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ヴァルプルギスの夜の夢  作者: 朽尾 明核
◆◇心中ルーレット ~アナザー・ワン・バイツ・ザ・ダスト~◇◆
38/59

一章 『その一秒スローモーション』

「交流キャンプ?」


 五月中旬。

 司の入院生活も、二週間目をむかえたところだ。

 病院のベッドで、いつものようにゲームで対局中、ふと思い出したことをつぶやいた私に、司が訊き返してきた。


「そういえば、司にはまだ話してなかったよな」

「ああ、うん」司は曖昧に頷く。「でも、そういえばそんな説明を、年度初めに受けたような、受けてないような?」


 『交流キャンプ』。

 私たちの通う神原高校の伝統行事のひとつだ。

 クラス替えの行われる二年次、新しいクラスメイト同士の友情を高めあうために、二泊三日で行われるお泊り会である。


 県内の山へと出向き、ゴミ拾いのボランティアやオリエンテーリングを通じて、クラス内の親睦を深めようという狙いらしい。


「『事件』で少し延期にはなったがな、明後日から三日間、開催される」


 司は少し顔をしかめた。


「なんっつーか、よく中止にならなかったよな」

「……それは、私もそう思う」


 事件。


 平穏なこの街を襲った、猟奇的な連続殺人事件だ。

 件数自体は三件で、そのうち、最後の一件は未遂に終わったにもかかわらず、今や全国的な知名度を誇っているといえよう。


 銃、というあまり日本では見られない凶器が使われたこと。


 二件目の犯行の凶悪さが際立っていたこと。


 そしてなにより――現役の高校教師が犯人だったことが、この事件のセンセーショナルさを高めているのだろう。事件から二週間たった今も、ワイドショーでは頻繁に扱われている。


 なんというか、お祭り騒ぎに近いものがある。

 私は、なんとなくそういった雰囲気が好きになれない。


 コメンテイタ―が訳知り顔で銃の危険性を訴えていたり、教師のモラルがどうのこうのと語っていたりするのを見ると、もやもやとした嫌悪感が湧き上がる。

 理由ははっきりとしないが、兎に角、好きになれないのだ。


 犯人の教師、谷嶋原丈一郎は、私達のクラスの担任だった。

 当然、その後は別の担任になったのだが、事件の波紋は大きく、転校していくクラスメイトが何人も出た。私たちのクラスで六人。学校全体では、二十人近い生徒たちが転校したらしい。


 親の視点から見れば、その気持ちは理解できる。人殺しの教師のいた学校に子供を預けることが、不安にならないわけがない。教室も空席が目立つようになった。


 二件目の事件の被害者は、この学校の生徒だった。

 その生徒の葬式に出ようとした校長らが、被害者生徒の両親に泣きながら怒鳴られ、参列を断られたという話も聞いた。


 それに、学校の雰囲気もどこか、暗くなってしまったように感じる。


 そういった――どちらかといえば“当事者側”の私から見ると、テレビの中で騒ぎ立てられている内容が、酷く的外れで、どうでもいいことのように感じられる、のかもしれない。


