第六話 爆炎、光雨、剣群
最も速くこちらの至近に迫るのは黒馬。
部屋に散らばる瓦礫を踏み砕きながら突撃してくる様子から、並々ならぬ膂力を備えていると窺える。
カウンター狙いで打ち出すこちらの拳をかわす動きは俊敏。
しかしその動きは練磨によるものではなく、捉えるのは容易。
喧嘩で覚えた軽いフェイントを交えながら左腕と光腕での流れるようなコンビネーションを準備するために、腰を落として、ぎしりと筋肉が鳴るほどに踏み込みを入れるが。
その動きを溶岩の巨人が妨げる。どろどろとした灼熱の腕を振り回してくる。
それに対抗するために光腕で巨人をいなそうとするが、先程の馬が俊敏ならばこちらは変幻自在。
液体状の身体を自由に動かしてこちらを翻弄してくる。
時たま身体から吐き出される溶岩と、セルベールが撃ち出す炎の魔弾が動きをどんどん狭めていく。
さらにはそこに黒馬の素早い動作による突進や炎の吐息が加わる。
俺は何とか対応するが。
白い蛇が天井近くから俺の頭上に襲い掛かり、炸裂した。
千とも万ともつかぬ小規模の爆裂が発生する。
それはまるで太陽に肉体を直接放り投げられたようだ。
身体の全身に肉が引き千切られるような衝撃が走り、めきめきと骨がひび割れていく音も聞こえる。
岩がハンマーで叩き割られる様な音と背中に走る激痛で、俺の身体は壁へと激突したのだと悟る。
戦術。それは例え等しい戦力だとしても勝敗の結果に大きい影響を与える。
馬が速さで敵の目を引き付け、巨人が敵を翻弄して、騎士が魔弾で牽制し、白い蛇が止めを刺す。
もはや俺は強さを発揮する機会も場所も与えられず、一方的に狩られる側へと転じさせられてしまう。
『ぬおおおお!何をしとるのじゃヒデオ!しっかりするのじゃ!』
薄れる意識を歯を噛み締める事によりはっきりさせる。
相変わらず痛みはあったが、どんどんそれが軽くなっていく。
『にゅほほ、こんな事もあろうかと妾はアルガーにヒデオの肉体を超人化させる機能と武器になる機能とは別に、再生機能まで付けておいたのじゃ!さらには痛覚も鈍くしておいたからヒデオは超活躍出来るのじゃ!妾、偉くね!?』
皮膚に負っていた火傷は消え去り、痛みは残っているが戦えるまでに回復する。
「ちっ、あれを食らって生きてやがるたぁ、化け物過ぎるだろ。だがてめぇは俺が消し炭にする!」
そう言うと、空気を歪ませる業炎を身に纏い始める。
そして突如セルベールの足下に爆発が起こる。
一瞬にして目の前にセルベールが現れた。
爆破の勢いを利用しての高速移動だ。
その勢いを乗せての拳による突きが俺の腹部を連打する。
「ぐがぁぁ!」
殴られる度に腹部では爆発が生じ、俺の肉を抉り続ける。
「てめぇが殺した俺の部下はな!先祖が契約していた神から与えられた家宝の剣に相応しい男になると努力していた!そしてその神と自分も契約するんだと笑って言った!俺はあいつが段々と成長していくのが楽しみだった。あいつなら遠くない未来、隊長まで成れると確信していた!それなのに!」
繰り返される爆裂の打撃の雨に、ついには吹き飛ばされて勢い良く地面に叩きつけられる。
ぼろぼろになった俺の身体を引き裂くために三体の化け物達が高速で向かって来る。
『ぬぅぅ!ぬぅぅ!出来たのじゃ!今の劣勢を覆す魔法が完成したのじゃ!多対一の劣勢を覆すには単純に手数を増やせばいいのじゃ!その為の魔法であり、その為の契約じゃ!破壊の力を宿した極小の光の粒子を雨の如く撒き散らす破壊魔法《光雨》、それを授けるのじゃ!』
頭に新たな曼陀羅が描かれる。想念し、発する!
