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決着は一撃で!!  作者: 羽付き羊
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1話「勇者と黒髪」

 一撃という言葉がある。

この言葉は彼に相応しい言葉のひとつである。何故なら彼はこの世界で唯一の存在の1人であり、最も矛盾に満ちた存在を表現できる言葉なのだから。

 

 

 

「ぶへぇ! 」


フードをすっぽり被っている人物がそれなりに力を入れたパンチに黒い髪の人物は情けない声を上げて倒れる。

 

「ったく、こりない奴だなぁ。」

 

フードに隠れてよく顔が見えないが、時折見せる金髪の髪が特徴的であるこの人物はギスガ―ン大陸において“勇者ゆうしゃ”の異名を持つ人物である。

自分の背丈は越えるであろうかという大剣を背中に担いでいながらその重さを感じさせない動きで黒い髪の人物をパンチ1つで倒してみせた。

 

「っるせぃ!! く、食い物の恨みだ。」

 

大の字に倒れながらもそう応える黒い髪の人物は何とも情けない顔であった。右の鼻の穴鼻血が垂れ出して、逆の鼻の穴からは鼻水と一緒に先程昼食で食べたパンの耳の部分が飛び出していて鼻を啜る度に出たり入ったりする様は惨めなもので、普段からお世辞にも美形と呼べない顔がよりいっそう酷い顔になっていた。

 

「大体チーズ1枚多く食べたぐらいで怒るなよな。ほらコレで鼻拭いて。」

 

金髪の人物はボロ布を投げて、黒い髪の人物の近くへと腰を落とした。

 

「あっサンキュー、アル。」

 

過剰ともいえる攻撃に対して黒い髪の人物はアルと呼ばれた金髪の人物に文句を言うどころか逆に礼を言う。

非常におかしな光景で他人が見たら驚くだろう。実際、宿屋の廊下でこんな事をしていたら普通驚くのだが彼等がここの宿に泊まってから約2週間、毎度のようにこんな事があるので宿に泊まっている人はもう慣れ、「またか。」「毎度よくやるわ。」と言うぐらいになっていた。

 

「それにしても手加減が難しいな。そこまでダメージ喰らうもんなのか?」

 

「……マジで手加減してコレか?なら手加減という概念をお前は間違えているに違いないね。」

 

「何と言うか、難儀だなぁ。」

 

ボロ布で顔を拭く男を別にアルが嫌いな訳ではないのだが、彼に攻撃すると絶対こうなってしまう。アルも身の危険を感じそこまでの手加減ができないので彼等の中では仕方ない事と認識するようになった。

彼等の喧嘩は大体何時もこんな感じで金髪が勝利する。逆はありえてはいけないのだ。

 

「ほれ、これでも食ってろ。」

 

 懐にしまっていた薬草を彼に向かって放り投げ、それを受け取った男はそれを口に入れ顔をしかめた。

 

「うげぇ……相変わらずこの薬草は苦げぇな、まぁこれ食ったところでそんなにすぐには回復しないけどな。」

 

アルが渡したのは新月草、ただの薬草ではあるがこれを食べると鎮痛作用が働き痛みを和らげ更に自己治癒能力の増進をさせるので旅人の間では重宝している薬草の1つなのだが、煎じると効能が落ちる為生か乾燥させて食べるのだが、これがとてつもなく苦く突然口に入れられたら慣れない者なら嘔吐する程の物である。

実際アルも子供の頃は吐きそうになり親によく怒られたものだ。

 

「吐くなよ?それに出発は明日だから別にいいだろう。」

 

「冷たい奴だなぁ。それより明日の朝飯は俺にチーズ1枚多めにくれよ?」

 

「仕方ないな。」

 

 口で不満を言っているが声は別段不満はないようで翌日の食事でこの話は示談になったらしい。なんとも単純な人間である。

 

「そういや俺の話聞きたいんじゃなかったか? 」

 

