3話「勇者と魔王?」
“魔王”
今から遡る事1000年以上昔、この名を初めて冠した魔族“デスラ―”は人間や亜人にとって脅威的な存在だった。様々な魔族をまとめ色々な大陸を支配せんと人間や亜人に多大な被害を残したと言われ、多くの血が流れて多くの命が失われた。
当時、そんな初代魔王を討伐する為に出陣した亜人の“英雄”ファイディと人族の“勇帝”マルカ。
この2人が手を組めば初代魔王を超えると言われ、実際に魔王の右腕と言われる存在はファイディが危なげなく倒し、魔王の半分の力と同等と言われる魔法人形を左手一本でマルカは倒してみせた。
この魔王の大陸侵攻は亜人と人間が手を取り合い、当時険悪な関係だった彼等の関係性を改善のきっかけとなったと言われている。
そんな彼等が魔王を倒さんとするべく魔大陸のある島に入った時に事件は起きた。
当事者達が何も語らなかったので何があってどんな事をしたのかも不明だが、事実として残ったのは魔大陸の島が一つ消滅したことと魔大陸から帰還した2人は無事ではなくファイディは右肘から先を失い、マルカは左目と左手首を失っていた事。
そして彼等はもう二度と自らの武器を相手に向けることはなくなったという事実だけだった。
『魔王は死んだ、魔族はもう人間や亜人を襲う事はほぼないだろう。』
『亜人も人間もあそこには手を出してはいけない。世界が終わる。』
彼等のその言葉は亜人と人族の王族やその関係者しか知らないが、魔族討伐騎士団10団体分の戦力と同等と言われる彼等の言葉を無視する訳にもいかず、ただ魔王を討伐した事実とその結果に亜人と人間の英雄達が負傷した事実だけを世間に公表された。
以来“The lost day(失った日)”と呼ばれるこの事件は今でも語り継がれており魔王は強いと言われるきっかけの出来事だった。
「……で、その話がどうしたんだ? 」
先程狩ったばかりのイ―ビルウルフをシナンが肉を焼きキノコをソテーにして和えたモノをフォークを使いながら食べながらアルはそう言った。
「いやさ、初代魔王って強いのはこの事で有名だけどさ、この2人は本当に強いのかなって思ってさ。っていうかナイト! さっきから俺を舐めすぎだぁ!! 」
先程の戦闘のダメージを回復させる為にアルが買って来た新月草を嫌そうな顔をして食べるシナンに向かって黒い馬が顔を舐めまわしておりロスは自分が顔を舐められないのを悔しがっているようで低い声で唸っている。
シナンは動物に好かれやすいらしく黒い馬はシナンが料理を作っている時もそばから離れようとしなかった。その微笑ましい光景と今日の晩御飯の出来が良く先程までのイライラが収まったようで声を漏らしながら笑っている。
「ふふふ、まぁ“英雄”と“勇帝”は強いぞ、英雄、別名“剣王”のファイディは鋼鉄を紙のように斬り、勇帝、別名“雷神”は雷の速度で動けると言われているからな。」
「へぇ~それって、滅茶苦茶強そうだな?」
「ああ、お前もユグドラシアの魔水晶の事は知っているだろう? 」
「ユグドラシアにしかない魔水晶のことだろ、自分の魔力保有量を測定できて記録として残るんだったけか? 」
「そう、白、青、黄、緑、紫、赤、黒の順で大体そいつの魔力保有量が量れるわけだが、その2人は紅黒だから強いに決まってるだろ。私も2年程前に測定したら赤だったからな。」
“魔水晶”
ユグドラシル大陸南西部、ブラキオ山脈にて大量に取れる無色の魔素鉱物の一種であり、古来より存在する簡易的な魔力測定できる品物として有名だ。
対象の生身に触れればその魔力を記録し半永久的に変化しないとされ、さらにその触れた対象者の名前と顔も任意で記録できることから魔力量に自身のある人間はこれを持ちながら自慢を始めることも多々あり、ギルド等で仲間集めをする際はこれを使って自身の実力の程を誇示したりする。