 被害者面をするわけではないのだが、それでも複雑な気分になってしまう。


「でもあれだ。俺は行けないんでしょ?」

「当たり前だ。また(・・)病院を抜け出すような真似は許さないからな」


 目の前のベッドで横になっている――時田司も当事者のひとりだ。というか、直接の被害者である。

 三件目。失敗に終わった最後の事件の被害者だ。

 銃弾の当たり所が悪く、死にかけたにも関わらず、こいつはどこか飄々と、他人事のような口ぶりである。


「まあ、だから、ちょっとの間お見舞いに来れなくなるが、泣くなよ?」


 私の言葉に、司がすねたような声を出す。


「いくらなんでも泣かねーよ。そこまで俺は寂しんボーイじゃないですし」

「死ぬなよ?」

「知ってるか日比野。兎が寂しいと死ぬって話。あれ、ガセらしいぞ」


 病院で知り合いも増えたし、恵理香もいるしな。と、司は続けた。


「……恵理香ちゃんと言えば」私は司の顔を覗き込む。「小鳥遊には、話したのか?」


 彼は目をそらす。


「まだ、だけど」


 私はため息を吐いた。


「――別に絶対に話をしなければならないという訳ではないのだろうし、家族じゃない私が口を出していい問題じゃないけどな」

「違うよ」


 意外にも、司は強く否定した。


「話をしなくちゃ駄目だ」


 力強く、言い切る。

 ……まあ、心音も、明日香も、氷室もみんな知っていることだ。


 小鳥遊だけが知らない状況というのは、まるで隠し事をしてるみたいで、あまり気持ちのいいことではない。私も、できることならば彼女にも知っていてほしかった。

 もっとも、デリケートな話であるから、司の許可なくべらべらと喋ったりなんてしないが。


「そう、か。確かに、恵理香ちゃんは小鳥遊によく懐いているしな」


 恵理香ちゃんは人見知りがとても激しい。『事故』の以前から知り合いだった私たちですら、一時期はまともに話ができなかったほどだ。

 にも関わらず、なぜか小鳥遊には初対面からとてもよく絡んでいった。

 どことなく似た雰囲気を持つ二人は、傍から見ると仲のいい姉妹にしか見えない。

 いや別に嫉妬とかしてるわけではないのだが。


「なんか、傍から見てると姉妹みたいだよな、あの二人」

「…………」

「日比野さん、なんでそんな怖い顔してるんですか?」

「してない」


 お前は何を言っているんだ。


「でも」私は司の目を見る。「そこまで決心してるんなら、早めに打ち明ければよかったじゃないか」


 言うか言わないか迷っているならば、今まで話せなかったのも頷ける。

 しかし、司は話す決心を固めていた。

 だったら、変に引き延ばしたりせず、打ち明けてしまった方がいい。

 小鳥遊とふたりきりになる時間が、なかったわけでもないのだろうし。


「うん、それはそうなんだけどさ」


 煮え切らない口調。続きを促す。


「なんていうか、ほら、不幸自慢みたいになりそうで」

「不幸自慢?」

「うん。自分の身の上話だから、なんかさ、こう、構ってちゃんじゃないけど、"同情してください"って言ってるみたいにならないかなーって」

「馬鹿」

「馬鹿ですか」


 そうだ、馬鹿だ。

 司はいつも変なところで格好をつけたがる。


「そりゃ多分、同情はされるだろうな。ふたりの話を聞いて、可哀想だと思わないやつなんて、そうはいない。そして、司から距離を置いたり、腫物にさわるような扱いをしたり、あるいはお前のことを『不幸自慢人間』だと思ったりするやつもいるだろうな」


 私は言葉をいったん区切る。


「でも、小鳥遊は――」そして、言い切る。「小鳥遊は、そんなやつじゃないだろう?」


 その言葉に対し、司は虚を突かれたように目を丸くしたが、すぐにゆっくりと頷いた。



「さて――」私は大きく伸びをする。「もうひと勝負しようじゃないか」


 司は私の言葉に、肩をすくめた。


「でも、猫宮が持ってきてくれた果物は、もう残ってないんだけど」

「ああ、そうか」


 私が奪い尽くしてしまったんだっけ。八つ当たりをするにしても、いくらなんでも少し大人気がなかったかもしれない。

 しかし、なんだ、その。

 別に私にそういう趣味があるわけでは決してないのだが……。

 確かに心音のお土産が美味しかったというのはあるのだが、――こう、司が悲しそうな顔をしていのを見ると……。


「日比野?」

「ん? ああ、なんでもない」


 私は自分のなかの、物騒な考えを追い払う。


「じゃあ少し時間も早いが、今日はもう帰らせてもらうよ」


 明後日からのキャンプの準備もしなければならない。

 そう言ってから振り向いた私の視界が、ベッドのわきに置かれた紙袋を捕らえた。


「なあ司、それはなんだ?」


 ちょっとした好奇心からの質問だった。


「ああ、氷室からのお見舞い」司は答える。「退屈だろうからってさ」


 なるほど。よく見ればそれは藤河原書店の紙袋である。

 しかし、氷室から、か。

 なんというか、こう言っては失礼だが氷室にしては気がきいている。

 退屈な入院性生活に、読書はうってつけだろう。しかも紀伊国屋などの大手のチェーン書店でなく、あえて駅前の古本屋である藤河原書店をチョイスするというのも、渋い。

 普段の司との絡みや、氷室の幼馴染である飛鳥との漫才を見ていると、なんとなく違和感を覚える。

 ……ちょっと気がききすぎやしないか?


「司――」

「ん?」

「……」

「……」


 いや、考えすぎ、か。


「それじゃ、また」

「ああ、またな。日比野」


 私が小さく手を振ると、彼も微笑みながらゆったりと手を振り返してくれた。




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