十話『再会と新事実』
俺はまだ生きている!!!
中二病は誰にでも発症するものだ。この理論は絶対に間違っていないと思う。先ほどの答えを導いたのは俺が【サトリ】のことを知っていたのもあるがそれ以前にこの中二病が役に立っていた。
全盛期はやばかったな。特撮ヒーローの必殺キックのまねをしようとしてジャンプ力の強化を行い、アニメの主人公の言った名言を何回も日常会話に使ったり。それと、妖怪とか神話とか調べたり。
黒歴史だ。忘れたい。未来永劫記憶の奥底に沈むがいい。でもありがとう中二病。
「あのう、大丈夫ですか?」
「…過去の回想に耽っていただけだ」
「ぷっ、くすくす」
「見るなああああ!!!!」
さも面白そうにくすくす笑う一條さん。本当にやめてくれ羞恥心で死ぬ…。
「いいんじゃないですか?そうゆうの」
「そういうあんたはどうなんだよ」
「・・・式を使う時は除いて正常ですよ」
「いま口ごもったなおい!」
ともあれ現在は神社から出て街道を歩いている。それにしても目に包帯巻いててよく歩けるな。一條さんは目立つ巫女装束のまま出てきていた。先ほどそのことで心配したが周囲の人の反応を見ると全く気にしていないようだ。俺の考えていることを読み取ったのか一條さんはほかの人には違う風に見えている、と解説してくれた。
まずは帰宅か。長い間条花を待たせていて心配をかけているだろう。それに、こっちはこっちでいまだ特に進展していない。
探偵をやめた身だが経験だけは取り柄だ。この数日の遅れを取り戻さなくてはならない。そう考えると自然に足が速くなる。おかげで、一條さんに文句を言われた。
ようやく俺の住むマンションが見えた。とりあえず俺のところに案内するか。このマンションはきれいだが人があまり住んでおらずスカスカだ。オーナーは俺だがあまり金は入ってこない。なんか他にはない特徴を見つけて売り出さないとな。
階段を上がり終わり、最上階の俺の家に到着した。コートのポケットから鍵を取り出し、ドアに差し込んでまわした。金属音が懐かしい。中に入ると条花は中にいるようで駆けてくる足音が聞こえてきた。
薄いピンクのTシャツに、ジーンズというラフな格好だった。
「加賀美!おかえり…誰、その人?」
「ああ、今回の事件の協力者だ。名前は――」
「一條咲、と申します」
「いちじょう、さき。一條咲…覚えたよ」
あまり愉快ではない表情をしながら条花はリビングに戻って行った。ふと向けられる視線に気づいて俺は一條さんを振り返った。
「とても小学生には見えない眼光でしたね」
「中学生だ」
「え?じゃあ妹さんですか」
「違うよ、他人だ」
「まさか援助交際!?」
「それも違う!」
「あはは。加賀美さんっていじるほど面白いですね」
「オモチャか俺は」
つくづく女っていうのはよくわからん生き物だ。
「それにしてもきれいな方ですね。身長を除けばスタイルもいいですし、容姿も優れてますし。もうちょっと成長したらすごいと思いますよ」
「一條さんも負けず劣らずだと思うけど?」
「いやいや、私なんか…え?」
一瞬俺の方を向いたあと一條さんは顔を逸らした。耳が赤い。なんか変なこと言ったか俺?
その時、玄関のドアに何かが突き刺さった。正面…条花が投げたのか?
「条花、なにやってんだよ、それにその眼…」
「細かいことはいい。早くその化け物から離れてくれたまえ」
条花は、いつもの夕日のような紅い瞳ではなく、冷たい刃物ののような輝きを放つ銀色の瞳で俺を見返していた。眼光はいまだかつてない程の殺気に満ちていた。そして風もないのに髪がたなびいている。
「そいつは人間じゃない」
「「!」」
ぎりぎり反応できた。明らかに俺より速いスピードの拳だったがどうにかつかむことができた。少女の腕力とは思えないような力に圧倒されながらも会話する。
「はなせ、加賀美」
「落ち着け、この人は…」
弁解する言葉が見つからない。条花の瞳が焦る俺をにらみつけた。思わず背筋が凍る。
その時だ。一條さんが俺の横に歩み出た。そして、身につけていた髪飾りを取った。その瞬間、その場の空気が明らかに変わった。なんというか、そう、浄化されたという方がただしい。それを見て条花は静かに眼を瞑った。再び開くとそこには見慣れた紅い瞳があった。濁流のような殺気も消え失せ、ちゃんといつもの条花に戻っていた。そしてさも申し訳なさそうな表情で条花は謝った。
「ごめん」
「わかればいいんです」
誤った直後その場に条花はへなへなと座り込んでしまった。俺はあわてて条花を抱き起した。
「すまないね。これをやると…すごく疲れるんだ。ははは…」
「”滅眼”、ですか」
「・・・そう言う名前なのかい?」
コクリ、と一條さんはうなづいた。
「ちょっとまて、何が何だか全然わからん。一から説明してくれ」
ああ、そうだったね、と条花は頷き、壁に手をついてよろよろと自力で立ち上がった。いかにも苦しそうだったので俺は手伝おうとした。だがそれより先に一條さんが条花の体を支えた。
意外だった。さっきまで敵意を向けられていたというのによくそんなことができるな。
両肩を支えられた条花はびっくりしたように一條さんを見た。一條さんの顔には何ともいい難い表情が浮かんでいた。
なんというか、懐かしそうな感じというか…よくわからないな。不思議な笑みだ。条花と一條さんはしばらく見つめ合っていた。
傍から見ている俺にはなぜかその光景が妙にしっくりきた。かけていたパズルのピースが埋まったかなんかのように。これと似たようなものを俺もどこかで見た気がするんだが……そうだ。
幼馴染とじゃれてるときの光景だ。小柄な二人の姿を見ていたら微笑ましくなってきた。
「な、なにを笑っているんだい加賀美!」
「かわいいんですよね加賀美さん?」
「ああ、なんか猫がじゃれてるみたいでさ。特に条花がな」
「あうう…ふ、二人して」
久しぶりに条花は顔を真っ赤にしてうつむいた。さらに追い打ちをかけるかのように一條さんはニコニコしながらカワイーカワイーとか言いつつ条花を撫でまわした。これが男だったら通報ものだな。条花はくすぐったそうに顔を赤らめながら笑っていた。初対面なのに仲がいいな。これが女の仲なのか?
