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ヴァルプルギスの夜の夢  作者: 朽尾 明核
◆◇人生ゲーム ~おきのどくですが ぼうけんのしょは きえてしまいました~◇◆
23/59

十八章 『Burn My Dread』


 自室の扉を開けると、そこには意外な人物がいた。


「――ノナ、さん」

「おかえりなさい。司さん、お邪魔しています」


 俺に【ぼうけんのしょ】を与えた、その人――いや、天使、か――が、ベットに座り、振り子みたいに両足を揺らす光景が目に入る。

 今日は黒い浴衣を着ており、結い上げた髪に簪を挿している。金髪碧眼の彼女には本来似合わない筈のその姿は、なぜか奇妙なマッチングを魅せており、ただ腰掛けているだけなのに、窓から差し込む夕日との相乗効果で、とても、人間とは思えない、幻想的な美しさをまとっていた。


「どうしたんですか」

「――救う気なんでしょう。小鳥遊、来夢を」


 俺の質問には答えず、俺の方を見る事すらなく、退屈気に窓の外を眺めながら、断定するような口調で彼女はそう、告げた。

 そこで俺は机の上に、【ぼうけんのしょ】が出ている事に気付く。


 中を、見たのだろうか。


 そんな考えが一瞬頭を過ぎるが、そもそも彼女はこの世界の法則を無視した存在なのだ。もっと超常的な手段で知っていたとしても、別になんら不思議は、ない。



 ――そう、【ぼうけんのしょ】には、『四月十六日の朝(・・・・・・・)の時点での(・・・・・)セーブデータが(・・・・・・・)存在している(・・・・・・)


 朝食の時、妙な胸騒ぎを覚えたため、学校に行く前に《セーブ》しておいたのだ。

 と、いう事は当然、そのデータを《ロード》すれば、彼女は、生き返る。



 ――生き返る、はずだ。



「はい。四月十六日の朝に戻って、彼女を、小鳥遊さんを、助けます」


 俺は、そう、宣言した。


「そうですか」


 ノナさんは平然としている。まるで、そうであるのが当然のように。――いや、俺がそう答えるであろうことを予想していたように。


「でも」彼女は今まで窓の外へ向けていた視線で俺を貫き、言った。


「一応、忠告しておきますけど、止めておいた方が、いいですよ」


 禁忌。

 過去を変える事。

 日比野との勝負で、俺が怖気づいた理由。

 今度はあの時とは違う。

 絶対に戻らなくてはならない。

 しかし、よく考えてみれば。

 ゲームの勝敗を変えるより、

 人間の生死を変えるほうが、より、禁じられるのでは、ないか。


「――やっぱり」俺は、辛うじて声を出す。「やっぱり、禁じられているの、ですか。過去を、変える、事は」


 俺のその言葉を聞き、ノナさんは軽く驚いた表情を見せた後、相好を崩した。


「いえ、そのような事はありませんよ。貴方が【ぼうけんのしょ】を使い、何をしようと自由です。株の動きを覚え、巨万の富を得ようとも、第三次世界大戦を止めようと、なんらペナルティはありませんよ」

 そう言ってノナさんは、至極もっともな論理を、語る。


「第一、過去を変えられないのなら、そのような《時間逆行(リバース)》にどのような意味があるのですか」


 その通りだった。過去を変えられないのならば、戻る意味などまるで無い。

 全く持ってその通りだ。

 でも、

 だったら、

 何故、


「どうして、彼女を――――」

「貴方が小鳥遊さんを助けるのを止める理由は、今はお話出来ません」


 言いかけた俺の科白を遮るノナさん。


「今は、まだ」


 ゆっくりと、言い聞かせるようにそう呟く。


「ですが、確実に、貴方にとっては、小鳥遊来夢を助けない人生のほうが、幸福です」

「なん――――」

「逆に訊きますが、何故貴方は小鳥遊来夢を助けなければならないのですか」


 再び、俺の言葉に被せ、質問をしてくる。

 彼女を、助けなければならない、理由。

 そんなの、


「友達だからに、決まってるじゃないですか」 


 そうだ。それ以外に、一体どんな理由が必要だというのだ。

 しかし、俺の返答を聞いた彼女は、くつくつと、本当に、可笑しそうに、笑った。


「ぷっはははははははははっ」


 暫くすると、耐え切れなくなったのか、声をだして大笑いし始める。

 腹を押さえ、本当に苦しそうに。まるで傑作の喜劇を視たかのように――可笑しくてたまらない、といった様子で。

 まさか、このような反応が返ってくるとは思わず、俺はその場で立ち尽くした。


「ねぇ、司さん」


 やがて彼女は腹を抱えながら、俺に、問いかけた。






どうして(・・・・)そんなに良い人間(・・・・・・・・)の振りをするのですか(・・・・・・・・・・)





 ――――トクン、と。

 心臓が一つ、鐘を打つ。





「ねぇ、司さん。何で帰ってくるのが、こんなに遅くなったんですか」

「……」

「いえ、大丈夫です。聞かなくても解かります。大変でしたね。車にぶつかったり、錯乱して日比野さんに窘められたり」

「……」

「でも、何であんなに慌ててしまったんですか」

「……」

「いえ、大丈夫です。聞かなくても判ります。小鳥遊さんが、自分のせいで死んでしまったと、思ったからですよね」

「……」

「でも、【ぼうけんのしょ】があるのに、あんなに慌てるのは、ちょっとおかしい気がするんですよ」

「……」

「慌てても、――いや、本当に慌てていたのだとしたら、まっさきに自分の部屋(・・・・・・・・・・)に来るべきですよね(・・・・・・・・・)。アナトに行くのではなく」

「……」

「忘れた、何て事はないでしょう。あんなものが手中にあったら、貴方の頭の中の何割かは常にそれを思い浮かべてますし」

「……」

「ましてデータを《セーブ》していたならば、人間、いつ《ロード》しようかと、それだけを考えるようになるんですよ」

「……」

「ねぇ、司さん。どうしてわざわざアナトに行ったんですか」

「……」

「日比野さんを――――、いえ、自分すらも騙して(・・・・・・・・)

「――――ぃ」

「ねぇ、司さん。本当は、本当に助けたいのは、小鳥遊来夢じゃない(・・・・・・・・・)のではないですか」

「――――さぃ」

「小鳥遊来夢は貴方にとって、比較的どうでも良い存在で、助けても、助けられなくても、どっちでも良かったんじゃないですか」

「――――ださぃ」

「ねぇ、司さん」

「――――くださぃ」




「どうして、そんなに良い人間の振りをするのですか」

「やめてくださいっ」



 俺は飛びのくように後ずさりをして、質問をする毎に一歩ずつ近づいてきたノナさんから、距離を取る。

 彼女は楽しそうな、本当に楽しそうな表情をしていた。

 新しい玩具を買ってもらった子供のような、純粋で、邪気の無い、笑み。 


 駄目だ。


 俺にはそれが耐えられない。

 何故耐えられないのかは解からないが、兎に角。



 机に駆け寄る。


 ズボンから、オイルライターを取り出す。  

 

 【ぼうけんのしょ】から、四月十六日のデータファイルを外す。

 手が震えて、少し時間がかかってしまう。

 紙面に《SAVE》の文字が浮かんでいる事を確認して、



 火を点けた。




 【Data File No.1 -4/16 07:35:00- ロードしました】



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