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第九話 とある事件のエピローグ

アルケイン王国で狂光の変と呼ばれた狂える旧い光神の契約者が暴れまわった事件が終結してから三ヶ月。


次期王としての教育を日中に受けている只野恭介は、時が経つにつれて夜中に爛れた時間を過ごす事が多くなった。


恭介の妻となったネルヴィナの姉であるメルヴは自らの内で果てた後に自らの裸体にしがみつきながら意識を失った恭介を見て嘆息する。


――恭介様は日に日に変貌していく。召喚された最初に見た時は優しげな瞳をした少年だと思った。でも今は。


メルヴが夫婦の寝室を見回すと、身体中に様々な体液を化粧した女性達が何人も倒れ込んでいる。


それらは恭介が言葉巧みに口説き落とし、身体を弄び、狂った乱れ爛れた情事を強要されるようになった女達。


――初めは、ただ恐怖に震える少年だった。それを癒してあげたいと思って、また妻として、肉体を交わらせた。拙く行われるそれらは互いに初々しくて、恥ずかしくて。向こうの世界で愛した女性がいると聞かされたけど、肉も知らない子供の恋愛と自分の心を納得させた。何もかも上手く行ってたのに。


きっかけは稲妻だった。荒れた天気の中で生じたそれは恭介の必死に封印しようとしていたトラウマを強烈に刺激した。


恭介は城から見ていたのだ。翼を以て空を飛ぶ姫に支えられて、災害とも言える竜巻を秀男が光と雷によって滅ぼした事を。


似たような光が忘れかけていた恐怖を思い出させた。


そしてそうなると、溢れ出す事を止める術は無かった。


恭介は恐怖した。


自らが犯した罪、友を見捨てた結果、友が悪鬼となり人々を惨たらしく殺して回ったのを見て。


そして友が自らの罪を裁く為に再び目の前に現れる事を。


メルヴの優しい人柄に癒され、人々も自分を次期王として激励してくれる。


向こうの世界でつまらなく暮らすよりは遥かに素晴らしい生活だ。


だが、友の顔が恭介の顔から離れなかった!


右腕を切り飛ばされ、断面から血を流し、背中を幾度も切り裂かれても己の名を呼び続けた幽鬼のような友の憎しみに満ちた顔を。


恭介は何度も脳内で許しを乞うた。


――許してくれ、許してくれ。仕方なかったんだ。俺だって怖かったんだ。俺はただの高校生だったんだ。何かが出来るはずがなかったんだ。


だがいつも恨めしげな友の顔が無言で恭介の謝罪を叩き割った。


稲妻だけではなく、眩い光、極論すれば朝目が覚める時に目に入る陽光でさえ友の悪鬼の如き睨み顔が浮かぶのだ。


だがしだいに恭介の中にも怒りが沸き上がってきた。


――何故俺が憎まれなければならない。何故!


もはや自らの思考が歪んでいる事には気が付かない。


自分がかつての自分とは全くの別人へと変わりゆくのを理解出来なかった。


それはしょうがないことである。


秀男と恭介の二人はあの時に受けた衝撃的な体験のせいで、心の軸が変わってしまったのである。


秀男を形作る感情が怒りならば、恭介を形作る感情は恐怖。


強烈に焼き付けられた感情は、消えることのない残像のよう。


「殺されてたまるか、殺されてたまるか、殺されてたまるか」


恭介はふと気付くとそう呟いている自分を頻繁に発見した。


恭介は考えた。どうすれば秀男から殺されずに済むか。


それを思い付いたのは王としての教育としての槍術を学んでいる時だ。


講師役の騎士がまだ槍を習い始めて僅かの恭介に屈服したのだ。


剣や弓も平行して教わっていたが、恭介は槍というものに類い希な才能を発揮した。


倒れふした騎士を見て、恭介は思った。


――そうだ、殺されないように先に殺せばいいんだ。殺してしまえば、殺されることはない。


また習い始めた魔法でも恭介は稀有な才能を示した。


神と契約はまだしていないために、神に至らない精霊達から力を魔力によって借り受ける基礎魔法を恭介は何と数時間で発動させたのだ。


講師役の魔法に特化した騎士は驚き、恭介の魔力は精霊や神から好かれる性質であり、また保有魔力も膨大であると興奮しながら説明した。


元の世界でも勉学や社交が得意であった恭介の頭脳は魔法は発達しても科学知識は中世であるために学者まで唸らせた。


そしてその優れた容姿に様々な人が惹かれ、恭介の持つ優れた能力を理解し、骨抜きにされた。


人々は次期王にはまさに恭介こそ相応しいと褒め称えた。


――どうして俺はあんなつまらない男を親友だなんて思ったんだろう。平凡で冴えない奴。きっと初めてだったからだ。初めての事は間違いが多いのに、どうしてか人は始まりにこだわってしまう。


