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ヴァルプルギスの夜の夢  作者: 朽尾 明核
◆◇人生ゲーム ~おきのどくですが ぼうけんのしょは きえてしまいました~◇◆
19/59

幕間 『いともたやすく行われるえげつない行為』


「ひっ、いひひっ。くひ、くひひぃっ」


 喉から痙攣を起こしたような笑い声が漏れる。それがあまりにも自然に出てきたものだから、耳に入ってからも、その音を自分で発したものだと認識するまでにすこし時間がかかった。


 素晴らしい。どうしよう。どうすればいいのだろう。これは、まずい。かなりヤバイ。


 ああ、――素晴らしい。それしか言葉がでてこない自分の語彙の貧弱さが嫌になる。


 そう、"素晴らしい"以外の言葉を用いて、この作品(・・)を表現するならば――


 ――美しい。


 になるだろう。



 この街には、使われなくなった廃ビルの数が異様に多い。不良の溜まり場としてよく選ばれるため、人気はほとんどない。唯一の懸念はその不良自体が現れることだが――今夜に限ってはその心配もなさそうだ。そもそもここは廃ビルと廃ビルの間の袋小路のため、万が一誰かがビルを訪れることがあっても、死角になってくれる。


 だから、俺は思う存分に人形作製(・・・・)に専念できた。


 その結果、傑作を生み出すことができたのだ。


 ――そう、『作製』。これは、れっきとした創作活動だ。


 破壊と創造は表裏一体――などとどこぞの芸術家がいいそうな御託(ごたく)はさておき、もはやこれは立派な一つの作品であることは疑いようがない。


 人間を壊■たら、人形ができる。


 これは、新しい発見だ。そう、まったくもって予想外の、素晴らしい発明だった。いやもう、むしろなんで今まで思いつかなかったのか、不思議なくらいだ。


 完成した作品は、俺の想像を遙かに上回るできばえだったのだ。



 俺は、数歩後ろに下がり、人形を全体的に俯瞰する。


 素体は、女子高生だった。なかなかに俺好みの顔立ちをしていて、つい■してしまった。

 今回の主題(テーマ)は、『侵食』。


 俺は素体の左半身だけを、執拗に破壊しつくしてみたのだ。全てを■すのではなく、あえて左半身のみを。特に理由はない、気まぐれの行動だったのだが、結果的にはそれが功を結んだ。


 それだけの破壊をしておきながら、右半身はほとんど無傷なのである。


 おそらくクラスの男子のせんずりのネタにされてそうな、男受けする顔立ちとプロポーション。人形の右側は破壊されず、ほとんどそのまま残っている。


 徹底的な破壊と、傷一つない素体。それが一体に集約されていることが、この人形の芸術的価値を飛躍的に高めていることは、もはや議論の余地もなく、確定的に明らかだ。理科室の人体模型を連想させるかもしれないが、あんな子供だましとは比べ物にならない、本物の『美』がここにはある。


 美と醜。

 陰と陽。

 静と動。

 相反する二つの概念を同時に宿す人形。


 そう。破壊しつくされた(・・・・・・・・)美しい左半身と(・・・・・・・)そのままであるが故に(・・・・・・・・・・)醜い右半身が(・・・・・・)つくりだすアンバランスさによってもたらされるそれは、まさに歪んだ真珠(バロック)


 完璧だ。


 ミケランジェロの彫像も、この究極さの前にはただの石の塊に過ぎない。




 俺は、作品の創作手順をビデオカメラで撮影していた。だから何回も観ることができるが――やはり、本物を目にするチャンスは、今日しかない。この人形が腐敗していく様を観察するのも、すごくそそられるものがあるが――危険が高すぎるだろう。


 俺は行為(・・)を終えると、傍らに置いてあったビデオカメラのスイッチを切った。

 帰ったらハードディスクに焼こう。

 煙草を咥えて、火を点ける。


 爽やかだった。


 生まれ変わったように晴れ晴れとした気分だった。

 煙を肺にたっぷりと溜め込み、吐き出す。


 美味い。

 最高に美味かった。


 ふと、『人形』の所持品だったものに目が行く。

 着ていた制服のスカートから、生徒手帳が落ちていた。

 今時正直にこんな物を持ち歩いている学生が居る――居た(・・)事に軽い驚きを覚えた。   

 そうする事になんの意味も無いが、俺は生徒手帳を開いた。

 何となく、生きていたころの『アレ』の顔を、もう一度確認してみようと思ったのだ。

 一ページ目。

 彼女の顔写真と、名前が記入されて、いた。




 "小鳥遊来夢"


 それが、かつて人間だった人形の名前だった。




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