Birth of the Cool 5
畜生。騙された。あの野郎、常盤木昼子は美人だから、良い服着ていかないと、見劣りするからなー、とか言っていたから、千歳弱の大怨霊、もしくは大魔王と言われる俺は、半世紀前に日本を蹂躙した亜米利加のファッションを惜しげもなく着てきたのに、相手は小学生の美少女ときて、えーちょっとまってー守備範囲外だけどなー用意していた台詞をいっちゃおうかなーって、人間だった時に作った歌を全力で言って寒い感じになり、ついでに俺ロリコンかよって感じじゃね? 古典名作雨月物語にも出た俺は、全力で名前隠したかったから皇天狗なんて少し捻った名前につけたけど、あれよあれ、本名を言うなれば『崇徳○皇』なんだけど、そんなのを赤裸々に言ったら、○翼さんが俺の家の前に街宣車で来るだろ。扉開けて、皇族の格好をして、手を小気味よく振って「やあ、朕は崇徳です」なんて言ったらそれこそまずいだろ、街宣車じゃなくて黄色い救急車がやって来て拉致られれれっ……しまった、噛んだ。拉致られれう……。らら……拉致られるううう!
皇天狗はボーっと余裕ぶっこいていたら、昼子のソバットをもろに顔面に受けていた。
「あれ? 簡単に入っちゃった」
しかし本当に美少女だな、対抗策として昼子じゃね? って意見があったけど、こいつはこいつで成長したらエライことになるそうだよな、俺の人生においてコイツクラスの美人って、大怨霊仲間で一緒に旅行した世界一周の時に会ったカテリーナ・スフォルツァぐらいだな、ガースーとタイラさんと一緒に三下絵描きの描いたカテリーナの肖像画を片手にチェーザレ・ボルジアとの戦いを応援していたけど、俺のカテリーナはチェーザレにぼこられちゃったので、チェーザレの父親ともども呪い殺してくれたわぁ――日本の三大悪霊全員で。でも相手が法王だったから、あのあと天使たちともめたんだっけっかな――てへっ☆。
「こいつ、弱い?」
昼子の拳は、皇天狗の頬に入った。
「おい、女」皇天狗は昼子の拳を掴み、力を込めて握り締めた。「いまなんていった?」
皇天狗の顔が蒼ざめていた――それは怒りだった。
「俺の聞き間違いでなければ、弱いって言ったな。言っておくがな、たかだか百分の一しか生きたことの無いクソガキに劣るほど甘い人生を送っていない、今から一分やろう。傷つけてみろ」
昼子は流感のような寒気で全身が震えたが、怖じ気付いたのも一瞬だった。浴衣姿ながら拳を皇天狗の腹に叩きつけ、足を振り上げ、膝を叩きつけて、独楽のように乱打した。
「どうした? まだ、一分経ってないぞ」
皇天狗は腕時計を見た。金属ベルトで、黄金色に輝いている。
「拳が痛いか? 足が痛いか? そうだろ? 人間が闇の住人に勝てると思うのか?」
昼子は一方的に攻撃をしていたが、まるでコンクリートを殴ったかのような手応えだった。骨が疼き、鼓動が高鳴っていた。
「硬い」
「当たり前だ。クソガキが。年上をなめるんじゃねぇぞ」
「さーて、五十五秒、五十六秒……」
負けず嫌いは十のうち一だけでも勝ちたいと願うものだ。
昼子は地面に手をつき、右足を大きく回転させて腕目掛けて蹴り降ろした。
パリン。
皇天狗の定価百五十万円の腕時計は、昼子の蹴りを受けて粉砕した。
「あっ」
皇天狗は腕時計を見た。彼はきっと後悔しただろう。まず、こんな高級時計をつけてきたことと、それに「一分やろう」といった自分の愚かさを痛烈に後悔していた。
「くそあまっ! ふざけやがって!」
昼子は直感的に違和感を覚えたが、それが何だったかは分からなかった。気付いた時には、自分を転がり吹き飛ばされていた。
