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Birth of the Cool 4

「この村の七夕は一ヶ月遅れの八月七日に行われるわ。旧暦から考えると、八月七日の方が正式なの、元々お盆の行事の一つだからね。この村だと、八月一日に地獄の釜が開き、八月七日で悪鬼羅刹を払うことになっているわ」

「悪鬼羅刹を払う……」

「元来、この村は死者の世界との境界が希薄でね。お祭りのときに織姫役の娘が妖魔にさらわれる事件が頻発したの。死者の世界から妖魔が抜け出してきて、誘拐したのよ。そこで、現れたのが、私の御先祖様なの。各地を放浪していた御先祖様は織姫に化けて不意打ちをしようと村の人たちに呼びかけたわ。でも、妖怪は鼻が良い、男の匂いですぐにばれてしまう。そこで、ご先祖様は「七夕なのだから、はたを織ってくれ、それも女人の匂いをつけるために国中の女たちに織らせるのだ」――と」

 昼子は雫と直人にこの村の七夕祭りの由来を語っていた。とうとうと流れ出てくる言葉は、周りの死者たちも息を殺しているかのように、すっと耳に入ってくる。

「ご先祖様はそう指示すると、まずは村の女たちに織らせ、時間をかけて国中を行脚して、頼み込んで女たちに機を織らせた。その道中で、男は織物に触れることができないから、御先祖様は村一番の美女にそれを持たせて同行させた。数ヶ月が過ぎ、織物は完成して、最後の仕上げの着物作りを残すまでとなった」

「着物があと少しで仕上がる――その夜に、突然村の男が現れた。男は美女の幼馴染だった。「そんな、着物で何が出来るというのだ」と男は怒鳴った。「いいえ、きっと、上手くいくはずです。だって、こんなにも人の真心がこもっているのだから」と美女は言い返した。「どうせ、やつは七夕で失敗をする。失敗したら、今度はどんな嘘をつくだろうか」「そんな、あの人は嘘つきじゃありません」「じゃあ、証明して見せよう」男は美女から着物をひったくると、着物を羽織った。「なんてことを。止めてください!」「はっは、これであの男が死んだら、あの男が正しかったことになるなぁ!」男は地面に着物を叩きつけて、美女の元から去った」

「酷い男だね。なんでそんなことをするんだろうね」

「男がその美女のことが好きだったんだよ」

 直人は呆れて溜息をついた。

「なんでそんなことが分かるの?」

「なんでそんなことも分からない?」

 昼子は二人のやり取りに笑った。

「美女は次の日の朝、手首を切って、着物を血塗れにして亡くなったわ」

「え、どーして?」

「血で着物に女の匂いをつけたんだろ」

「その通り。そして、私のご先祖様は美女が作った着物を着て、織姫の姿で七夕の日を迎えたわ。どこからどう見ても女――それは死んだ美女の写し身だった。しゃなりと鈴を鳴らしながら舞い、女の香りを辺りに撒き散らした。そして、闇から妖怪が現れた。その姿はどういうものか伝わっていないが、御先祖様を女だと勘違いして近づき、さらおうとした瞬間に男の匂いに気づいたそうよ。その刹那――御先祖様は妖怪を斬り殺し、その代わりに片腕を食われた」

「うっ」雫は耳を閉じそうになったが、我慢して続きを聞いた。

「御先祖様はその場で倒れ、彦星の姿をした男に見下ろされた。「たしかに、お前は正しかった。だが、その正しさは誰が伝える?」それは着物を汚した男だった。男は刀を取ると、御先祖様を斬った――が、着物がその刃に絡み、体に到達する前に刀の動きを止めた。「馬鹿な」男は唸った――そして――御先祖様は言った。「悪しき者、死にたまえ。すべてが無になる彼方まで」男は斬られ、呪詛と共に大地に溶け込んだ。溶け込んだ大地は、その後毎年織姫を狙う妖怪を生み出すこととなった。妖怪を殺し、新たな妖怪を生み出してしまったのよ。その後、ご先祖様は村に居つき、毎年七夕になると舞い、織姫を狙う呪詛を退けた。それが続いて今に至るの」

「それがこんなに長く続いているの?」

「男の『呪詛』――片想いは両想いに敵わない、邪悪な片想いを縁切るのが私達の一族」

「縁結びなら聞いたことがあるけど、縁切りとは」赤井は唸った。

 夕霧は昼子の前に飛び出して、猫の姿のままで叫んだ。「縁結びなんて古い古い! 今ならどんな腐れ縁もぶった切る特別お守りを一個千円で発売中だよ。中身はただの台紙。お望みなら、それっぽい儀式つきで、ひめが水干を着て、片目にカラーコンタクトをつけて邪気眼にして、縁の線が見えるとか言って、良縁もろともばっさばっさと切ってくれるわぁ! 儀式付きなら十万円だよ!」

「外にいるんだから騒ぐな」昼子は夕霧の首を掴んで、両腕で抱いた。

「なんか歯切れの悪い伝説だな。なんか男がいる必然がない」

 直人はすっきりしない表情を浮かべた。

「まあね」昼子は得心して笑い、小声で呟いた。「伝説だともう一つの展開があるからね」


 道の両脇に、屋台が連なっている。

「原価一円なり」夕霧が茶化しながら、昼子の手の中で伸びている。雫は焼ソバを片手に、もう一つの手でサイダーを飲んでいる。直人は焼き鳥をむしゃむしゃと食いながら、同じくサイダーを飲んでいる。昼子は道行く人に挨拶をしており、屋台に眼を向けなかった。

「常盤木さんは買わないの?」

「うん。私は綿飴が食べたい(夕霧のは買わないよ)」

「がきっぽいな」

 三人とも小学生である。

「昼子、金魚すくいしてー、食べるから」

「却下」


「ん?」

 昼子の眼が虚ろになり、人が列を連ねて歩くのを凝視した。しばらく、眼をきょろきょろと動かしてから、列から出て行った男を追いかけていった。

「あれ? どうしたの」

「ちょっと待ってて、すぐに終わるから」

 昼子の眼はスリを見つけていた。


 お囃子が馬肥やし(クローバー)の草原を抜け、小高い丘からのおろしとぶつかりあって、吹き溜まりのように渦巻いている。男はワークシャツを着て、カーゴパンツをロールアップしている。漆黒の髪に、憂いを帯びた冷めた瞳だ。

「財布返してあげたら?」

「これか?」

 男は財布から紙幣を抜き取り、両手でぱたん、ぱたんと織り、掌に数羽の鶴を織った。お祭りに参加していた人たちから男は盗んでいたのだ。

「あっ、そんな粗末に扱って」

 男は涼しい目をした。「よく、気付いたな。盗んだのを」

「わかりますよ。それぐらい」

「嘘をつくな。九十九式が勝手に異物を発見したんだろ」

 昼子の目つきが変わった。周囲には誰もいない、おびき寄せられたようだ。

「変わらないな。昔、九十九式の術者をはめたときも同じような手を使ったよ……さて、常盤木昼子君」掌から鶴が舞い上がり、闇夜に消えた。「実はある人から君のことを知ったんだ。それで、是非とも君の実力を知りたいって話になってね……。ただ、そこらへんの三一さんぴんだと九十九式を怖がっちゃってね。俺が来たのさ」

「何者よ、あんた」

「俺は皇天狗すめらぎてんぐと呼ばれている。千年の間、魔王とも怨霊とも呼ばれた妖魔だが、安心しろ。俺は呆れるほどのロマンティストだからな。女には優しいんだ。昔はこんな歌を歌ったこともある――瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ――俺たちの出会いも、そうあれかしであって欲しいな」

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