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ヴァルプルギスの夜の夢  作者: 朽尾 明核
◆◇人生ゲーム ~おきのどくですが ぼうけんのしょは きえてしまいました~◇◆
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六章 『今にも落ちて来そうな空の下で』


 『絵になる光景』と、いう言葉がある。

 まさにその表現が、ぴったりだと思った。


 土曜日の朝、学校に登校し、教室の扉を開けると同時に、そんな光景が俺の目に飛び込んできたのだ。

 窓際の一番後ろの席に座って、本を読んでいる女子生徒に、氷室(ひむろ)幸一(こういち)が隣の机に尻を乗せ、足を組みながら何事かを話しかけていた。容姿端麗、眉目秀麗、才色兼備の三拍子(意味が被っている気がするが)を揃えた氷室が、同じく見目麗しい女子生徒に話しかけている姿は、それだけで美男美女パワーにより、学園ドラマか、少女漫画のワンシーンのように映える。


 『イケメン』という言葉を体言したかのような、少年――氷室はややオーバーアクション気味に手振りを沿えて話す格好も様になっている。

 軽くメッシュをかけた茶髪は、西洋系を思わせる顔立ちによく合い、肌は病的に白い。くっきりとした二重の瞳は名前の通り氷を連想させるような涼しさをたたえている。『爽やか』ではなく、どことなく魔的な容貌は、男女問わず――主に女子はだが――見るだけでくらくらと酔ったような錯覚を及ぼす。


 そんな彼の言葉にまるで耳を貸さず、手元の文庫本のページを捲る少女――小鳥遊(たかなし)来夢(らいむ)だって負けてはいない。

 腰のあたりまで伸ばした、つややかな、(からす)の濡羽色のロングヘア。それとは対象的に、雪のように白い肌。ほんの少し釣り目気味の瞳は凛とした印象を受ける。すっと通った鼻梁。その下の朝露に濡れているような唇。「街ですれ違う男達が振り向く」――だなんて使い古された常套句が、彼女ほどぴったりとあてはまる人物を、俺は知らない。


 二人が並んでいる姿は――はたからしたら間違いなく、美男美女のカップルにしか見えないだろう。

 事実、クラスメイト達も思い思いに朝の時間を過ごしながらも、さきほどからちらちらと視線を二人に送っている。

 俺も思わず見とれてしまったかもしれない。


 男子生徒――氷室が尻を敷いている机が、俺の物じゃなかった、ならば。


 氷室の言葉を徹底的に無視して、一心に本を読んでいた少女――小鳥遊さんの双眸が、俺を捉える。


「氷室君、彼が、退いて欲しそうです」


 静かな声色で、そんな言葉が彼女の唇から紡がれる。

 恐らく、彼女から返された、最初の言葉なのだろう。氷室が目を丸くし、振り返って俺を見据える。


「ああ、そうだね。――悪かったな、司」


 遠回しに拒絶の言葉を口にされたにも関わらず、氷室は少しも残念そうな素振りを見せず、爽やかな笑みをその顔に浮かべて、俺に席を譲る。

 鞄を席に置いた俺に、氷室が話しかける。


「そうだ。司、少し、いいかな」


 特に断る理由も無かったので、氷室に続いて俺は教室を後にした。

 朝の廊下を氷室に連れられ、歩く。まだ始業時間に余裕があるからだろう。人通りは少ない。無人の廊下が放つ、すこし物悲しい雰囲気は、嫌いではない。

 と、前を歩く氷室が不意に振り返り、俺に詰め寄ってきた。


「お、ま、え、なぁぁぁぁぁっ」


 端正な顔を歪ませ、悲痛な心境を伝えたいのだろう。頬に手を当て、身体を小刻みにうねらせながら、叫ぶ。


「なんで、今日に限って、早く来るんだよぉぉぉっ」


 そこで、ようやく、俺は氷室がムンクの『叫び』を示しているのだということに気づいた。成る程。上手い。


「折角、あと少しで来夢ちゃんを落とせるところだったのによぉぉぉぉぉっ」


 しかし、いくら上手だからといっても、白目を向いてなよなよと身体をくねらせていては、どんなイケメンでも残念な感じに仕上がるというもの。彼に恋をしている女の子達の誰かがこの光景を目撃したら、百年の恋も冷めるというものだ。


