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ヴァルプルギスの夜の夢  作者: 朽尾 明核
◆◇人生ゲーム ~おきのどくですが ぼうけんのしょは きえてしまいました~◇◆
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八章 『時間跳躍のパラノイア』


 人生を長期的なスパンで見ると、そのときは不幸に感じたとしても、後々幸福のための礎となった。みたいな出来事があるらしい。以前、父さんが口癖のように言っていた。


 だから我慢も大切だ。

 というようなことを父さんは言いたかったのだろうか。


 しかし世の中には即物的な不幸というか、確実に不幸しかもたらさないだろうという出来事が、ざらにある。


 例えば、身体中を蝕む筋肉痛だとか。

 例えば、皺だらけになったズボンだとか。

 例えば、コンタクトレンズを落としてしまった事は。


 これらは間違いない、と言っていい位、俺に不幸しか与えないだろう。


 あるいは、両親が事故で死んだことだとか。

 あるいは、義妹がそのショックで声を失った事だとか。

 あるいは、義妹が、両親の死の映像に、いまだ怯え続ける事は。


 これらだって間違いない。

 俺の人生の中で、きっと最大級に不幸な出来事だと断言できる。


 だけど、

 ある日突然見知らぬ人がやってきて、自分の家の居間でほうじ茶を啜っているこの出来事は、


 幸福な出来事なのだろうか。


 即物的な不幸なのだろうか。


 あるいは、幸福の礎の為の、不幸なのかだろうか――――。





「あら、司くん、帰ってきていたのね。お帰りなさい」

「      」

「お邪魔しています」


 昼飯前に学校が終了し、お腹を空かせて帰ってきた俺を待っていたのは、峰子さんと、恵理香と、あと知らない女の人だった。


 ゴスロリファッション、というのだろうか。黒を基調としたドレスのような服を着ている。一種のコスプレのようにも取れるその服を着ていても、あまり違和感がないのは、彼女が外国人だからだろう。パイナップルのように逆立てられた髪の毛は、金色だったし、白い肌と、緑色の瞳。それに北欧系を彷彿とさせる顔立ちは、どう考えても日本人のものでは無かった。


 年齢は俺たちと同世代。あるいは少し上ぐらいに見える。しかし、傍らにいる峰子さんが『年齢詐称』という概念を擬人化したような人間だから、油断は出来ない。


「すみません。峰子さん、こちらの方は、どなたですか」


 峰子さんにそう尋ねると、彼女は一度目を見開いてから、その方を俺に紹介してくれた。


「やあねぇ司くん。昨日、引ったくりから彼女を助けたんでしょ」


 くつくつと笑いながら、そう言う峰子さん。彼女の言葉に触発されて、俺はもう一度彼女を眺める。なるほど。言われてみれば確かに、そう、見える。確かに昨日のあの人だ。しかし、この格好で気付けという方が無理な話ではないか。


「彼女、名前はノナさんっていうらしいわよ。昨日のお礼と、『お話』があるそうで」

「司さん、名乗るのが遅れてしまって申し訳ありません。ノナ、と申します」


 ――いろいろと言いたい事もあるが、兎に角、彼女が家に来てくれたのは、好都合だった。鞄も返さねばならないし。

 と、そこで峰子さんが立ち上がり、両手を一度打ち合わせる。


「ま、とりあえずご飯にしましょ。ノナさんも食べていくでしょう」


 提案と質問。


「いえ、流石にそこまでは」


 あつかましい、といった具合に遠慮するノナさん。しかし峰子さんは軽く首を横に振る。


「いいのよ。三人分作るも、四人分作るも似たようなものだし」


 そう言って峰子さんは、台所へと向かった。居間には俺たち三人が残される。

 場を支配する沈黙。そこに響く茶をすする、音。


「えっと、よく、家が判りましたね」

「司さん、昨日、名乗られましたからね」

「ええ、まぁ」

「そういう事です」


 どういう事ですか。普通、名乗っただけの相手の家は、判りません。電話帳にも載せてない筈だし。


「       」


 何かを訴える恵理香。

 彼女は立ち上がると、椅子を運び、俺の隣に腰を下ろした。四つあるテーブルの辺。その一つを俺たち兄妹二人が同時に占拠している形になる。


「仲が、宜しいのですね」


 皮肉気に微笑むノナさん。相対的に見れば(絶対的に見ても。つまり、どう見ても)、彼女から距離を取った事になるのだから、何かしら思うところがあるのかもしれない。だがしかし、初対面の人間に懐け、という方がそもそも無理な話だ。俺も小さい頃は人見知りする性格だったらしく、親戚の集まりでもあまり他人に懐かなかったらしいし。


