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ヴァルプルギスの夜の夢  作者: 朽尾 明核
◆◇心中ルーレット ~アナザー・ワン・バイツ・ザ・ダスト~◇◆
42/59

五章『あいうら』

 家に帰ると(のぞみ)姉さんが、ソファーに寝っ転がっていた。


「おかえりー」


 手足を投げ出しながら、だらしなく挨拶をしてくる。これでも希姉さんは、華の女子大生――女子大生なのだ。


「ただいま」


 テレビのチャンネルをばちばちと回す姉さん。我が家は最近テレビを新調し、番組一覧を表示することができる機能がついている。しかし、昔からの癖らしく、姉さんはいつもチャンネルを直接変える。

 私が買ってきたお菓子をテーブルの上に置くと、ビニールのこすれる音を耳ざとく聞きつけた姉さんが反応した。


「なに? おいしいものっ? だったらちょーだいっ」

「やるか」にべもなく断る。「これは明日からの貴重な食料だ」


 姉さんがぐるりと回転した。ぬおーと気の抜ける声をあげる。


「あー、そっかー、明日からキャンプだっけー。いいなー、青春やなー」

「姉さんだって、まだ大学生だろう」

「甘いなー、響。大学生と高校生の間には越えられない大きな壁があるんよ」ビニール袋に手を伸ばしながら言う。「響も、今のうちにヤれることはヤっときなよー」


 姉さんの手からビニール袋を遠ざける。


「やれることって?」

「そりゃあんた、部活とか、恋愛とか」ちょっと間をおいて。「初体験とか」

「はっ、は!?」


 何を言い出すんだこいつは。


「あれ? そういえばキャンプとか丁度いいタイミングじゃない? うはー、いいねー若いねー」

「な、何を」

「そういう行事の前とか最中ってカップルできやすいのよねー。どう、響もニ、三人くらいからモーションかけられてりしてない?」

「あるわけない」

「ふーん」


 姉さんは横目で意味深に私を見つめる。


「ま、それならそれでいいんだけど。それよりアレよ? エッチするときはちゃんと男にゴム着けさせるのよ? 言わないと、なんだかんだで生で()れようとするからね。あ、ちゃんと準備した? なんなら一箱ぐらい融通してあげてもいいけど」

「馬鹿っ」私は声を荒げる。「ない。ない。絶対に、ないっ」

「やだなー照れちゃってー」


 ソファーから立ち上がって、こっちにくる。まだお菓子を狙っているのか。


「あ、そっか。司くん参加できないんだっけ」

「は?」

「そりゃ、浮気できないわねー」にじり寄る姉さん。間合いを慎重に測っている。

「何を言ってるんだっ、そ、それは関係ないし、浮気って、司とは別にそんなんじゃないし意味わかんないし」

「とりゃ」揺さぶりをかけた隙に跳びかかってきた。

「あっ」


 手から弾かれるスナック菓子。姉さんが、いつもなら決して見せないような俊敏さで私から奪取する。


「ふっ、焼きトウモロコシ味をチョイスするとは。さすが我が妹、わかっているわね」

「返せ! とんがりコーン返せ!」

「甘いっ」


 などと取り合いをしている私たちを、台所にいる母さんは「仲がいいわね」なんて言いながらのんびり眺めていた。


「母さん、何とか言ってやってくれ!」

「希。あんまりいじわるしちゃ駄目よ」

「違うわ。これは一見ただのいじわるに見えるけど、その実は私は響のことを第一に考えているのよ」

「どこがだっ」

「主にダイエット的な意味で」

「大きなお世話だっ」







 キャンプ当日。集合場所である校庭に行くと、すでに八割方の生徒が集まっていた。もう集合時間の十分前であるから、当然のことかもしれないが。


「おっはよー響ちゃん。いい朝だねぇー」心音が大きな声であいさつをしてきた。


 確かに、雲ひとつない青空だ。


「おはよう」と返す。正直、眠い。

「なんだ、響。大きなあくびなんかして」飛鳥が、からかうような笑みを浮かべた。「もしかして、興奮して寝付けなかったのか?」

「そんな馬鹿な」否定する。「小学生じゃあるまいし」


 がやがやと騒々しいクラスメイト。班ごとに整列するはずなのだが、なかなかまとまりそうにない。やはり、普段とは違う環境に置かれ、テンションが少しおかしくなっているのだろう。私も人のことが言えた義理ではないのだが。


