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ヴァルプルギスの夜の夢  作者: 朽尾 明核
◆◇心中ルーレット ~アナザー・ワン・バイツ・ザ・ダスト~◇◆
48/59

閑話『重要でない幕間』

 藤倉直紀が風呂を上がり、自室に戻ると、そこは宴会場と化していた。


「あ、戻ってきた」

「うらーい。おっせーぞ藤倉ぁ。女子かテメーはー」


 三つの布団が互い違いに敷かれていたが、そこで向かい合うようにして氷室と――すっかりできあがった多賀が座っていた。

 多賀の手には缶ビールが、氷室の手にはポカリスウェットが握られている。さらに、床には袋の開かれたポテトチップスやら、あたり目やらチー鱈やらが所せましと並べられていた。


「何してるの……?」


 そう疑問の声をあげるも、答えは明白であった。酒盛り以外の何物でもあるまい。


「いや、ほら」氷室が説明をする。「簡単に言うと、多賀を慰める会ってやつだよ」

「ああ……」


 藤倉は頷く。午後の多賀の様子を見れば、小鳥遊来夢への告白が失敗したことは、火を見るよりあきらかである。つまり、ヤケ酒というわけだ。


「そっか」

「というわけで、ほら、残念パーティ」氷室が缶を差し出す。「藤倉っちは飲める方?」

「飲めなくはないけど……」ほんの少し、躊躇する。「まだ点呼済んでないよね。終わった後のほうがよくないかな」

「それもそうだな」


 氷室は納得したようだった。しかし、すでに多賀は酔っ払っている。幸い、顔が赤くなっているわけではないが、これはまずいだろう。


「多賀は寝てしまったことにしよう」

「大丈夫かな……」

「なんとかなるだろぉ。大丈夫。俺の寝たふりの技術は他の追随を許さないから」


 呂律が回っていない。一抹の不安が鎌首をもたげた。


「それにしても、やっぱり駄目だったんだ」


 藤倉の呟きに、多賀が耳ざとく反応する。


「『やっぱり』ってなんだよ、お前、俺がフラれるってわかってたっていうのかよぉ」

「違うよ」慌てて否定する。「そうじゃなくて、多賀君、その、落ち込んでたじゃないか。だから、もしかしたら、駄目だったんじゃないかって思ってたって、それだけのこと」

「んだよぉ……、なんで駄目だったんだよぉ……」


 盛大に落ち込んだ様子を見せる多賀。どうやら彼は酔うと、感情のふり幅が大きくなるようだ。ああこれは面倒くさいタイプだな、と声に出さずに独り言ちた。


「まあ元気出せよ、フラれん坊将軍」

「将軍言うなしっ」


 氷室の適当な励ましに、缶ビールを煽る多賀。どうやら長い夜になりそうだと、藤倉は覚悟を決めた。








「なあ、何が駄目だったんだと思う」


 点呼をやり過ごし、本格的に宴会が始まった。するめを噛みながら、多賀が二人に向けて、気の抜けた声で問う。


「さあ」氷室は首を振る。「俺は実際に現場を見たわけじゃないからな」


 彼は点呼の後もノンアルコールのジュースを飲んでいる。


「氷室君は、飲まないの」


 藤倉が尋ねる。彼はすでに三杯目を空けていた。部屋に備え付けられている冷蔵庫で冷やされているため、冷たさは十分だ。


「どうも、酒は苦手でね」

「ふうん。意外」

「俺は藤倉が飲めるタイプの方が意外だけどね。っつーかバナナジュースの方がうまくないですか、実際」

「バナナジュースあるの?」

「ねえよっ」


 ポテトチップスに手を伸ばす藤倉。ふと、目をあげると多賀がこちらを向いている。


「どうしたの」

「おまえさんはどう思う? なんで俺がフラれたとお考えですかぁ?」


 舌の回りはさらに怪しくなっている。顔も真っ赤だ。完全に酔ったな、と藤倉は内心青ざめる。


「うーん」正直に言えば自分も告白を見ていないのだから、原因など知らない。知ったことではない。それでも、適当に答えるとさらに面倒そうな流れになりそうだった。「やっぱり時期尚早だったんじゃない?」