掌に淡いとても小さな光が夥しい程に出現する。
幾万もの光が複雑多用な軌道を描きながら放射状に俺の掌の前面へと放たれる。
その広がりは数十メートル近くに及び、避けるのは至難。
宙に軌条を成す光は破壊を持って猛然と敵対者達へと加速していく。
歴戦を共に潜り抜けた主人を守るために、守護者達は的確な判断を下した。
白い蛇は自ら光に突貫して内の爆撃を持って光砲を弱めて崩れ落ちた。
溶岩の巨人は身体を薄くして壁のように空間に肉体を広げ、何一つも通さぬ姿勢であったが、光によってぼろぼろに吹き飛ばされる。
主人を口にくわえて閃光から距離を話していた黒馬は、最後には主人を自分の腹の下に隠して守ろうとするが呆気なく粉砕される。
どっと疲れが俺の身体を襲う。
先程の抉り取られた腹の肉はアルガーから放たれる光の粒子が修復していくが、体力や魔力は回復しないようだ。
ずたぼろになった身体を引きずりながら思う。
これからどうしようか。
恭介はもう何処かへ逃げただろうし、隊長レベルが数人がかりで来るなら疲労してる俺では勝ち目はない。
俺を災いを呼ぶものとみなしているのだから、この国にいる限り追手がかかるだろう。
とりあえず屋外に出て、光化で一気にここら一帯から離れるか……。
戦場に出た事がなかった俺は敵を倒したと安心し切っていた。
足が爆砕した。
びしゃびしゃと血肉が漏れ出す。
頭を狙った二撃目を何とか光腕で防ぐ。
死んだと思っていたセルベールが身体中から血を出してふらつきながらも立ち上がりつつあった。
「契約したばかりでそのでたらめな力!ルール破り過ぎだろが!てめぇ、古き神々との契約者か!俺らの信奉する新しき神々ならばルールに則り、これ程までの力は例え寵愛していたとしても与えないはず!くそが!くそったれの古き神々めが!俺達を見捨てた悪神どもが!災いとは奴等の事か!てめぇは逃がせねぇ。俺らに怨みを持っている、力から考えるに最上位の旧神の契約者。これから力に慣れていけば俺ごときじゃどうにもならねぇ。国のため、俺の神のため、てめぇはここで必ず殺す!さすがにあれだけの魔法を使えば魔力なんざ切れてるだろうが!」
それほど速くはないが、足が殺された今の俺では対抗出来ない速さで攻撃を繰り返す。
だが相手も疲労しているのか、鋭さの消えた連撃は足が動かなくとも何とか凌げる。
「セルベール隊長!」
がしゃがしゃと鎧を鳴らして増援が現れる。その数は十数人。
「てめぇら、囲め!俺がこいつの攻撃を邪魔するからその隙に斬りかかれ!」
光腕を振り回して牽制するが彼等の刃は確実に俺の身体を切り裂いていく。
俺は亀のように守りつつ足の再生だけを頼りに踏ん張る。
「ヴァーナ!てめぇが来てくれたら後は簡単だぜ!」
勝利を確信したセルベールの声に従い、見ると赤い髪の騎士がこちらに向かってきていた。
赤い髪を短く切った氷の美貌を誇る女性。
俺は俺を殺すことを躊躇った彼女だけは、殺したくないと思った。
彼女は歌うように言う。
「剣神オーグゥンよ、私に力を貸し与えたまえ」
その一言から出現するのは神々しい剣。
それらは雷や炎、石や水等から出来ていて、一目見るだけでその存在感から神器であると理解出来る。
数にして十本の剣が彼女を中心として周囲をくるくると回転している。
透明な騎士が握っているかのように振るわれる剣には生命的な動きが宿っている。
風切り音を発しながら宙を飛来するそれらは目標へと斬りかかる。
それは踊るように首を切り落とした。
流れ出す血を誇るように剣群はゆらゆらと揺れる。
「ヴァーナぁ!てめぇ、狂いやがったのか!」
ヴァーナは増援として現れた騎士達の首から流れ出す血など気にせず、俺を妖しい笑顔で見つめていた。
だがそれは、善い事をしたから誉めてと父にねだる無邪気な娘のような純心な笑顔にも俺の目には映ったのであった。