 何もなかったかのように話しかける黒髪の男、身体が動かないからとはいえ宿屋の狭い廊下で寝転んだまま話しているので廊下で通る人間に跨がれたりしながらも話す姿はとても奇妙である。

 

「いきなりお前が殴りかかって来たんだろうが……それで魔王の居場所が分かったという話は本当か? 」

 

「おう、それだとな、ここから東北に5日ほど歩いたバルバラン村の外れに魔王の家があるらしいぞ。」

 

 村で1週間程、魔王についての情報を集めていた男は自信有り気に自らの胸を勢いよく叩く。

 

「5日か、まぁ今回は歩いて行くか。」

 

 本来なら移動魔法を使いながら行けば1日もかからずに到着できる場所なのだがアルは歩いて行く事に決めたようだった。

 

「了解。んじゃあ明日の正午の鐘の音が鳴る頃に門の前でいいか? 9時の鐘じゃあ流石にキツイわ。」

 

「仕方ないか。それじゃあもう寝るから、お前もいつまでもそこにいるんじゃ風邪引くぞ~」

 

 欠伸をしながら廊下で寝転んだ男を放置してさっさと自分の部屋に帰ってしまい、黒髪の男はくしゃみをする。宿の中とはいえ夜は冷える、薄手の格好をしているこの男なら尚更だろう。

 

「うぅ、春でもやっぱり夜は冷えるなぁ~」

 

「お客さん、また廊下で寝るのかい?風邪引くよ。」

 

 寝転んだ男の顔を覗くようにして白髪の老人が声をかけて来た、男の身を案じてかとても心配そうな声色だ。

 

「ああ、毎度すいません。動けたらすぐにどきます。」

 

 先程の攻撃のダメージが脚腰に来ているのが経験上分かっているこの男は十分にそれが抜けきってから動くつもりだったようだが今はピクリと反応するぐらいしか脚が動いてくれない。

 

「あの兄ちゃんも回復魔法でも使ってやればいいのにねぇ。」

 

「ははは、まぁ負けた俺からすりゃ薬草をもらった時点で満足するべきなんすよ。」

 

 喧嘩両成敗が活用されるのは当人以外の介入があった時のみであり、喧嘩で負けた者は勝者の言う事を聞くしかないのは世の常であり、これは彼等にも適用されるのは当然だ。

 

「すまんねぇ、儂が若ければ部屋まで送ってやるんじゃが見ての通りこの歳じゃ。お兄さんみたいな若者を運ぶ力はないんじゃよ。ヒールも使えんし。」

 

「いやいや、その御心使いだけで結構ですよ。」

 

 本来ここで寝転んでいるのを注意されるのを心配してくれる老人のどこを責める必要がある訳もなく男は唯申し訳なく思うばかりだった。

 

「じゃあ、申し訳ないんですけどしばらくここに居ますね。」

 

「とりあえずこの毛布だけでもかけときなさい。」

 

 手に持っていた厚手の毛布を黒髪の男にかける。老人の心使いのせいか部屋にあるベッドの毛布と同じはずの毛布が非常に暖かく温もりを感じる。

 

「本当にありがとうございます、ウエストさんも休んで下さい。仕事でお疲れでしょう?」

 

「そうかい?ならお言葉に甘えますかの、シナンさんも風邪を引かないで下さいね。」

 

「……努力はします。」

  

 シナンと呼ばれた黒髪の男は少し口籠りながら頬笑むのを見るとウエストと呼ばれた老人は溜息を吐きながらゆっくり2階へと続く上の階段へとゆっくり登り始めた。

 宿屋の主からしてはアルとシナンの2人は他の客と比べて比較的に良い客だったのでつい余計な事ではないかと思うが色々世話を焼いてしまうのだ。

ただ、2日に1度の頻度でこういう事が起こるのは勘弁して欲しかったが、それ以外は他の客と比べて親切であったし薪割り等も手伝ってくれた事もあったので大目に見ている部分はある。それに何よりアルの持つ大剣を見てしまったのが大きな理由だ。

