第五話 武芸の頂点、速度の頂点
宙を飛んだ俺は、落下の速度を加えてアヌゥの頭上へと光腕を降り下ろす。
爆砕音を立てながら打撃を受けた床は崩落する。
しかし光腕の下には予期したアヌゥの死体はない。
不吉を予感した俺は獣じみたがむしゃらな動きで落下地点から距離を取る。
すると、そこに鋭い風切り音が流れる。
アヌゥだ。彼は双剣を両手で違うように順手と逆手に持ちながら俺の方に突撃してくる。
その動きは異様。動かされている足自体は速くはない。だが、その動作全体は速いのだ。
困惑を感じながらも、迫り来るアヌゥを光腕だけでなくもう一つの腕や足も用いて迎え入れる。
不自然。確かに動作はこちらの方が速い。だが、当たらない。
嵐のように繰り出される攻撃をアヌゥは冷や汗を滲ませているとはいえ、避けきるのだ。
俺は当てる為に攻勢に変化を加える。
光腕で崩落した瓦礫をつぶてのように乱れ撃ちしたり、積極的に懐に入っていったり、あえて引いたり。
それらの努力は空しくも実らず。
「うーん、君の動きは速いけど見切ったよ。恐ろしく速く力の強い獣だね。所詮は畜生。僕の剣理の前に刻まれるといいよ」
そう告げると、防御主体だったアヌゥは攻勢へと転じる。
二つの剣を振るという複雑な動作を前にして、やっと俺はアヌゥの力を理解し始める。
袈裟斬り、逆袈裟斬り、斬り上げ、胴斬り、逆胴斬り、上段斬り、突き。
多用な剣技を二つの手が異なるように描き、生きているかのようにするすると俺に傷を負わせていく。
それらの複雑な剣の動きは本来ならば幾つもの動作を組み合わせて放たれるもの。
貯め、手首を返し、肘を曲げ、腰をひねり、肩を上げ、重心移動をする。
だがアヌゥはその剣閃をたった一動作のみで行っているのだ。
動作の省略。それは剣術や格闘術で奥義と言われる無拍子。
ただ、アヌゥのは厳密な意味での無拍子ではないだろう。
俺は古武術の映像を見たが、あれは一動作というよりも動作を減らし、また、相手から気付かれぬように動作をし、結果的に対応出来ない一撃を放つものだ。
だが、アヌゥは自らが行う全ての動作を省略し、動作の結果だけを放ってくる。
「てめぇの力は動作の省略だろ!」
何とか避けつつも言い放つが、アヌゥは黙り込んで剣撃を生み出し続ける。
しかしぴくりと眉が動いたのを俺は見逃さなかった。
だが分かっても対抗策がない。
恐らくは剣術の達人であるアヌゥは、喧嘩程度しかしたことのない俺の動きにどんどん対応してきており、迫る刃が致命となるのは時間の問題。
『ふっふふふ、困っておるようじゃのう!我が愛しい最愛の可愛らしい御子ヒデオよ!そんなお主に妾、素晴らしい力を用意しちゃった!そもそも動作の省略なんてちゃちい力に押されているなんて妾の御子として失格じゃ!相手が三つの動作を一にするならばこちらはこちらで三倍の速さで動けばいいだけじゃ!』
そんなマリーアントワネットのパンがないならお菓子をお食べ、みたいな言葉を言うんじゃねぇ!
『うむうむ確かにそのままじゃ無理じゃ。本来ならば神は新たな力を与える時には新たな契約が必要じゃが、出血大サービスじゃ!そもそも最も速きものとは光。お主に光速で移動する術を授けようぞ』
ええっ、それ反則過ぎないか?無敵になっちゃうんじゃないか?
『ふむ、もちろん制約はつく。光と化した時にはもちろん意識は保てないのじゃ。意識の速さを越えておるゆえ。それに直進しか出来ぬ。光は直進するものゆえ。そこで使いやすいように妾が作り出した魔法がこの《光化》よ。この魔法は発動させたお主が障害物に当たるまで光の速さで直進し続ける魔法。障害物に当たると光化は解除される。使いこなせばお主を追えるものなど誰もいないのじゃ!ただし屋外で使うと大変な事になるから使わぬようにするのじゃぞ。もし使うならば到達目標をちゃんと見るんじゃぞ。余り心配をかけないようにするのじゃぞ。いきなり知らない町で迷子になったりしてしまうから気をつけるのじゃ。ちなみに魔法は妾の授けたアルガーとは違い、魔力を使うから残りの魔力量には気をつけるのじゃ』
心配し過ぎだよ!あんたは俺のばーちゃんかよ!
