩じゃないね。仮にそうだとしたらなんで学校関係者以外の人達も集まっているのか説明がつかない。それにはやし立てる声やどなり声も聞こえない。まあ、いくら考えても仕方がないか。
「百聞は一見にしかず。見に行こう」
「なんでオレを押してるんだ?」
「決まっているじゃないか。肉弾戦車だよ」
「おい!」
人ごみの中に山上をぶち込んで人の山を乗り越え、さきに進む。こんどこそ喧嘩が起きたな。山上のせいで。人の影をすり抜け、さらに先へ。その時、甲高い悲鳴が聞こえた。正気を失ったものの声、だ。
歩くスピードを速くする。一体なにが・・・おきているんだ?
視界が晴れたとき、ボクがみたものは
つぶれたカエルみたいな赤黒い肉塊だった。
「・・・えっ・・・?」
一瞬何がなんだかわからなくなった。だってここは学校だよ。人が死ぬわけなんてないのに・・・
自殺。それが学校で起きうる人死にではないのだろうか。・・・あたりにはむせかえるような腐敗臭が漂い、視界には吐き気を催す死体がある。視界のなかで赤と白がぐるぐる回っていた。
「彩城、何がーーーー」
駆け寄ってきた山上が絶句した。誰だって〈アレ〉を見たら黙るしかない。・・・しばらくしてからボクは思考を再開した。死体は見事に頭からかち割れていた。たぶん高所から、すなわち屋上から飛び降りたのに違いない。
「・・・山上、最近イジメの空気とかはなかったよね」
「・・・ああ。、けど・・なんでシナッちが・・死ななきゃいけねえんだよ・・・!」
「君の友人の冥福を祈るよ」
再びの沈黙ののち、ボクはもう一度山上に話かけようとした。その前に先生たちがやってきて大声でどなり散らし始めた。
「臨時休校だ!さあ帰った!帰った!」
ボクと山上は逃げ出すように学校から離れた。
いつもよりかなり早い帰り道。商店街はにぎわってこそいたが、ボクと山上の間の空気は賑わいを侵入させていなかった。お互いに無言。・・・意外にも最初に話かけたのはボクからだった。
「・・・シナッちというのはどんな人物だったんだい?」
「・・・うるさい奴だったが面白い人間でもあった。彩城、覚えているか?体育祭のリレーの時あいつ俺らのクラス、3-2のアンカーでさ、ビリから一位に巻きあげたんだ。他にも喧嘩の仲裁もしたり。
いい奴だったぜ」
「品川といったね。人気者だったのはしってるよ」
しばらくして山上は品川について語りだした。
山上と品川は俗にいう幼馴染の関係だった。共にふざけたり、怒られたり、遊んだり、喧嘩したり。そんな事が日常だったのに・・・品川が死んだ。話を聞く限りではかなり仲がよく、その友人を失ったことは山上にとって非常につらいことだったろう。
ボクには想像してやることしかできない。本当に彼を労われるのは同じ境遇に立ったものだけである。
下手な同情はかえって傷つけるだけだ。
「やったー。今日休みだってさ。どっかいこうよ?」
「いいねいいね!」
無遠慮な女子生徒の声が聞こえた。山上がこんな状態なのに・・・っ!
「--ッ山上・・・!」
「わかっている。区切りはついているよ」
その拳は固く、強く握られていた。
二度目の沈黙。やがて交差点に差し掛かったところで山上が口を開いた。
「おれ、今日彩城ン家まで送って行くよ」
「大丈夫だよ。心配はいらない」
「それでも送っていく」
「・・・わかった」
僕の心配もしてくれているみたいだ。間違ってもボクが死ぬわけないのに。
交差点からはまっすぐだ。あとすこしの時間でボクは考える。死亡現場で死体になっていた品川は頭がかち割れて全身が潰れていた。血の染み込んだコンクリートはひび割れていて・・・・・
変だ。いくら屋上とはいえたかが数十メートルのところから飛び降りてコンクリートに罅をいれ、体も潰れるなんてありえるのだろうか?体重が一トン近いなら話は別だけど、そんなのありえないだろうね。コンクリートが初めからひび割れていた可能性もあるが最近学校周辺となかで道路工事をしたばっかりだ。つまり自殺と決めつけるには証拠不十分である。そもそもクラスの人気者が自殺する理由なんてあるのだろうか?
しかし、他殺と断定するのも無理がある。なぜなら品川があの状態になるには象にでも踏んづけてもらわなきゃ不可能だ。仮に像が脱走したとしても絶対すぐに捕まるだろうし、第一ボクらの耳に入らないわけがない。重機ならできるかもしれないがよほど品川が馬鹿でない限り、絶対逃げられる。
まさに、怪死、である。
「彩城、通り過ぎているぞ」
「あ、ごめん」
「さっきの自信満々だった言葉が信用できなくなってきたな・・アレを見て気分でも悪くなったか?」
「全然。だいじょーーー・・・」
突然視界がぼやけてきたり、鮮明になったりめちゃくちゃになった。色が反転し、激しく視界はぶれて気持ち悪い・・・。それらはほんの1,2秒程度で治まった。一体なんだというのか?
「彩城、本当に大丈夫かよ?」
「だから平気だってば」
「そんな状態で大丈夫か?」
「・・・・・・」
「ノリ悪ぃなオイ!」
「悪いね。しらけさせたかったんだ」
冷静にボクが返事をすると、山上は満足げな笑みを浮かべた。
「いつも通りみたいだな。じゃ、グッバイ!」
「じゃあね、山上」
山上は元気に走っていった。しばらくその背中を見送ってからマンションの中に入る。
ボクは先ほどおきた現象のことについて考えていた。死体を見たからこの目の異常も起きたとは思えない。残酷なものに多少は耐性はあるし仮に見たといっても気分を害する程度だ。まあ、考えても仕方がない。これまでに前例がないからね。一旦帰ってから医者のところに行こう。
そう決めてボクはマンションの階段をあがっていった。