しばらくその光景を俺は見守ることにした。やがて視線に気づいたのか息も絶え絶えの条花から一條さんは体を離した。なんか一條さんが犯罪者にしか見えない。
荒い呼吸の条花をみると……なんだかかわいそうに思えてくる。
「立てるか条花?」
「はぁ…はぁ…無理…手伝って…」
声に謎の色気があった。やりすぎだ一條さん。一体どこをどう撫でれば人をこんなにできるんだよ。次からは是非とも自重して欲しいものだ。
当の本人は条花を抱き起こす俺を申し訳なさそうな表情で上目遣いに見ていた。そしてうんうん、と頷き、近くの椅子に腰かけた。また何か読んだのだろうか。
「ごめん、水汲んできてくれるかな?」
「了解」
とりあえず条花を一條さんと離れた席に座らせた。ダイニングテーブルを挟んで向かい合う形だ。浄水器から冷たい水を汲んで条花にわたす。水道水を飲むよりこっちの方がはるかにおいしいのだ。
条花はゴクゴクとその水を飲み干すとふーっとため息をついた。瞳を閉じたまま数秒。俺がもう一脚の椅子に腰かけると条花は目を開けておもむろに話し出した。これまでの経緯だ。
「あれ、驚かないんだね加賀美。ボクが他の人と行動してたっていうことに」
「ああ。知ってる人だったからな」
「え!?」
「山上総司だったか。まず俺の方から説明するぞ。今は俺は二十歳だ。本当なら俺は十八歳で大学一年生なんだが俺は小学校の頃、アメリカにいたんだ。向こうで小2だった頃に、日本に戻って日本の学校に通うことになったんだがそこで取得単位の問題が発生してな。俺は小学一年生からやり直しになったんだ。同期と二歳年上ってわけだ。それで、俺が中学三年の頃に新入生の山上に会ってな。あいつ、剣道部所属で俺の後輩だったんだぜ。驚いたか?」
「加賀美が高校留年じゃなかったことに驚いたよ」
「驚くポイントが違う!」
そっくりな笑い方で一條さんと条花は笑った。なんなんだこの二人は……
「じゃあ、ボクが持ってる情報を教える前に。一條さん。”滅眼”とやらについて説明してくれるかい?今、ボクは自分の身に起こった変化を知りたい」
「…変化ではなく才能です」
一條さんの返事を聞いて条花は形のいい眉をしかめた。
「先ほどの持続時間といい、効果を見る限り、条花ちゃんの”滅眼”は第一段階すら満足に使えていませんね」
「それは…昨日初めてまともに使ったから…」
「昨日!?本当ですかそれは………本当ですね」
「なんでわかったんだい?」
「一條さんは心が読めるんだ。な?」
「ええ。話を戻しますよ。通常”滅眼”というのは何年もの訓練を積んで使いこなせるものなのですよ。数日や数時間でここまでのレベルに達するなんて…」
「過去にはそういうものがなかったのかい?」
「いえ、一件だけ。農民による記述でカタカナです。『サイジョウレンゲオウインキ』という人物が生まれながらにして”滅眼”を使いこなしたと言われています。まあその人には及んでいませんけど」
「そうか…」
やけに突っかかっていかない条花に疑問を覚えた俺は話の途中だが条花に質問をした。
「なあ、この話、信じるのか?」
「信じるしかない。それに……引っかかるんだ」
「!引っかかるって、記憶にか!?」
「…うん。確証はないけどね」
「条花ちゃんには記憶がないんですか?」
一條さんが食いついてきた。
「そうなんだ。ボクは加賀美と出会ってからの二年間の記憶しかないんだよ」
「……悪いことを聞きましたね」
「いいんだ。ボクは今の記憶が楽しいから」
条花はニコリと笑った。花みたいな笑顔だ。少し暗くなっていたその場の雰囲気が明るくなった気がする。
「じゃあ、話を続けてよ、一條さん」
「わかりました。それで肝心の”滅眼”の能力なんですが…どうも個人差があるようなんです」
「個人差?」
条花が聞き返した。
「ええ。一段階で終わる人もいれば、何種類も使える人がいたり。効果もバラバラなんです。しかもパターンが決まっていない」
「ボクのはどうなんだい?」
「全くもって新しいパターンですよ。銀色の”滅眼”だなんて」
「ふーん。じゃあそれにボクが名前を付けてもいいわけだ」
「へ?ああ、構いませんけど」
条花は顎に手をついて考え始めた。いざとなると何も思いつかないらしい。
だったら俺が名前を付けるのを手伝ってもいいわけだな。
「天体にちなんだらどうだ?」
「それいいね!ナイスだ加賀美!」
喜色満面で条花はぱちぱちと拍手までしてくれた。俺はそれに片手を上げて答えた。
「じゃあ、満月…どうだい加賀美」
俺は激しく自分を責めた。