選民思想とは強ければ強いほど、能力が優れていれば優れているほどに傾倒しやすい。


人間が自己を肯定する思想を支持するのは当然の事である。


友への恐怖を侮りで誤魔化しながらも、それでも誤魔化し切れず、酒や女に逃避した。


恐れからか髪は白く染まり、友を殺すために取り憑かれたかのように鍛練と学習を繰り返す。


ある夕方、その日も恭介は槍に没頭していた。


基本的な型である突き、払い、斬りを入念に繰り返していた。


同じ動作を繰り返すにつれて、世界は色を失い、恭介は忘我の境地に至った。


その瞬間に、恭介は知らない場所に立っていた。


そこには数多の槍が地に埋まり、鳥や牛や猪に人までも串刺しにして、天へと掲げている。


空は血か炎かのように真っ赤に染まり、血生臭い風が空間を満たす。


そこにいるのは一人の大男だ。


恭介よりも二倍ほどの背丈の男は、恭介の四倍ほど大きな四角い形の顔をしていた。


巨大なつり上がった目の間には小さな八つの瞳があり、鼻は樹木を思わせるほどに太く逞しい。


髪は根本は黒いが、先端に行くほどに赤く染まり、目からは宝石の様な輝きが溢れている。


腕は八本あり、その手には指が八つ。


その手にそれぞれ握られているのは槍。


槍は赤い水晶のようなものから出来ており、樹木の根のように鋭き先端が

数多に分かれている。


身体に纏う薄汚れた甲冑は、傷やへこみが紋様のように隈無く刻まれ、潜り抜けた激戦を語る。


恭介は異形の男に圧倒されていた。


「我が御子よ、契約を。我は英雄神クー・フルル」


恭介は狂喜した。比喩では良く使われる、まさに神に選ばれた人間になったのだ!


それも英雄神という神の中でも最上位の一角であり、人間からすれば途方もない存在から。


「キョウスケよ、お前は恐怖を抱いている。冥府魔道へと落ちたかつての友の影を恐れて夜な夜な女の肌に逃げ、酒を浴びて目を眩まし、人々の感嘆に溺れて神経を麻痺させながらも、心の奥底には友がいる」


恭介は震えた。自らが英雄神との契約を行う器ではないと言われたように感じた。


能力というものを林檎の皮のように剥いてしまえば、恭介にあるのは矮小な自己だったから。


「良い震えだ。我が御子よ。恐怖を知らぬ者は勇気を奮えぬ。知らぬ者は蛮勇にしか届きはしない。乗り越えるということ、駆け上がること、飛び上がること。それこそが勇気の本質であり、英雄を形作るもの。勇気は恐怖によってこそ咲く花よ」


詩人めいた、預言者めいた言葉を英雄神は楽しげに口にする。


「さあ、お前は何を我に捧げる?」


それから英雄神との幾つかの問答を終えた恭介は王の元へと行き、言った。


「友であった者が行ったとはいえ、騎士達が死んだの事の遠因は私の責。ならば死した数十人の騎士が果たしたであろう武勲を、私が果たしましょう」


英雄神クー・フルルから授けられた赤水晶の槍を掲げながら言ったのだった。


それから恭介は七日ほどで隣国を攻め滅ぼした。


恭介は白髪であり猛然と兵士達を殺していった事から、敵対した者は白髪鬼と呼んだ。


しかし新たな英雄の誕生を歓迎した人々は、陽光を反射して光輝く白髪から、彼を光の御子と呼んだ。


そんな恭介は、愛する妻であるメルヴの肉体に怯えた赤子のようにしがみついていた。


そして赤子のようにメルヴの剥き出しになっている形の良い胸をちゅうちゅうと吸いながら夢に浸っている。


夢の中で、恭介は英雄神にした誓いを叫んでいた。


「新しき神々の敵である狂った光神の契約者であり友であった神野秀男を殺し、必ずや貴方様に捧げよう!」


それを聞いた英雄神は、本当に楽しそうに顔を歪めた。

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