 

「たぶんフードの人が“ギスカーンの勇者”さんじゃと思うんじゃが……」

 

 ギスカーン大陸の勇者(ゆうしゃ)

人間という種族の中でも有数の魔力を持つと言われ、勇者いさむものが消えて4年後に現れて大陸の三魔王の内2人の魔王を倒したり、鬼賊“イ―ビル”を壊滅させた事からそう呼ばれ始めた。

しかし公の場には現れずに噂のみでしか彼を知らない者も大量にいるし偽物も大量に出たりしているらしいので判断はできにくい。

唯、彼を知っている知人に聞いた話によれば身の丈はある大剣に目を隠すかのようにすっぽり被った小汚い黒いフードと、夜空に浮かぶ月のような色の髪をしているという事と、さらに冴えない1人の男と共に旅をしているという話を聞いた。

前半の噂はよく聞くが後者の話はあまり聞かないのでアルと呼ばれる人物がギスカーン大陸の勇者に間違いないのだろう。

 

だからこそ気になるのはシナンとの関係、シナンはすぐに感情的にはなるものの根は良い人間だ。困った事があれば何も言わずに手伝ってくれるし子供の面倒見も良い。そんなシナンに対してあまりにも冷たい仕打ちを取っているというのが気になっているのだがいくら考えようが答えは出てこない。

 

「まぁ、金はもらっとるし、良い人なのには変わりはないからいいんじゃがの……」

 

 そんな老人の声は誰に聞こえる訳でもなく、ただ夜の静寂の中に溶け込んでいった。

  

  

  

 

「し、漆黒のホースドッグですか? 」

 

薬草のおかげかすっかりダメージが抜け翌日の正午の鐘が鳴る前に宿屋の老人に別れたり、自分に必要な物を準備していたシナンだが鐘が鳴りしばらく経ってもアルは現れず、門番と少し話しているとそんな話が出てきた。

 

「ああ、昨日旅人が見つけたらしいんだがこの町の近辺をうろちょろしているらしくてな、普通の奴の倍はデカイらしい。」

 

「退治しようかとかいう話も出たらしいんだが、集団のイ―ビルウルフとかでも食い殺している奴らしいからな。下手に手を出せんのよ。」

 

 2人の門番は肩を落としながらシナンに語る。

 “ホースドッグ”別名、馬犬ばけん

馬のような大きさの頭の良い魔犬種の一種で自らが認めた者に対しては集団から離れても忠誠を誓うと言われており非常に高貴な生物だ。

騎士等の実力者は馬の代わりにしていたりするが、1対1で勝利を収めないと服従してくれずさらには人間の手で繁殖させるのは不可能な生物であるので認められるは強さのステータスになる程に強い生物だ。

 その普通の個体でもそれなりに強い馬犬の倍以上の大きさのしかも漆黒の個体が出たというので門番達は大慌て。

 どんな毛色にもなる馬犬は基本的に大人しく、こちらから何かをしない限り何もしないし草食の生物なのだが、漆黒の個体は肉を喰らう。

 肉を喰らうという事は人を喰う可能性があるという事。事実、今から100年程前に1つの村が漆黒の馬犬によって食い殺されたという話がありそれ以来、漆黒の馬犬は見つけ次第討伐対象になったとされている。

 

「そ、それは大変ですねというか申し訳ないというか……」

 

 この話に恐怖しているのかシナンは冷汗をダラダラと流していて少し挙動もおかしい。

 

「兄ちゃんも気を付けろよ、無茶して死んだら意味ねぇんだからな。」

 

「そうそう、不意を衝かれたら終わりだろ?兄ちゃん弱いらしいしな。」

 

「いや、そんなに弱くはないと思うんですけど……」

 

 門番達が純粋に心配している事が分かっているのであまり強くは言えないシナン、実際に弱いと言われても仕方ない出来事があって宿屋で馬鹿にされたりしているのでそれをしないだけこの門番達は人間ができているのだろう。