「悪い。朝からナンパの最中だとは思わなくて、ね。それに、俺が見る限り、あまり好印象には思えないが」

「甘いな司。あれが今話題の『クーデレ』というヤツだ。表面上は冷静に取り繕っているが、内心は俺にメロキュンだ」


 なんという死語。しかし、恋愛経験が俺の何乗も豊富な氷室の事だ。正しいのかもしれない。


「おい、幸一。ヒカリちゃんはどうしたんだ」

「ああ、昨日振られた。『私と爪楊枝とどっちが大事なのよっ』だって」

「なんだろう。その科白だけで大体の非がお前にある事が想像に難く無いな」


 氷室は恋人を、それこそ次々とっかえひっかえ換えていく悪癖がある。まぁ、二股を掛けたりしている訳ではないから、刺される事は無いと思うが、うん。全く、羨ましい話だ。


「そんな事はもう過去の話だ。今は新しい恋に目を向けるべきだと思うのですよ、ええ」

「切り替えの早さに感動すら覚えるよ。それで新しい標的が、小鳥遊さん、か。またどうして」

「馬っ鹿、お前、あの美貌にあの巨乳と二拍子揃ってるんだぞ。むしろ今まで声を掛けなかった事を疑問に思えよ」


 二拍子って、氷室。一つ足りてないぞ。


「……そんなに大きかったっけ」

「ああ、間違い無く学年一位だ。俺が保証する。服の上からだから、カップが判らないのが口惜しいぜ」


 本気で悔しそうにする氷室。お前、イケメンで良かったな。

 氷室は彼の中の何かに火が点いたのか、熱を帯びたようにして、続ける。 


「確かに彼女の髪や、顔付きは、和服が似合いそうだろうな。いや、正確には、『和服を着せても似合う』だが、まぁ、おいておこう。兎に角、和服には大きい胸は似合わないという意見もある。成る程、それは真理だ、認めよう。だが、来夢ちゃんの大きさを持ってすれば――例え、和服の下には何もつけないという究極ともいえるメリットがあったとしても――それを凌駕する、利点に成り得るだろう。違うか」


 訂正。氷室。お前、イケメンじゃなかったら、終わっていたよ。


「お前、相当、アレだな」

「良いんだよ。どうせ、男なんて顔と胸しか見てないんだから」

「それは、女性が男性を蔑む時に使う科白であって、エロさを正当化するための理論じゃないからな。念の為、言っておくけど」


 もう、救いようが無かった。

 そこまで話すと、氷室は「そうだ」、と何かを思い出したかのように横手を打つ。


「よし、今日カラオケ行こうぜ」


 その誘いは純粋に、嬉しい。金銭問題を除けば、の話だが。


「悪い、今月は財布がピンチなんだ」

「そうなのか、だが、司は来てくれなくても構わない」

「どういう意味だ、それは」


 誘っておいて、不参加を容認するとは、どういった了見なのだろう。


「つまりだな、来夢ちゃんを誘いたまえ。彼女が参加すれば、司は不参加でも構わないという事だ」

「ちょっと待て、意味がまるで解からない」

「理解出来ないか。つまりだな、司はおまけつきお菓子の、お菓子的なポジションだということだよ」

「……すまない。言葉の選択を間違えた。なんで俺がそんな事しなくてはいけないのか、その理由がまるで解からない」


 しかもそれ、地味に傷つく比喩だぞ。


「俺の口説きテクを邪魔した罰だよ。それに、クラスの中じゃ、お前が一番親しいじゃねーか」


 席が隣なだけです。最近彼女と交わした会話は「あ、すみません、数学の教科書見せてくれますか」「どうぞ」だぞ。物凄く他人行儀じゃねーか。どっちが忘れたかは、言わなくても判るので割愛するが。


「あれ」


 俺がなんとか断る理由を探してると、そこで氷室が何かに気づく。


「どうした」

「司、なんで今日眼鏡なんだよ」


 ――今まで、気づいて、無かったんですか。

 おーけー。理解した。氷室。お前の中では、


『来夢ちゃんの胸談義』>>>(超えられない壁)>>>『俺の眼鏡』


 の図式が成り立ってるんだな。


「コンタクト、落としたんだよ」


 今日は朝からついていない日だった。悪夢、筋肉痛、皺だらけのズボンに加え、コンタクトを落とし、星座占いでもワースト一位だったのだ。もっとも、星座占いに関しては『よくよく考えてみれば、星座占いでゲビだった事が、その日の内で最も悪い事だった』なんて事もあるだろうが。


「うわ、それは災難だな。高いんだろ、あれ」


 その通りだ。今月は金が無いので、少なくとも、新調するのは来月以降になりそうだ。


「ご愁傷様。ま、裸眼の俺には関係の無い話、か」

「あと一歩で嫌味だぞ、それ」

「イーノック、だっけか。受ける気無いのか」

「誰だよ、それ。レーシックの事を言っているのなら、金額の問題もあるし、怖いからヤダ」

「うおっ、ヘタレ」

「うるせー」


 そんな雑談をしながら、氷室と一緒に来た道を戻り、教室へと急ぐ。

 と、間延びしたチャイムが、学校中に響いた。


「げ、早く行かないと、谷嶋原に注意されるな」

「それだけは勘弁、な」


 俺が急かすと、氷室は露骨に嫌そうな顔を、する。

 谷嶋原(やじまはら)丈一郎(じょういちろう)。俺たちのクラス2-Bの担任教師だ。武士を彷彿とさせる古風な名前をしておきならがら、いや、その名の通りというか、渋いルックスで女子生徒に人気がある。ああいうのを(いぶ)(ぎん)な魅力、というのだろうか。  

 氷室は普段から、良く谷嶋原を敵視している感が、ある。やはり、自分と同じくらい人気がある奴を、目の敵にしているのだろうか。


「なぁ、前から訊こうと思っていたんだが、なんで谷嶋原が嫌いなんだ」


 俺がそう尋ねると、氷室は肩を竦めて答える。


「ああ、なんっつーのかな。同属嫌悪、に近いのかな。まぁ、俺と似てるから――というより、同じ匂いを感じる、って言ったらいいのか」 

「どういう事だよ」


 彼の返答は的を得ない。


「簡単に言うと、アイツ、エロイよ、絶対。女子高生が好きだから教師になったタイプだよ」


 したり顔で頷く氷室。教師の悪口、というのは学校生活において生徒同士の仲を深める為の、一種の儀式のような役割を果たす。が、数分前まで、クラスメイトの女の子の胸について、あれほどまでに熱く語っていた彼が何を言おうと、説得力が、まるで無かった。




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