何故なら魔力の多さはそのまま強さに直結することが多いからだ。魔法やスキルを使用する時に大なり小なりの魔力を消費するのでそういった考えも間違いではないのだが、実際には魔力量がすくなくても強い亜人も人間もいる。しかし、基本的には「強い=魔力が多い」という図式が世界中に広まっており戦いを生業にしている者達は魔力の少ない者達を軽視される傾向にあるのも事実。
「ただな、初代魔王のモノとされる魔水晶が最近見つかったらしいんだが、その色が今話題なんだって話を酒場で聞いた。」
「まさか、黒色だったのか!? 」
紅黒は魔族でも最上位の魔力の持ち主だが、黒色になると桁が違う。大陸をたった一人の手で壊滅できるとまで言われている。今のところドラグリア大陸を統べる龍しかその色を出したことはないらしい。
「――いや、赤紫だったらしいぞ。」
何かを考えるように出したその言葉を聞いて一瞬呆けるシナン。
「へ? それは強いっていえば強いけど……」
「そうなんだよな、2人の紅黒がケガをするのはあり得ないと思うんだけどな。」
この実力の違いは例えるならば子供と大人ぐらいの差。いかなる未知な魔法を使おうとそれが届くことも叶わないだろうとされる程の差だ。
「何かの間違いだろ? 」
流石にそれはないと思いたいシナンだったがアルは首を横に振る。
「いや、伝記等の文献や口伝、絵等で知られているものと一致しているらしい、もちろん年代も一致しているとか。」
深い夜を思わせるような漆黒の髪、滾るような炎の瞳を持ち鋼鉄の肉体を持つと言われた初代魔王に一致しているのだ。それが余計に謎を呼ぶのだが何もない状態で過去の事などいくら考えようと分かる訳等ない。
「まっ、考えたってしゃあねぇだろ。俺達が倒すのは初代魔王じゃねぇしな。」
「それもそうだな。今は三魔王が一人ハデスに会うだけだ。」
“三魔王”
ギスカーン大陸の三魔王と呼ばれる3人の魔族はこの大陸では圧倒的な魔力を持っている。この3人は魔力量でいえば魔水晶基準で紫以上の魔力を持つと言われているが別に王様のように威張り散らすようなことはしていない。墓場に近いという理由でボロボロの小屋に住んでいたり、飯が上手いからという理由で犬小屋に住んでいた者もいたぐらいだ。
何故そのような魔族達が魔王と呼ばれるかといえば、近年では単に強い魔族を称するのに魔王という単語を使うのが普通になっているからでありこのギスカーン大陸でもその例に漏れなかったからだ。
今では人間や亜人を無差別に襲う事がない魔族が大半だが、例外は必ず存在する。それが“悪魔”と呼ばれる魔族で、この人間や亜人達に害する事から“悪魔族”の略称としてそう呼ばれ、さらにその中でも強く恐ろしいものとされる存在は“凶王”と呼ばれる。
最近で言えば30年程前に“Dark red snow day”を起こした最悪の凶王であり“狂王”という名で恐れられた“偏食のダハーカ”が有名である。
しかしこのような悪魔と呼ばれる魔族は極少数で、現在では普通に人間や亜人と暮らしている魔族もおりこのギスカーンの魔族の3人は後者に当たる。
「アイツの情報を持っているのは魔大陸のアーク出身の者だけだろうしな。」
先程までと変わって真剣な表情のアル、これまで三魔王の内2人と出会い、戦ってきたがそれはアイツと呼んでいるその者の情報を得る為にしてきたのだ。
「今回は情報聞けるといいな。」
以前に戦った魔王は実力的には強かったのだが知りたい情報は持ち得ていなかったのだ。知りたい情報は魔王が知っているという噂を頼りにここまで旅をして、途中に出会ったシナンとはもう5年の付き合いになる。
「ああ、もうそろそろ寝るとしようか、朝は早いしな。」
「そうだな。――というかナイト、お前はずっと舐めてるつもりか!? 」
未だにシナンの顔を舐め続けているナイトに怒るシナン、ケガを心配しての事だろうがいい加減鬱陶しいのだ。怒られた事がショックだったのか、低く唸り声をあげながらナイトはその場から離れようとする、その姿は哀愁に溢れている。