急に俺の頭の中に訳のわからない文字や三角形や丸などで作り出された曼陀羅が浮かび上がる。
俺はアヌゥの剣を紙一重でかわしながら、念じてそれを発動させる。
視界が一変する。目の前には崩落した床の一部があり、急いで振り向くとアヌゥがこちらを驚嘆の目で見ていた。
身体からげっそりとやる気が抜ける。魔力が消費されたということなのだろう。
残っている魔力の感覚的には自在に光となって暴れまわるとかは無理そうだ。
驚いていたアヌゥはすぐさま顔を引き締めて、こちらに向かって来る。
動きの法則性を見抜かれる前に一気に決める!
俺は再び頭に曼陀羅を描き、念じる。
到達点はアヌゥの背後の壁!
俺の体は光へと転じ、空間を走り抜ける。
視界が変わり、振り向くと走り行くアヌゥの背中が見えた。
そして次の到達点はアヌゥの背中だ!
連続した発動に吐き気を覚えつつ一気に決めに行く。
気付くと、アヌゥの背中が目の前にあった。
その余りにも無防備な背中は剥き身の海老のように美味そうだ。
致命を確信して、高速で光腕による振り下ろしの撃を叩きつけようとする。
しかし相手もさすがである。俺が出現し、動作した僅かな空気の動きを感じたのだろう。
動作を省略しながら一瞬で振り向く。
「それでも、おせぇ!」
もはや触れるほどに近くまで光腕は迫っているのだ。
ぐしゃり、と肉が潰れる音が光腕に伝わり、俺に獲物を仕留めた事を知らせてくる。
俺は憎い仇の哀れな姿を確認するために床へと突き刺さった光腕を引き抜く。
しかしそこにあるのは、粉々になった剣とそれを握りしめる千切れてぼろぼろになった一本の腕のみ。
流れた血を目で追えば、虫の息でぼろぼろになりつつも、ごろごろと身を転がして距離を取るアヌゥを発見する。
俺はその姿に驚きを隠せない。
腕を犠牲にして助かるという情況判断とそれを行う動作をあの一瞬でやってしまうアヌゥの生への嗅覚というべき才能に戦慄する。
それでも奴は虫の息、もはやまともに戦う力など無いだろう。
アヌゥに止めを刺すために足に渾身の力を込めて飛びかかろうとする。
が、そんな俺に向かって真っ赤な拳大の弾丸が数個飛来してくる。
光腕で軽く払いのけるが、弾丸が落ちた場所から放たれる熱気のみで汗が吹き出してくる。
烈火の弾丸を放ったのは、金髪を上品に刈り上げたオシャレなひげをたくわえたおっさんだ。
「おいおい、アヌゥおめぇ腕がやられちまってるじゃねぇかよ。俺が引き受けるからさっさと逃げなよ」
逃げようとするアヌゥを追おうとすると先程の炎の弾丸を撃ち牽制してくる。
「おめぇの相手はこの俺だよ、坊主。爆炎神メサイアの御子であり三番隊隊長セルベール・セティールだ」
その言葉と共に熱気が部屋に溢れる。
「爆炎神メサイアさんよぉ、ちっと俺にあんたの眷族貸してくれよ」
宙に赤い文字が走り、曼陀羅を成す。
それも一つではなく三つだ。
やがて卵が割れるように曼陀羅が割れ、中から異形の化け物達が姿を現す。
一体は炎を身に纏う黒い馬だ。
そしてもう一体はどろどろとした赤く発光する溶岩で形作られた巨人。
そして最後は宙に浮いている白く輝く蛇だ。この蛇からは常に音が鳴り響き、まるで太陽のように常に身を爆発させているのだと推測出来る。
「さぁて、いっちょやるかね」
その一言をスタートにして、三体の魔形がこちらに襲い掛かってきた。