「分かったか? わからねーだろ? 俺は、いま、本気出した。そして、痛烈にいらついているぜ。だから九十九式の術者は嫌いだ。俺は千年の間、九十九式と戦ってきたが、全部が全部叩き潰して、すり潰して、肉団子にしてやった。だが、なんで、いまの一撃でしなない? 普通の人間だったらいまの一撃で心の臓が潰れたはずだ」
皇天狗は常盤木昼子を見下ろし、殴りつけた胸の部分を踏んだ。
「あぐっ」
「意識はある……まさか、人間では……」
皇天狗は体を反らすと、そこに地割れが起きた。さらに後転をすると、その場所が破裂した。
「勅使河原か。懐かしいな」
「皇天狗が何用だ?」
昼子の伯父の勅使河原は甚平姿で日本刀を手に持っていた。
「猫又たちが教えてくれた。化物がいるってな。来てみれば、元皇帝様じゃないか。何用だ? 昔のよしみといえど、俺にとっては敵みたいなものだ。さて、久し振りに、やろうか」
勅使河原は刀を抜き、一足で皇天狗まで詰めて、上段で打ち下ろした。金属が軋みあう嫌な音が響いた。鉄扇が刀を止め、力の押し合いになった。
「馬鹿な男だ。本気の勝負をしなければ死なないといわれたのに、俺と勝負するか」
「お前に本気を出す必要は無い。百式も使う必要は無い」
皇天狗は力を抜いて舞い、背から翼を出して宙に浮いた。
「扇の力は知っていたかな。疾風扇っ!」
五度、扇があおがれると、不可視の玉が飛んできた。勅使河原の目には小さな旋風に見えた。旋風の大きさは実戦闘と歴代の術者の戦闘で把握している。体が勝手に避けて、皇天狗まであと五歩。旋風に撒かれた草花が舞い上がり、力を帯びて勅使河原へ飛んできた。勅使河原は剣を振るい、草と力との縁を斬った。力なく草が落ち、皇天狗まであと三歩。
「怖い。怖い。本気を出すか!」
勅使河原の胸に鉄扇が打ち込まれた。一瞬だった。九十九式にも防げないほどの速度であった。だが、勅使河原は前に一度受けたことがあったのだろう。瞬時に鉄扇を掴んで、引っ張り、皇天狗のバランスを崩した。あとは、九十九式が勝手に打ち込んでくれた。まずは、足の指を踏み砕き動きを封じ、刀を振り上げると同時に顎に肘を食らわして、刀を振り下ろし肩の縁を切った。足を引っ掛け、顔を掴み、投げつけて、膝を下ろすように顔面を強打して、足の根元を切り、胴体を切った。最後に、髪の毛を掴み、歩きながら立たせた。
「まだ、やるか? 分かっているとは思うが。お前の中の縁を切った。力は出せないぞ」
「やるならやる。お前の心臓も損傷は大きい。そして、俺は真の姿ではない。お前も分かっているだろ」
「止めよう。本気を出してもどちらかが死ぬだけだ」
「腰抜けめ。お前は強い。おそらく誰よりもな。だが、ムスビには決して勝てない」
「ムスビは元々俺より強い」
「だが逆転しただろ」
「確かに、仁一兄、義二兄、ムスビよりも俺は強くなった。だが、俺はあのひとたちには決して勝てない。それで? 俺の自尊心でも傷つけたつもりになったか?」
「いいや。そんなことは無い。だが、油断はしてもらった」
皇天狗は懐から一枚の紙を取り出して、握り締めていた。
「それは……」
「俺の目的はこれだ。」
紙は大きな鶴になり、闇夜に飛び上がり、昼子へ向った。
「生命の書か!」
「もう、遅い!」
昼子は鶴に腹を貫かれた。ひと喘ぎした。
勅使河原は昼子の元へ行き、呼吸を確認した。浴衣をはだいて腹を確認すると、紙が皮膚に沈もうとしていた。日本刀を腹に突き刺して縁を切ろうとした。
だが――頭の中で何かが響いた。
勅使河原は溜息をつき、生命の書が定着するのを見守った。
「ムスビはまた何かしようとしているのか」