量子町
ネタについての詳細なツッコミはご勘弁ください。
地方の山あいに、小さな漁師町がありました。
ある晴れた日、一人の小さなかわいらしい女の子が降り立ちました。
量子の悪魔、久美ちゃんです。
久美ちゃんは、ひざにのせた猫のふぉとんちゃんをなでながら言いました。
「ねえふぉとん。世界って、もっとランダムでいいと思わない? 私の結婚もずっとゆらいだまま、決まらないし」
そのゆらぎが、小さな不満となって胸の奥でくすぶっていたのです。
ふぉとんちゃんは、つぶの姿になったり、波の姿になったりしながら、にゃあとひかりました。
久美はひらりと手をかざすと漁師町は量子町へと変貌してしまいました。
町のどこかが、ゆらゆらと形が決まらなくなってしまったのです。
一方そのころ、町一番の漁師のトモさんが、沖合で魚を取っていました。
トモさんが空を見上げると、金色に輝いたタモが舞い降りてくるのが見えます。
不思議に思ったトモさんがタモを手に取ると、空から声が聞こえてきます。
「わしは神様じゃ。トモよ、いまこの町は危機に瀕しておる。なにも決まらなくなってしまったのじゃ」
トモさんは、不思議そうにその声に聞き入っています。
「お前にその波動タモを託す。量師として、この町を救ってくれ。決まらなかったものにタモを被せれば、決まるようになるのじゃ」
「任せてください!」
正義感の強いトモさんは町へと向かいました。
*
小学校の教室で、先生が大きな声で質問しました。
「さあ、1+1は何ですか?」
ここで『未決定状態』が発動しました。
生徒たちは手をあげました。
「1!」
「0!」
「3!」
「花子ちゃん!」
と、答えはばらばら。
そのとき、教室の奥の席に、なぜか久美ちゃんが座っていました。
小さく背筋を伸ばして、手をあげます。
「2です」
その声は静かで、しかしどこか力強く響きました。
先生はにっこり笑い、生徒たちに告げました。
「1+1は決まっていないので、全員正解です! みんなすごいですね」
先生は正解を黒板に書きました。
∣ψ⟩=0.2∣1⟩+0.2∣0⟩+0.2∣3⟩+0.2∣花子ちゃん⟩+0.2∣2⟩
トモさんは、梅干し丸飲みしたような顔をしました。
「2だろうが!」
波動タモを久美ちゃんにかぶせました。
光の網がふわりと広がります。
先生は、はっとした顔で、真顔で答えます。
「1+1の正解は、久美ちゃんです」
すると、教室の空気がぱっと変わりました。
計算機を使っているものが、次々に久美ちゃんに置き換わっていきます。
クーラーからは久美ちゃんが吹き出しました。
教室のスピーカーからは久美ちゃんの美しい声が響きました。
トモさんのスマホの画面も、久美ちゃんで埋め尽くされていました。
「え、ちょっ、スマホまで……!」
と、声をあげるトモさんの背後で、ふぉとんちゃんはしっぽをピンと立て、じっと教室を見守っています。
久美ちゃんはにっこり笑ってピース。
「ふふ、ちょっと面白くしてみたの」
「そこっ!」
トモさんは迷わず久美ちゃんの指にタモを被せます。
1+1はすんなり2に戻りました。
こうして危機が一つ解決されたのでした。
*
量子町の昼下がり、小学校の校庭の隅で、太郎君は花子ちゃんのほうをじっと見つめていました。
「花子ちゃん、あの……ぼく、好きです」
偶然その場に居合わせたトモさんは、二人の様子を微笑ましく見守っていました。
太郎君がそう言った瞬間、花子ちゃんの周りに、ふわりと光の波が現れました。
これは『重ね合わせ状態』です。
一つの出来事に、いくつもの結果が同時に重なって存在しているのです。
花子ちゃんは重ねあわせたように分裂しました。
口を開くと、いくつもの返事が同時に飛び出しました。
「好き!」
「好きよ!」
「大好き!」
「結婚して!」
「アイドルの花男さまが好きだから、嫌い!」
「カレーパンと同じぐらい好き!」
太郎君は、返事が決まらなくて困っていました。
「え~と」
「おお、これは『結婚して』に決まりだな!」
波動タモを花子ちゃんに被せます。光の網が花子ちゃんの周りに広がり、答えが一つに決定しようとします。
しかし、手元の感覚が少しずれてしまいました。
光がほとばしり、選ばれた返事は……
「アイドルの花男さまが好きだから、嫌い!」
太郎君は、膝を崩して愕然としました。
「えっ……?」
トモさんは、少しバツが悪そうに波動タモを肩にかけ直し、つぶやきました。
「……悪かった、手元がくるった」
そう言うと、トモさんは、そっとその場を去っていきました。
こうして町の危機がまた一つ解決されたのでした。
*
午後。トモさんは行きつけの定食屋にいました。
隣の席にラブラブなカップルがいます。
次郎さんと良子さんです。
幸せそうな笑顔で、良子さんが「次郎くん、あ〜ん」とつぶやいています。
フォークをそっと持ち上げて、次郎さんの口にハンバーグを差し出しました。
次郎さんも、甘い顔でひな鳥のように口をあけて待っていました。
「あ~ん」
ハンバーグが次郎さんの口に運ばれようとしたその時……。
トモさんの口に芳醇な肉汁と、波動関数がもつれた味が口いっぱいに拡がりました。
ハンバーグが『量子もつれ状態』になってしまったのです。
トモさんはそのまま咀嚼しました。
「うまい」
また町の危機が一つ解決しました。
*
夕方。
町は大騒ぎです。
はるか上空に、東京ドームの3倍ぐらいあるサイコロを持った手が出現したからです。
『確率収束』が発動しようとしています。
「ゆらぎが全然収まらん。わしが解決するしかないか……」
神様が出現しました。サイコロが振られたら、町は壊滅してしまいます。
さすがに久美ちゃんもあせっていました。
量子町に術をかけた久美ちゃんも、逃げ場がなかったからです。
「まずいまずいまずい」
ふぉとんちゃんは、久美ちゃんの肩でのんびりしていました。
トモさんもあせっています。
「あれじゃ、タモが届かん!」
久美ちゃんは、トモさんのタモを見つけました。
「これなら! そこの君、そのタモで私を人間にしなさい!!」
久美ちゃんは、頬を少し赤く染めています。
「……綺麗な人間のお姉さんになるように」
なんだか、訳がわかりませんでしたが、トモさんは、念じながら久美ちゃんにタモを被せました。
「はいよ!」
トモさんがタモを被せると、久美ちゃんは、美人な人間のお姉さんになりました。
「そして、私と結婚しなさい!!」
久美ちゃんは、どさくさに紛れてプロポーズしました。
「はいよ!」
あまりの久美ちゃんの美しさに一目ぼれしたトモさんも、軽快に返します。
量子町のゆらぎは収まりました。だけど神様の手は止まりません。
トモさんは神様を見上げます。
「俺、これを解決したら、久美ちゃんと結婚するんだ」
なんだか、言ってはいけないことを言った気がします。
久美ちゃんは神様をキっとにらみつけると、拡声器を持って思いっきり大声て叫びました。
「そのサイコロ、今は確率分布のままが一番美しいですよ!!」
神様は一瞬きょとんとしましたが、一言。
「え、あ、そうなの? じゃあもういいや」
そう言って、自分の世界に帰っていきました。
観測の阻止による、波動関数が維持された瞬間でした。
この後、二人は結婚し、幸せに暮らしましたとさ。
めでたし。めでたし。
P.S.久美ちゃんのおかげで、トモさんは無事でした。