「じきしょーそー? なんだそれは。食べ物か」

「早すぎたんじゃないかってことだよ」氷室が横から補足する。

「つまりなんだ。あれか?」多賀は少し考えてから言った。「はじめはお友達からーって戦略にしとけってことかぁ?」

「そう」


 多賀は、ややあってから「はぁ~」とため息を吐いた。芝居がかった演技だ。


「甘いよ、藤倉。あまあまのあんまみーやだよ」

「あんまみーやですか」

「そんなねぇ、『お友達から始めましょ』とか初々しすぎるよ。小学生かってーの。『ランドセル背負っておててつないでクラスのみんなにばれない様に遠回りして帰りましょ』っつーんじゃあねーんだからよぉ。童貞かお前は」

「酷い言われようだ」

「初手告白安定だよ。それで気がありゃオッケー。脈なきゃNG。そういうもんなんだよ。――なあヒムッちゃん。そういうもんだよな」


 水を向けられた氷室は、ハッピーターンをかじりつつ答える。


「そうでもないさ。まあ、それで終わることもあるけど。恋愛観っていうのは人それぞれだし。藤倉っちみたいな考え方をする女子だっているでしょ」

「……つまり」多賀がするめを飲み込み、呟く。「小鳥遊は処女ってことか?」

「はっはっはっ」氷室が乾いた笑い声をあげた。盛大に笑ってから「駄目だこいつ……早くなんとかしないと……」と小声で付け加えたのを、藤倉は聞き逃さなかった。







 その後も、しばらくは和やかな歓談を続けていたが――空けたビールが十を超えはじめたころ、多賀の意識が目に見えて朦朧としてきた。


「ところでよぉ――藤倉はぁ、結局誰狙いなんだぁよ」


 その質問に、たじろぐ。その話は終わったはずだ。バスの中で確認し、被っていないということで納得したではないか。

 しかし、酔っ払いに対して論理的な反論と言うのは、鼻をかんだ後のティッシュほども役に立たない。


「いいでしょ、誰だって」

「よくないっ」多賀が天井を仰ぎ叫ぶ。「全然っよくないっ」

「なんでさ」

「俺がフラれて、藤倉が成功したら居た堪れないだろぉ」

「うわぁ」


 無茶苦茶だ、と呆れはてる。

 助けを求めるように氷室に視線を送るが、彼も薄く笑っているだけだった。


「いいんじゃないの。告白が成功したら、どっちみち隠し通せるものでもないんだし」

「……失敗したら?」

「多賀とふたりで傷を舐めあえばいい」

「うわぁ」


 どう誤魔化し、切り抜けたものかと思案する。

 しかし、その必要はなかった。気づけば、多賀はばったりと仰向けに倒れ、いびきをかいていたのだ。


「……もう寝てる」


 そのままでは風邪をひくだろうと、布団をかけてやる。

 そういえば、と氷室に質問をした。


「ビールとかジュースって、どうしたの」


 つまみはともかく、これだけの量のドリンクを鞄につめてくるというのは、骨が折れるどころのさわぎではないはずだ。


「ほら、夕食のとき早く抜けただろ? その時旅館の自販機で買ったんだよ」

「ああ……そっか」

「それにしても、ほんと意外だな。全然酔ってるように見えない」

「こう見えて、結構強いんだよ」


 アルコールが好きというわけではないが、強い。さすがにビールは水――とまではいわないけれど、これくらいの量ではまだまだ酔えない。


「ふうん……」


 氷室が飲んでいるのは一貫してノンアルコールドリンクだ。それゆえか飲む量よりも、つまみなどを食べる量のほうが圧倒的に多い。

 ぱり、ぱり、と。スナック菓子を咀嚼する音と、多賀の静かな寝息だけが聞こえる。


「あの、さ」


