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ヴァルプルギスの夜の夢  作者: 朽尾 明核
◆◇人生ゲーム ~おきのどくですが ぼうけんのしょは きえてしまいました~◇◆
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プロローグ 『さよなら常識空間』

 ひとしずくの水滴が、顎をしたたり落ちて地面へと吸い込まれる。

 ふと気がついたら体全体がじっとりと濡れていた。霧雨だからと特に対策を施していなかったからだろう。

 しかし、存外時間が経ったらしい。身体に鬱陶しくまとわりつく衣類がそれを如実にものがたっていた。

 作業を中断し、腰を伸ばす。数歩下がり、それ(・・)の全景を眺める。


 ひとりの男が、横たわっていた。

 正確に言えば、男だった(・・・)ものが、だが。


 夜の帳に包まれ、静謐(せいひつ)な空気に支配されたビルの谷間。

 そこにぶちまけられた(・・・・・・・)男の骸は、生ゴミのようにも、あるいは前衛芸術のようにも見えた。


 数時間に及ぶ作業により、きっかりと百の塊に分割された男が、無理矢理人型に組みかえられている。

 地面に並べられた肉塊が、シルエットクイズの問題のように人間をかたちどっているのだ。

 大量に流れ出た血液。

 そして、耳。眼球。腸。骨。筋。皮。毛髪。薬指。肘。エトセトラ、エトセトラ。

 血の海の中にあるそれら(・・・)は、かもしだす凄惨さとは無縁そうに、どこか暢気な大の字を描いていた。


 しかし、赤を背景としたピンクは、少し見辛いな。

 思った通りの出来にならず、苛立つ。


 舌打ちをしながら、フラッシュをたいてその光景をカメラに収める。

 念のため、もう一回。


 さらに、もう一回。


 撮影が済んだので、片づけを行う。

 人が来ないからといって、さすがにこのままにしておくのはまずいだろう。



 ――しかし、こんなものか。



 殺人、という考えうる最大の禁忌を初めて犯してみたが、予想していた興奮も、喜悦も感じなかった。

 ただ、「ああ、こういうものなのか」と思っただけだ。


 でも、思い返してみれば。

 初めて酒を飲んだとき、大して驚きは無かった。「なるほど、こんなものなのか」といった具合に、身体はアルコールを受け付けた。

 初めて煙草を吸ったとき、大して驚きは無かった。「なるほど、こんなものなのか」といった具合に、肺は紫煙を受け付けた。


 それに似た衝動だった。


 こうなることを望み。期待して行ったのに、大した感動も、驚きも無かった。「なるほど、こんなものなのか」といった具合に、心は殺人を受け付けたのだ。


 正直、拍子抜けだった。もうすこし心に響くものがあってもいいんじゃないか。そう、思った。


 こうなるともう、ただの作業だ。事前に決めておいた手順通りに片付けを開始する。



 だが、心のどこかでこうなることを予測していた自分がいた気がする。

 酒も、煙草もそうだったから。前もって期待しておいたほどの感動は無かったから。

 殺人も、その程度だったというだけの話である。


 そう割り切って、黙々と作業に集中する。



 しかし。

 しかし、だ。



 中毒性だけはあるのか、酒と煙草は今も止めていない。感動は無いが、惰性で続けている。


 ――だから、多分、


 これ(・・)もそうなるんだろうな、と。

 なんとなく、そんな気が、した。




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