第四話 復讐、殺戮、悪鬼の誕生
「にゅふふふふ、どうやら妾の偉大さ!素晴らしさ!充分に理解したようじゃのう!善きかな善きかな。さぁて、そろそろ契約と行くのじゃ!」
「契約?」
「そうじゃ!妾は言ったはずじゃ!お主の何もかもを肯定すると!悪を成そうと善を成そうと構わぬと!」
「契約って何ですか。布団でも買わせようっていうんですか?」
姉ちゃんが謎の団体である、弟君大好きお姉ちゃん同盟が作った『弟君がお姉ちゃんを好きになっちゃうお薬』を数万円で買った時の事を思い出したぜ。
「なんじゃ、痛みで泣き叫びながら殺されかけた事を忘れたのかのぅ。さすがに我が御子であるお主を無手で現世に帰すわけにはいかん。そこで契約というわけじゃ!」
「いや、だからその契約って何ですか」
神なので敬語だ。敬語は素晴らしいものだよ、ははは。怖がってなんてないぜ!本当なんだぜ!
「ええい、急かすな急かすな。説明してやるのじゃ!かくかくしかじかなのじゃ!」
ふむ、神は余りに存在が大きすぎて人間のいる世界に直接は干渉出来ない。だから契約で力を貸し与える。魔法もあるがそれは神に至らない精霊達を魔力で協力させてるだけ。魔力とかあるのかよ。
契約した者は神降ろしと言われる。
契約の内容は、肉や果物、野菜などの供物や必ず仇を討つ、女を殺さないなどの誓いなどとにかく神の喜ぶ事を捧げる。
契約の気に入り具合や契約者自身への気に入り具合で与えられる力は変わる。
一番多く少しだけ気に入られるともらえるのが加護。その契約した神由来の魔法なんかを使えたり不思議な能力が使える。
次は割と気に入ったものがもらえる権限。神の力の化身を顕現させたり、神の眷族などを召喚したり出来る。
最後がもはや愛されちゃってて息子や娘、恋人のように思われている寵愛。神を身体に降ろしたり神自体を力はかなり制限されるが召喚したり。
何と俺は契約すれば寵愛を得られ、凄い力が手に入るのだ!
不思議な力でも作用したのか一瞬で理解したぜ!
「ええ~、でも俺は捧げるものなんてないですよ」
「なあに、もう代金は貰ってある」
幼女神が手に持っているものを俺に見せる。
それは切り裂かれた俺の右腕だ。
まだ新鮮なのか、血がどろどろと流れ出している。
「さあ契約せよ!我が御子よ。お主はただ一言言えばいい。妾に捧げる、と」
切り裂かれた俺であった肉の塊を見ると、怒りと憎しみがぶくぶくと沸き上がる。
幼女の神様が俺の感情のロックとやらを解除したのだろう。
俺は叫ぶように言い放った。捧げる、と。
「良い表情じゃ!ではこれはいただくとするかのう」
俺の右腕だったものが、ぼろぼろと崩れて、光の粒子へと還元されていく。
これが食らう、ということなんだろう。
すっかり消えてなくなってしまうと、ヌーザ様は両手を空にかざす。
「ううむ美味い!こんなに素晴らしいものは初めてじゃ!さて、お主の右腕の肉と骨と血と引き換えに妾が与えるのはこの光の義手」
ヌーザ様の両手に、降り注いでいた光が集まり、形を作る。
生み出されるのは異形の腕。
透明なガラス状の物体が主体であり、その中には黄金の輝く血管や神経が走っている。
「妾の力の化身にしてお主の為の腕であり、剣であり、盾であり、心臓であるこれの名はアルガー。さあ、行くのじゃ!」
光が俺を包み込む。気が付くと、俺は先程の意識を失う寸前だった時に居た場所にいた。
「見つけたぞ!殺せ!殺せーっ!」
俺が神界とやらにいたのはほんのわずかだったのだろう。
俺が意識を失う前と目に入る風景は同じに見えた。
がしゃがしゃと鎧を鳴らしてこちらに向かって来る数人の騎士。
さっきまで死の行進に思えたそれに何の感情も抱かない。
だがその行進は俺の何かのスイッチを入れた。それは決定的なものだ。
もし、もしも謝罪して元の世界に戻してくれるならば、俺は許せなくとも妥協して諦めたかもしれない。
だが、これがお前達の選択か!
