十二話『行動開始』
しばらく俺と条花は顔を真っ赤にして席で沈黙することになった。時々顔を上げると条花と視線があって条花はさらに顔を赤くして俯く。なんという爆弾を投下してくれたんだ一條さん…
その時だ。
「ちーす!元気にしてっか彩城!」
「…………」
「…………」
「…………」
「山上じゃないか。どうしてここを?」
条花が白けた雰囲気を取り払うように山上に話しかけた。助かったというような表情を浮かべて山上は条花に気さくに応じた。
「いや、さすがにわかるだろ。一応お前の家まで案内されたんだから」
「条花、山上を家に入れたのか?」
「うん。悪いことはしなさそうだったし」
うまい具合に先ほどの気まずい雰囲気からも脱出できた。それにこの話は気になる。
俺の声に気付いたのか山上が俺を向いた。それからうれしそうな表情を顔に浮かべつつ叫んだ。
「加賀美先輩じゃないすか!めっちゃ久しぶりっす!」
そんなことを口走りつつ俺に突進してきた。先輩に抱き付きたがる癖はまだ直していなかったのかコイツ。
「久しぶりだな総司。それと抱きつくな。そんなんだからゲイだって間違われるんだ」
「酷ッ!?」
「……山上、君は同性愛者だったのかい!?」
「ちげーよ!なんでこうなるんだよ」
条花が友達というだけ山上とは仲がよさそうだ。温かい目で見守っていたが突然山上が俺の方を向いてニヤニヤし始めた。
「あれ、加賀美先輩、こんな美人二人連れて…まさかロリハーレムつくってるんすか?」
「なぜそうなる!?」
「……私、十八ですけど」
「ろりはーれむってなんだい?」
「条花は知らなくていい!!」
「ふっはっはっはっは!この山上総司が教えてやろう!ロリというのは小柄で色気がなくつるぺったんな女の子を指すのだ!」
「つるぺったんとはなんだ!ボクだって……って言わせるなぁ!!」
「…私これでもBはあるんですが」
「さらにハーレムというのは――――」
「「黙ってろォォォッッ!!」」
「ゴハァッ!」
俺は見事なコンビネーションで条花とドロップキックを山上に食らわせた。いい感じに静かになった空間に残ったのは一條さんの笑い声だけだった。腹を抱えて笑ってやがる。この殺伐とした雰囲気の一体どこが笑えるというんだ。
つくづく女というのはよくわからん生き物だ。
「条花、よくこんな奴友達にしたな」
「まあ…ね。でも今のはふざけてるだけだと思う。いつもは…あんまり変わんないかも」
「ちょっ」
俺は思わずずっこけた。フォローなしかよ。
そんなことを考えていると総司の野郎が復活した。ツインドロップキックを食らったにしては随分と回復速度が速いようで。
ひょっとしたら条花と一緒に過ごしていたのだからこういうのには慣れているのかもしれない。
なぜか脳裏に総司が踏んでください!と条花に土下座している絵が思い浮かんだ。
なってもおかしくはない。あいつのことだから結構条花にはひっぱたかれてるんだろう。
総司の将来が心配になってきた。
起き上がった総司は直撃した顔面(損傷ナシ!?)をさすりつつ話し出した。
「それで、ここ、なんの話をしてたんすか?」
「君のサプライズ登場がなければかなりいい感じの話だったけどね」
条花がジト目で総司を見据える。総司は片手をあげて詫びた。それから条花は椅子をもう一つ持ってきて総司に座るように言った。
「おれが入ってきていい話なのか?」
「首を突っ込みたいといったのは君だろう?さ、座りたまえ。あ、こっちの人は一條さんっていうひとだ。ほら、挨拶」
「は、はじめまして…」
「こちらこそ」
案外そんな心配もする必要がなさそうだ。これをみればわかる。ちゃんと条花も総司に配慮ができている。総司の表情を見た限り、条花に友達と認めてもらうまでに長い時間をかけたみたいだな。
「加賀美。始めるよ。今後のこと」
「ああ。わかっている」
条花に話をふられて気をとりなおす。緩んでいる場合じゃない。今後が大事なんだ。
絶対に誰一人として死なさずにこの事件を終わらせる。
「じゃ、さっきの話をまとめるといままでの殺人事件は――――」
「なにかを召喚するために起こったということらしい―――ですか?」
一條さんが言葉をつないだ。
「しょ、召喚?」
「ああ、山上は途中から来たんだったね。これを見ればわかる」
条花が青マーカーの引かれた時美沢の地図を総司に見せた。
「…なるほど」
真面目な顔になった山上をみて条花が満足そうな表情をした。すると総司が鋭い発言を放つ。
「それじゃあこの銭湯での殺人が説明できなくないか?」
「確かにそうだけど…関連性は立証できるのかい山上?」
「それに関しては説明できない。だから、この中のメンバーを分けようと思っている」
「どういう分け方をするつもりなんだい?」
すかさず条花が食いついてきた。
「今回確認するべきなのは二つ。銭湯の殺人秘匿事件、それとこれから起こりうる第六の殺人だ」
「二人組に分けようっていうことですか?」
「ああ。いきなりで悪いが条花と山上には銭湯の方を頼む。この二つのうち、危険性が低いのは銭湯の方だ。そっちは聞き込みをしてくればいい。それと六番目の殺人だが…これは俺と一條さんで行こうと思っている。たぶん、かなり危ないことになると思うが…大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよご心配なさらずに」
一條さんはいつの間にか取り出していたお祓い棒でチッチッチ、とやって見せた。
巫女さんだし、多少は期待していいのかもしれない。いや、油断はだめだ。女の人は絶対に守り抜かなくてはならない。それが俺のヘタレ(女性限定)なりの努力だ。
そうと決まったらさっそく行動だ。
「全員ケータイは持ってるか?」
「うん」
「もちろんっす!」
「ええ」
「加賀美は……?」
俺のはぶっ壊れたまんまだ。どうしよう。
「加賀美だけポケベルっていうのは?」
「ふざけてんのかよ…」
「冗談だよ。ていうかみんなインカムにすればいいじゃないか」
「そうだな。確か、研究所にあったはずなんだが」
「ふふふ…使うと思って事前にボクが引っ張り出しておいたんだ」
じゃん、と条花はジュラルミンケースを取り出した。お礼に頭をなでてやると嬉しそうにしていた。 なんか誰かが息をのんだ気配がしたが…気のせいか。
懐かしきジュラルミンケースにはいつかの仲間たちと使った銀色のインカムが入っていた。骨伝導式のもので雑音を拾うこともなくお互いの声を伝えることを可能にする。
機能確認に試しに四人に装着してもらった。
「スイッチいれたか?」
『うん』
『かっけーすごいなこれ』
『ちょっとうるさいです山上さん』
問題ないようだな。俺は確認すると身支度をして行動準備に入った。
他の皆も動き始めている。俺はいつもの黒い革コートを着ることにした。安定の黒づくめだが俺のファッションセンスがないだけである。勘弁してくれ。
条花は例のピンクのシャツの上に白いセーターを着込み、その上からベージュのダウンコートを着込んだ。下はホットパンツの上から黒いスカートをはいていた。珍しくひざ上の丈だ。そして安定の黒ニーソックスが見えた。確かにこの時期は寒そうだ。俺は一番最初に外に出た。予想外に寒くて思わず身じろぎをしてしまった。こんなに寒かったか?春のはずなんだが…
余計なことはともかく、今は事件だ。時美沢は俺が救う。いや、俺たちがか。
「行くか。終わりへの一歩だ」