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ヴァルプルギスの夜の夢  作者: 朽尾 明核
◆◇人生ゲーム ~おきのどくですが ぼうけんのしょは きえてしまいました~◇◆
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幕間 『人形式モナリザ』


 小さい頃、よく人形で遊んでいた。


 男の俺が人形遊びに興じるの見て、両親は女々しいと叱るのが常だった。二つ年上の姉にもしばしば馬鹿にされたものだが、俺は別に人形で遊びたかったわけではなかった。いや、傍から見たら間違いなく遊んでいるのだが、正確に言えば俺は――


 人形を壊していたのだ。


 プラスチックで出来た人形の手を、足を、首を切断する。ライターで炙り、顔を歪ませる。バラバラにして、パーツを組み替える。潰す。ねじ切る。棒で貫く。


 そうやって、ありとあらゆる方法で人形を壊しつくすのが、たまらなく楽しかった。どこかしらが壊れ、欠損をもった人形が、とてもいとしく思えたのだ。逆に、ひとつの傷もない人形を見るのは、とても不快で、えもいわれぬ焦燥感にかられた。


 ――壊さないと。早く。


 人形遊びは俺が中学校を卒業するまで続いた。

 最後の人形(獲物)――中三の頃、家にあったフランス人形――をバラバラにしたときのことは、今でも覚えている。本場である海外から輸入したのか、その人形の質はとてもたかく、まるで本物の少女みたいだな、と思った。


 彼女(・・)を釘で串刺しにし、のこぎりで手足を切断した。凄く興奮した。

 考える限りの破壊をし尽くし――最後の最後、親父の吸っていた煙草を使い、顔に火を押し当てたとき、俺は射精した。

 あのときの焦げ臭い匂いは、今でも鮮明に思い出せる。目を閉じれば、まるで昨日のことのように。





 日曜日にも関わらず、出勤しなればならない不運を嘆く。

 自分のデスクに座ると、同僚の柏崎だか柏木だかが俺に話しかけてくる。


 不快だ。不愉快だ。


 しかし、俺はそんな内心を欠片も見せずに、何か返事をする。

 その俺の科白に柏崎が笑ったのだから、何か気の利いた事を言ったのだろう。


 無駄だ。こんな事には何の意味も無い。

 でも、俺は毎日こんな無意味な生活を続けている。演技をし、周囲に溶け込む作業を淡々とこなす。異端になっては、色々と(・・・)まずいから。

 俺は演技を続ける。十五歳のあの日から、必死で自分を普通に見せようと、努力をし続けている。


 だけど、もう。

 もう、駄目だ。限界だ。


 人形――。

 

 人形に見える。

 周囲の人間が、人形に見える。


 昨日の夜の情景が、思い出される。

 通りすがりの女を銃で撃ってから、一段と周囲が人形に見える。


 顔面が吹っ飛んだ死体を思い出す。

 顔が焦げ付いたフランス人形と、面影が重なる。


 そうだ。あちらの方が自然だ(・・・・・・・・・)

 人形として(・・・・・)自然なのだ(・・・・・)


 そうだ。人形が、動く方が不自然なのだ。

 なんでお前らは動いている。

 どいつもこいつも動いていやがる。


 壊したい。

 ああ、壊したい。


 高校に入り、演技する事を覚えてから、俺は人形を壊す欲求を忘れていた。


 それが昨日、女を殺したことにより、再び思い出された。


 俺が壊す人形は、全部人間を模したものだった。動物のぬいぐるみや、車のミニチュアなどには少しも心がときめかなかった。


 人間を模するからこそ、人形。


 だとしたら動かない人間は(・・・・・・・)最高の人形(・・・・・)だといえるのではないか。


 壊したい。

 昨日のような中途半端な破壊ではなく、もっと、心行くまで壊したい。


 徹底的に、


 完全に、


 惨めに、


 無残に、


 惨たらしく、壊したい。



 隣のデスクの柏崎に目をやる。


 自分のパソコンに何かしらを打ち込んでいた。

 何時間かけたのか判らない厚化粧に、鼻に付く香水の臭い。それらをもってしても隠せない、醜悪さ。

 ――例えばここで銃を取り出して、彼女の頭を打ち抜き、壊しつくしたとして、俺は満足だろうか。


 いや、違う。

 そうはならない。

 壊すなら、人形は、美しくなければ、駄目だ。


 意味が無いとはいえ、自分の生活を捨てる覚悟で行うその行為。

 どうせなら、可能な限り美しい人形を壊したい。


 ふと、窓の外を見る。

 女子高生が歩いているのが目に入った。


 あれくらいが、いいのかもしれない。


 人間としては少しも魅力は感じないが、人形は外面さえ綺麗なら、それでいい。



 思考が昨日の殺人へ、戻る。


 証拠らしい証拠は残していない筈だが、だからといって捕まらないと高をくくるのは、楽観的過ぎるだろう。

 警察が、俺を犯人だと特定するまでに、どれくらいかかるだろうか。

 一週間か、一ヶ月か。もしかしたら、三日とかからないかもしれない。


 それまでに、なるべくたくさん人形を壊したい。



 ――だとすれば、あまりゆっくりとはしていられないな。




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