 

「お~い、シナン。」

 

 そんな時シナンを呼ぶ声が後方から聞こえ振り返るとそこにいたのは大量の荷物を背負ったアルだった。

 

「おうアル。それにしても大量に買い込んだな~」

 

「ほとんどが薬草と食糧だけどな、んじゃあ行くか。」

 

 特にコレと言って話す事もないのだろう、アルはそのまま町の外へと出ようとする。

 

「お待ち下さい、勇者殿ですよね? 」

 

「……その事については肯定も否定もしかねますが何か用ですか? 」

 

「ええと、そのですね~」

 

宿屋の主人からアルが勇者かもしれないと聞いていた門番はアルを止めようとしたのだがよくよく考えてみるとギスカーン大陸の勇者とまで言われる存在だ。漆黒のホースドッグであろうと倒せるはずだろう。

 

「実は……」

 

 そう考えた門番達はアルにそれを退治してくれるように話した。この町には自警団しかなく、それもこの町の近辺の魔物を倒すので手いっぱいの者ばかりなのだ。騎士団やギルド等という団体は王都の近辺やその直属の町か比較的豊かな町にしかない。

 それに比べてこの町は薬草栽培という農業で有名ではあるが教会がある程度の小さな町でしかない。騎士団に依頼しても到着するのは2週間はかかるだろうし、ギルドも似たようなものだ。だからこそ勇者と言われるアルに相談したのだ。

 

「……何かを勘違いをしているようですね。」

 

 アルは門番達の目を見ながら冷めた様子で淡々と話し始めた。

 

「私は旅をしている身ではありますし腕にもそこそこ覚えもありますが、別に慈善でそういった事をした覚えはありません。実際、報酬とか貰えている訳でもないんですよ? まして魔王と戦ったとしてもそれは腕試しのようなものですしね。」

 

 この大陸で魔王と呼ばれている3人の魔族は実のところそこまで人間に対して被害らしい被害を出していない。気に喰わない人間を殺したりすることがあるぐらいで普通に町でのんびり暮らしている魔王もいるくらいだ。

この大陸で“魔王”と呼ばれていても魔大陸なら下っ端でしかないらしいのでそこまで偉そうにする気が起きないらしい。

 強さという点では1人で王都の騎士団と同等の強さと呼ばれる程には強いのだが、強さのみを求めるなら魔大陸にいるはずだからだ。

 

「無理ですか……」

 

 明らかに落胆している門番達、確かに相手の都合を考えない虫のよい話だったのは否定できない。しかし門番達も自分達の町に被害を出したくない一心だったのでそう責める事もできない。

 

「行くぞシナン。」

 

 落胆している門番達を後にしてさっさと歩き始める。そんな様子を見ていたシナンは門番達にかけ寄りささやくように言った。

 

「…門番さん、大丈夫ですよ。コイツ口悪いですけど本当に困っている人間放っておくような奴じゃあないんで。まぁいざとなったら俺がなんとかしますよ。」

 

「おい、置いて行くぞ。」

 

「ちょっとは待てよ! 」

 

 その言葉を言い残してアルの方へと駆けて行ったシナンを少し呆けながら見ていた門番達。

 

「シナンとか言う人強いっけ?」

 

「いや、普通に考えれば弱いだろうな。1週間前ブルースライムにコテンパンにされた黒髪の男の話知ってるか?」

 

「ああ~あったあった。酒場の奴等全員笑ったなあの話は。ブルスラに負けるとか蟻ン子に負ける並に難しいだろう。」

 

「そうなんだよな。俺もそれを聞いてめちゃくちゃ笑った。そしてそれがシナンていう人だよ。」

 

「……何だかなぁ。」

 

「……何だろうかなぁ。」

 

 門番達は顔を見合わせながら溜息を吐き、アルという人物が漆黒の馬犬を倒してくれる事を祈りつつ、王都の騎士団へ一報を入れる事を決めたのだった。



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