 しかし、こう、いざ出発となると、やっぱり、わくわくしてくる。

 ふと、小鳥遊の姿が見えないのに気付いた。


「小鳥遊はどうしたんだ?」

「来夢ちゃんなら、お手洗いだってよー」心音が、自分のとは違う鞄を掲げながら言う。

「アイツも、案外緊張してるのかもな」飛鳥が、もう一つのカバンを揺らす。


 そうだろうか。

 と、いうか「アイツ()」って言いながら、私に視線を向けるとは、どういうつもりだ。


「小鳥遊と言えばさー」


 飛鳥が、私を見つめながら続ける。その視線は、(よこしま)だった。なんだか嫌な予感がする。


「どうなんだろうなー、時田と」

「は?」


 唐突に、何を言い出す。


「いや、だからさ」飛鳥が口元を斜めにした。「つきあってんの? あのふたり」

「は? 何を言っている? だいたい、そんなこと、私が、知るわけないだろう」


 そもそも、知るとか知らない以前に、そんなことがあるわけない。

 あるわけないだろう。

 いや、多分。きっと。おそらく。


「うーん。私の見立てじゃ、かなりいい感じだと思うんだけどなー」

「何がだ。第一、なんで私に聞くんだ。直接聞けばいいだろう」

「えー」飛鳥がにやける。「だってさー、いいの? このままじゃ時田、とられちまうかもよ」

「とらっ――」


 言葉を失う。なんで、希姉さんといい、飛鳥と言い、そう――そういう考え方をするんだ。


「なあ、心音」飛鳥は、心音に話題を振った。

「そうだねー」


 心音がによによと笑みを浮かべながら、近づいてきた。口が、『ω』のような形になっている。まずい。これは、心音が誰かをからかう時の表情だった。


「正直、来夢ちゃんがどう思ってるかはわかんないけど、司君は結構、気になってるんじゃないかなー」

「……根拠は?」

「名前だよー」心音が、人差し指を立てる。「司君ってさ、大抵だれでも苗字で呼ぶけど、なぜか来夢ちゃんのことだけは、下の名前で呼んでるよねー。それってちょっと怪しいんじゃないかと、私は思っているわけですよー」


 確かに。それは大分、気になっていた。

 だって、私のことも未だに『日比野』って呼んでるんだぞ。なのに。

 いや別に、悔しいとかそういうわけではないのだけれど。


「それにさー」心音は続ける。「来夢ちゃんって凄い綺麗じゃない? あんな子が傍にいて、揺れない男子なんてそうそういないんじゃないかなーって」

「そうだよな」飛鳥が便乗する。「ほら、キャンプなんていい機会ジャン? 腹割って探りを入れてみるとかしてみれば?」


 ふたりのニヤけ顔。なんだ、“腹割って探りを入れる”って。それ腹が割れているのか?

 腹が立つ。まったく、他人事だと思って、まったく。しかし、ムキになって反論したりすれば、自分の首を絞めることになるのは必至だ。


 だが、こういうのは好きじゃない。

 私は、からかうのは好きだが、からかわれるのは嫌いなんだ。


 そこで、この流れを変えることにする。

 じっと、心音に視線を送る。彼女と視線が合ってから、それとなく切り出した。


「確かに、な。小鳥遊は綺麗だ。ちょっと嫉妬するくらいにな」私は、飛鳥に向けて言葉を放つ。「特にあの髪の毛。黒くて長いのは羨ましい」

「だよなー」乗ってきた。

「それに」私は続ける。「小鳥遊は、凄く胸が大きい」

「…………」


 飛鳥の言葉が詰まった。しまったと後悔したような表情を浮かべる。もう遅い。


「なあ、心音」私は心音に話題を振る。しかし、その間も視線は一点を凝視したまま動かさない。

「そうだねー」私の意志をくみ取った心音も、ある部分(・・・・)を見つめたまま言う。「おっきいよねー。よく体育の時間とか、男子がガン見してるよねー」


 ある部分――そう、言うまでもないだろう。飛鳥のバストだ。

 私たち二人の視線を受けて、飛鳥が腕で自分の胸を隠した。


「な、なんだよ。どこ見てんだよっ」

「どこってー?」とぼける心音。凝視。

「何を言っているんだ? 飛鳥は」穴が開くほど、凝視。

「お、おいっ、なんだよっ、言いたいことがあるならはっきり言えよっ」


 すすす、と鞄を胸の前に持ってきて、視線をガードしようとする飛鳥。無駄だ、無駄な努力だ。無駄無駄。

 そんなものお構いなしに見つめ続ける。


「言いたいことってなんだ? 私たちは今、小鳥遊の胸が大きいなって話をしてるだけじゃないか」

「そうだよー。飛鳥ちゃんこそ、何か言いたいことがあるんじゃないのー?」

「はっ? 別に羨ましくないしっ」


 ――掘ったな、墓穴を。


「羨ましい?」私は、驚いたような声を出す。視線はそらさずに。「羨ましいってなんのことだ?」

「さあねー」心音が、精一杯考えたような声を出す。視線はそらさずに。「でも、文脈的に考えて、胸のことじゃない?」

「ち、違うし。全然胸なんか羨ましくないし。下手なワンピースとか着たら、太って見えるじゃん、あれ」


 必死の弁解。私はそれに対してほおと感心したような声をあげる。


「そうかそうか、それもそうだな。確かにゆったりとした服は着づらいものがあるかもなー」

「そうだねー。でも、私、飛鳥ちゃんがワンピース着てるとこなんて、見たことないよー?」


 私たちの猛攻に対し、飛鳥は「うがー!」と頭を掻きむしる。


「なんでだよ! 今さっきまで響をいじる流れだったじゃん!」

「甘いな、飛鳥」私はさっき彼女が浮かべていたような、意地の悪い笑みを顔に張り付ける。「流れなんてものは刻一刻と変化するんだ」

「そうだねー」心音も笑う。「あまあまのアンマミーヤだねー」


 涙目になる飛鳥。ふはは、他人をからかうのは、楽しい。


 ほどなくしてトイレから帰ってきた小鳥遊に、飛鳥は「まったく! お前のせいでまったく!」と憤慨しながら鞄を返した。


 小鳥遊は、わけがわからないといった顔をしていた。そりゃそうだ。




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