『アルガーはお主の望むままの姿を取るのじゃ!想念せよ!お主の抱く力の象徴を!』
頭に幼女の神様の声が鳴り響く。
念じると、義手は光輝き、質量も何もかもを無視して形状を変えていく。
それが形作ったのは巨大な筋肉質の透き通った腕。五本の鋭い爪が生えている光腕、それは。
「……鬼の腕?」
幼い頃に姉ちゃんが俺に読み聞かせた切られた腕を取り返しに来る鬼の怪異譚。
その挿し絵に描かれた鬼の腕は、小さな俺のトラウマだ。
最も恐れているものこそが、最も強き形と俺が信じたもの、か。
右腕を切り飛ばされたはずの俺が異形の腕を構えているのに怯えたからか、向かって来る騎士達の動きに動揺が走る。
俺はその隙に騎士たちに躍りかかる。
足の裏に力を入れ、突進するように走ったが、生み出された勢いに困惑する。
みしっ、と床を踏み潰す音が耳に届いた。
風を切る音が自らの周囲に生まれているのがわかる。
その勢いを乗せたまま荒々しく、光腕で振り抜くように騎士たちを薙ぎ払う。
めきめき、ぼきぼき、という鉄が砕け肉を裂き骨を割る音。
勢いが相手の肉と骨では殺しきれなかった光腕が地を割り、激音を響かせる。
騎士達の断末魔の叫びと、霧のように舞う血、雨のように降る骨や鉄と肉。
俺は自分で作り出したその衝撃的な光景を驚いていた。
ヌーザ様はこの義手を心臓と呼んだ事から、単に武器としてではなく、俺の身体を超人のようにする作用があるのだろう。
辺りを見回すと、かろうじて生き残った騎士が助けを求めて泣き叫んでいる。
だがそれを聞いても俺は何も思わなかった。いや、喜びさえあった。人を殺したのに!
徹底的に虐げられた人間の行動には二種類あるという。
虐げる者に徹底的に服従し、人形のようになる者。
そして虐げる者に徹底的に抗い、合理的な判断を越えてまで争い続ける者。
俺は後者な訳だ。意味不明に殺されそうになり、右腕まで奪われ友には見捨てられた。
自らの心の奥底で燃え上がるものがある。例えこれからどれだけ時が流れようとも消えないもの。
今の俺を形作る感情、それは怒り。
「うわぁぁぁぁぁ!」
新たに騎士が俺に上段から斬りかかる。
体重が良く乗っているのが動きからもわかり、兜をつけていない俺は頭蓋骨ごとたち割られ、開きになってしまうだろう。
だが、俺はその一撃を光腕でやすやすと掴み取る。
兜から見える男の顔には汗と決死の表情が浮かんでいる。
全身の筋肉を用いて力を生み出し、光腕ごと俺を斬り殺すつもりのようだ。
それを嘲笑いながらも徐々に光腕に力を入れていくと、びきびきと剣がひび割れていく。
騎士の顔に浮かぶ困惑からして、余程の名工から鍛えられたのであろうその剣は呆気なく粉砕された。
顔の色を無くした騎士へと光腕で力一杯のアッパーを打ち込む。
騎士は宙へと体を吹き飛ばされて、天井へと突き刺さると、ぴくりとも動かなくなった。
「王達を守れ!あの悪鬼を近寄らせるな!」
声のする方を振り向くと、王や后に姉姫様に何かこちらを嬉しげにガン見している妹姫様に混じって恭介がいた。
恭介は顔を恐怖でひきつらせ、ぶるぶると震えながらこちらを見ている。
「恭介ぇっ!!」
恭介を殺すかはわからない。だがとりあえずぶん殴る!
恭介の元へと向かおうとする俺を二つの光の軌跡が阻む。
俺の前に立ち王族を死守しようとするのは、俺の右腕の仇である騎士隊長アヌゥ。
「行かせないよ。他の方々は重鎮を逃がしているから僕一人で君とやり合わなきゃならない。ああ、日頃から自戒してるけど他人を侮る僕の悪い癖が出たのが災いしたよ。ヴァーナさんに良い所を見せたいからって名乗り出るんじゃなかったよ」
構えていた双剣をだらりとアヌゥは垂らす。
「闘神ナルカミよ、我が願いにより力を貸し与えたまえ」
その言葉を始まりに、アヌゥの身体の周りに可視可能なオーラのようなものが生まれる。
そのオーラは良く磨かれた刀が放つ切り裂くような光を放っている。
仇を目にした俺は全身に怒りのまま力をむちゃくちゃに入れて、獣の如く跳躍した。