「はぁ、そんなに落ち込むなって顔を舐めるのもいいけど限度があるだろ? それを分かってくれよ、な? 」
髪の毛をボリボリと掻きながら溜息を吐くシナン、ナイトはその言葉を理解したのか今度は元気よく鳴き声を出して頷いた。これでようやく寝れると思っていたのだが、今度はロスが顔を舐めようと勢いよくシナン目掛けて飛びつこうとするが、それはアルによって阻止された。
「テメェはダメだ、もう寝ろ。」
「ガルルル……」
短く丸い黒い尻尾を掴みロスを持ちあげながらアルは睨み、ロスも睨み返す。
「お前ら本当に仲悪いな。少しは仲良くしろよ。」
その事に呆れたシナンが関係を改善しようとこういった言葉を何度か両方に投げかけるが返事は決まっている。
「却下だ。」
「ガルル! 」
喰い気味に言われた。どうやらどちらもその気はないらしい。
「もう俺は寝るから、お前らも寝ろよな。」
「了解だ。」
「ワン! 」
睨んだままでこっちを向かないアル達に背を向け横になり、疲れていたのかすぐに寝息をたてる。
「私達も寝るか? 」
「ワン。」
しばらく睨み合っていた両者だったがシナンの寝息の音を聞いて寝ることに決めたようだ。
横になり目を瞑りながらアルはこの5年の月日の事を考える。自分の周囲の環境は色々変わったが、シナン達との関係だけはずっと変わらないだろう。一緒に旅をして酒を飲んで上半身裸になってバカをしたり、チーズ1枚で喧嘩して殴り合う時もある、そんな関係がアルには心地よかった。勇者なんて好きで呼ばれている訳ではないから自称で名乗ったことはないのに周りの反応は煩わしい。
しかし彼等は普段通りに接してくれる、その事がアルにとっては嬉しかったのだ。“金髪の剣鬼”と呼ばれていた頃と変わらないこの関係が。
そんな事を考えている内に眠気が襲いかかいアルはそれに身を委ねる事にしたのだった。
◇
それから5日間道中に食糧が無くなりかけるという出来事があったぐらいで何時も通りで特別なこともなく無事に三魔王の一人である魔族が住んでいる一軒家に到着した。
5日前にいたハ―ヴェの町で聞いた噂ではここに魔王がいるということだったのだが……
「何だこの行列……」
そこで待っていたのは30人程の様々な人間や亜人がその家の玄関の扉で2列に別れて待っている姿だった。
少ない方の列を見ると全身を鎧で包んだ身長2mはありそうな大男や武道家のような道着を着ている髭面の男が並んでいる。多い方の列を見ると犬耳を付けたよぼよぼな爺さんに、小さな小鳥を抱えた女の子、翼を痛めている鷲の亜人と多種多様な人間や亜人がそこでおとなしく行列を作っているのだ。
「お兄さん達、ハデスさんのとこに何しに行くの? 」
どうしようか途方に暮れていると最後尾の小鳥を抱えた女の子がシナン達に向かって話しかけてきた。
「いや、魔王がいるって聞いて来たんだけど。」
「ああ、ハデスさんに挑戦しに行くのね。でも今日は無理そうだよ? もう4人も並んでるし。」
女の子は納得したように頷きながら少ない方の列を指を指す。
「今日こそは一太刀入れてみせる。」
「お主では無理だ。儂ですら負けた魔族だぞ? 」
「師匠には私が引導を渡します。」
「けっ、青紫ごときが偉そうに、この紫の俺が今度こそ勝利を掴む! 」
鎧を装備した人間や巨大な鎌をもっている虎の亜人達は戦いを挑みにきたらしく、どうやら魔王に戦いを挑む人間は少ない方の列に並ぶらしい。
「なんじゃそりゃ!? 」
「驚いた……」
アルとシナンが驚きのあまり思考が追い付かないのは無理もないだろう。
その時、玄関から現れた角の生えた魔族が出てきて開口一番にこう言った。
「もしかして挑戦する方いますか? いや~、今日は診察の予約がいっぱいなんで申し訳ないんですが診察後に来て貰えません? 」
魔王“ハデス”
三魔王の中で唯一まともと言われているその魔族がのんきにそう言うのをみてアルとシナンはただ顔を見合わせる事しかできなかった。