 藤倉は、切り出すことにした。それは常日頃から考えていたことではあったが、多賀の無残な敗北を見て――やはり、きちんと確認しておいたほうがいいと、そう思ったのだ。



「日比野さんって、時田君とつきあってるの?」



 言外に、自分が懸想している対象は、日比野響であるという宣言だ。

 しかし、氷室は特に言及せずに、「どうだろう」と首を傾げた。


「まあ、多分ね、事実上」

「事実上?」

「ディファクト・ガールフレンド」

「え?」

「今作った言葉」桃のネクターを一口。「つまり――はっきり口には出してないだろうけど、もう恋人みたいなもんじゃないかなってこと」

「……そっか」


 彼らにもっとも近しい氷室がそういうのだから、まず間違いはないだろう。


「無理かな」

「十中八九」


 危惧していたことが現実となり、藤倉の胸に落胆が去来した。

 半ば覚悟していたことではあるが――しかし、実際『そう』であると告げられると、ショックだ。


「少し早くなったが、藤倉の分の失恋を慰める会も兼ねるか?」


 氷室が、冗談めかして言う。嫌味に聞こえないのは、彼の目が、普段は決して見ることのできない程のやさしさを湛えているからだろう。


「いや――いいよ。やっぱり今回、告白するのはやめにする」

「いいのか。ジンクスが、あるんじゃ」

「目の前に失敗例が横たわってるじゃないか」


 にもかかわらず、信じることなどできない。いや、もとよりそんなジンクスを頼りにしていたわけではなかったが、兎も角。


「それにさ、さっき多賀君が言ってたけど」

「藤倉は童貞だって?」

「そっちじゃなくて。……いや、うん。そっちじゃなくて」わざとらしく咳をする。「――『まずはお友達からって』タイプなんだよ」


 氷室はその言葉を聞き、少しだけ口の端を上げた。


「ふぅん――まるっきり、諦めるってわけじゃないのか。いや、予想外だ。うん、クラッチは思ってた以上にしたたかだな」

「クラッチ?」

「藤倉、藤倉っち、倉っち、くらっち、――クラッチ」

「あだ名かい」


 あだ名だよ、と言いながら氷室はじゃがりこを咥える。「まあ、面白いことになりそうだ」


「面白いこと?」

「ああ……」


 少しもったいぶってから、氷室は言葉を紡ぐ。


「多賀がいる手前、言えなかったけどな。小鳥遊さんと司、結構いい感じなんだよ」

「へぇ……」


 驚く。そして、時田司というクラスメイトについての認識を改める必要がありそうだな、と思った。


「いや、もちろん、まだ恋人っていうわけじゃあ全然ないけど。でも――そもそも、俺たちの班に小鳥遊さんが来たのは、司が声をかけたからなんだぜ」

「そう、なんだ」

「いま言った通り司は響ちゃんといい雰囲気だし、小鳥遊さんは小鳥遊さんで陰があるっつーか、一筋縄ではいかなそうな感じだけど――ともあれ、彼女に一番親しい男子は司じゃないかな」


 それは、それは。

 四角関係――ということになるのだろうか。ラブ・トライアングルならぬラブ・スクウェアか。


「色恋沙汰っていうのは、まあ、傍から見てると楽しいもんだよな」


 心中複雑な藤倉とは対照的に、氷室が呟く。

 その気持ちは分からなくもない。しかし、藤倉は他人事ではなく、その渦中にいるのだ。


 大きく息を吐きだす。


 なんにせよ、自分にできることはひとつしかない。だとしたら、そのできることをやるだけだ。

 そう決意し、酒をあおる。兎に角、いまは酔ってしまいたい気分だった。




※未成年者の飲酒は法律で禁止されています。

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