「ああ、あれ、取って来ましょうか」


 そこで俺は思い出す。荷物を早めに返しておいたほうがいいかもしれない。彼女だって今日は恐らく、それを取りに来たんだろうし。 


「あれ、とは何ですか」

「ハンドバッグですよ。――それと、勝手に中を見させて頂きましたけど、クリアファイルも、です」

「いえ、要りません。言ったでしょう、差し上げる、と」 

「そうは言ってもですね、あのバッグだって高いものでしょうし」

「カバンは中身に比べれば、価値なんてまるで無いに等しいのですけどね――まぁ、どうしてもというなら、バッグは受け取りましょう。しかし【ぼうけんのしょ】は貴方に受け取ってもらいます」

「なんでそんなに意固地になるんですか。それに【ぼうけんのしょ】ってあのファイルの事ですよね。あれ、何に使うかもさっぱり解かりませんでしたよ」

「でしょうね」


 そこまで言うと、ノナさんは一度言葉を切り、こう、宣言した。


「今日はその【ぼうけんのしょ】の使い方について、貴方に教えに来たんですよ」


 ここまでの会話で俺が感じたのは、「もしかしたら、ノナさんって、――ゴニョゴニョ――な感じの人なのかなぁ」って事だった。





 昼食の焼きうどんを食べた終えたノナさんとともに、二人で俺の部屋へと向かった。恵理香もついてきたがってはいたが、リビングで待っていてもらう。

 部屋へ入ると、俺は片隅においてあったハンドバッグを「はい」とノナさんに渡す。彼女は中身を取り出し、俺に「はい」と返してきた。どうやら、梃子でも譲る気は無いらしい。


「では、使い方を説明しますね」


 ノナさんはベットに腰掛け、そう切り出した。俺は彼女に向かって、疑惑の視線を向けてみる。


「ところで、割り箸はありますか。あと、ライター。説明に使いたいのですが」清々しいほどの無視。


 ……おーけー。解かった。どうしても説明をして、俺にその【ぼうけんのしょ】とやらを押し付けたい、らしい。こうなったら、もう、とことん付き合うしかないだろう。彼女の目的も、行動理由も何もかも不明なままだが、半ばやけくそ気味に、俺は彼女の説明を聞くことを決意する。


 自分の鞄の中のコンビニ袋から、割り箸を取り出して、彼女に差し出す。そしてポケットからライターを取り出して、同様に。 


「あら、ライターをポケットから取り出すなんて、意外と不良なんですね」

「別に、煙草を吸いたくて持ち歩いている訳では、ありませんよ」

「でしょうね。煙草の匂いがしませんから。では司さん、その割り箸に、名前を書いて頂けますか」


 筆箱からサインペンを取り出し、言われた通りに割り箸に自分の名を、記す。不安定なためか地震のときに書いたように振動している、ミミズがのったくったような『つかさ』という字を彼女に見せた。


「これでその割り箸は、世界でただ一つの割り箸となったわけですね」


 ノナさんは、カードにサインさせたマジシャンのような科白を言う。俺はその言葉に「はぁ」と曖昧な返事を返した。別にサインを書く前だって世界で唯一つの割り箸だろう。他の物と見分けがつくかどうかは別として。


「では、次にこの紙を使います」


 ノナさんは【ぼうけんのしょ】から、あの使用用途のよく解からない紙を一枚取り出すと、を俺に渡した。


「中央に、記入欄がありますね。そこに未来の時刻を――今はなるべく早いほうがいいので、今から一分後の『十三時十五分』にしましょう。そこに今日の日付。そして『13:15:00』と書いてください」


 言われたとおりに書く。


「書いたら上にある1~3の数字、どれでもいいので丸で囲んで下さい」


 言われた通りに囲む。


「では、その時間まで、待ちます」


 紙を置いて、俺は床の上に正座をして、待つ。胸の奥から湧き上がる、「俺、何やってるんだろう」という疑問を、必死で押し殺して。

 僅か四十秒程度でも、ただ待つ、という作業は、結構な長さを感じるものだ。

 部屋の時計の秒針に注目する。

 『10』の文字を通り過ぎ、『11』の文字も通り過ぎ、

 やがて、

 それが

 『12』の文字と、重なった――


「はい。これでセーブが完了しました」


 ノナさんが、俺の手にしている紙を指差す。それにつられて俺も紙に目を落とす、と、その変化に気付く。


「あれ、こんな判子、押して無かったですよね」


 そうなのだ。俺が書いた時刻の上に、被せるように、少し傾いて、赤い《SAVE》の文字が浮き上がっていたのだ。

 彼女が、押したのだろうか。いや、俺がずっと持っていた訳だし、それは、無い。

 と、いう事は始めから、浮かび上がるような仕掛け、が、この紙に施されていたのだろう。


「では、先ほどの割り箸。これを『折って』ください」


 そういって割り箸を俺に差し出す。『割って』ではなく、『折って』なのか。俺は一旦割り箸を二つに割り、さらに折った。これで割り箸は四分割された事になる。『つかさ』の文字も左右に真っ二つと、なった。


「はい。大丈夫です。効果を解かりやすくするために、また五分ほど、待ちます」


 またですか。それも今度は、五分。


「その前に、ロードの手続きを済ましておきましょう。紙の下部に線がありますね。そこに司さん。あなたのフルネームを、お書きください」


 この線は、名前を書くためのものだったのか。要求通りに俺は『時田司』と、名前を書いた。


 これでこの紙は上の方に印刷された数字が丸で囲まれ、中央の欄には今日の日付と時刻。下部には俺の名前が記載された状態と、なった。

 ここまで来ても、この紙を何に使うのか、とんと見当がつかない。

 いや、まぁ、勿論、性質の悪い悪戯の可能性が高いが。

 ふと、目線を前にあげると、ノナさんが俺をじっと見ている。――そう表現すると、好意的な印象を受けるが、実際には、なんといったらいいのか、動物園の白熊を見る目、いや、蛙の解剖を見る目、というのだろうか。そんな感じが、した。


「そういえば、ノナさん」


 流石に五分間も黙ったままでいるのは、俺の神経が、持たない。適当な世間話でも、持ち掛ける事にしよう。


「なんでしょうか」

「ノナさんって、普段は何をやってる人なんですか」

「秘密です」


 秘密と来たか。


「ああ、でもこの説明が終わった後には、お話しますよ。“百聞は一見に如かず”と言いますから。今、私がここで何かを言っても、無駄に貴方の猜疑心を高めるだけですから、ね」


 もう既に猜疑心はマックスですよ。――とは、当然、言わなかった。



「さて、五分経ちましたね」


 結局そのあとは、特に話もせず、ほとんどど黙ったまま、過ごした。かなり気まずかった。


「ではこれで、最後です。司さん。ライターと、今記入した、その紙を持って、庭へ向かって下さい。そして私が合図をしたら、その紙を燃やして下さい」


 最後の要求は、かなり注文が多いな。彼女を一人にすることに僅かな不安を感じたが、もっとも、この部屋に盗って得するものなど無いだろうから、要求通りに、外へと向かう。

 庭に出る途中、恵理香が俺に気付いて、付いて来る。シャツの端をぎゅっと捕まれてしまったので、振り払うなどと無下に扱う事は出来なかった。二人で、庭へと出る。 


 まるで森の様な景観を持つ、庭。

 その中央に俺と恵理香は立ち、俺の部屋の方を見上げる。

 その窓からノナさんが、顔を出して、こちらを確認した。


「はい、大丈夫です。燃やして下さい。ところで司さん、今、何時何分ですか」


 言われて、俺は自分の腕時計で時刻を確認する。十三時二十一分、三十秒を少し回ったところだった。

 答えようとして、再び視線を戻すと、ノナさんは、もう、部屋に引っ込んでいた。


「何なんだよ、本当に」


 そう独り言ちる俺を、恵理香が不思議そうな目で見てくる。

 しかし、燃やせとの合図が出たのだ。さっさと燃やして、部屋へと戻ろう。

 

 


 そう考えて、

 

 

 

 俺は、

 

 


 ライターで、

 

 

 

 紙に、

 

 


 火を点けた。

 








 【Data File No.1 -4/14 13:15:00- ロードしました】




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