☆35かいめ☆ 決意のドレスアップ・バースト
第一話が終わった。
未来の啓示である『予言』が終わると、画面が暗転し、少し物悲しげなエンディング曲が流れ始めた。
黒い画面に、無数の白い文字が下から上へと昇っていく。
その光景を前に、ラビリスはリモコンを取り落としたまま、呆然と立ち尽くしていた。
「……なんという、凄まじい情報量じゃ」
ポツリと震える声が静かな部屋に響く。
わずか30分。
しかし、先ほどの初老の男たちによる退屈な円卓会議に比べ、なんと濃密で過酷な時間であったことか。
その短い時間の中で彼女が目撃したのは、ただの無力な少女が理不尽な絶望を乗り越え、涙を拭って立ち上がり、眩い『光の鎧(フリフリの魔法衣装)』を纏って世界の概念すらも書き換えてみせるという――あまりにも壮絶で、気高き英雄譚であった。
「……あのような幼き人間の娘が、たった一人で世界の命運を背負って戦っておるのか。なんという苛烈な運命じゃ……」
ラビリスはギュッと両手を握りしめ、感動と興奮で肩をワナワナと震わせた。
下等な種族とはいえ、一人の戦士の生き様に魔王の娘として深く胸を打たれたのだ。
その余韻に浸りながら、画面を下から上へと流れていくスタッフロールを厳粛な面持ちで見つめていた、その時だった。
黒い画面の右下に、突如として新たな『光の紋章』が現れた。
【▶ 次のエピソード】
「なっ……!?」
ラビリスは目を見開いた。
画面の隅に現れた、横長の楕円を描く奇妙な魔法陣。
その縁をなぞるように、冷徹な白き光が走り始めた。
「先ほどの予言が、これほど早く開示されると言うのか!?この英雄譚、一節だけでは終わらぬと……!」
白き光のゲージは、無慈悲に楕円の中を塗り潰していく。
刻一刻と、逃れられぬ次なる因果が確定していく様に、ラビリスは戦慄を覚えた。
彼女は慌てて床に落ちていた黒い杖を拾い上げる。
「ま、待て!余はまだ心の準備が……!!」
魔法陣の中が完全に白光で満たされた、その瞬間。
パッと画面が切り替わり、事態は強制的に進行する。
『♪キラキラ〜!シューティングスター〜!』
「……………」
再び部屋に鳴り響く、底抜けに明るいオープニング曲。
抗うことの許されない『自動再生』という名の時間泥棒魔法によって、魔王の娘は人間界の恐るべき沼――イッキ見へと完全に引きずり込まれてしまったのだった。
そこからは、まさに怒涛の展開であった。
繰り返される『自動再生』の魔法陣に導かれるまま、ラビリスは用意されていた食事(大地がテーブルに置いていったパン)を摂ることも完全に忘れ、四角い画面に釘付けになっていた。
最初は「人間の作り出した幻影魔法」と高を括っていたが、物語が進み、過酷な試練が次々と少女たちを襲うにつれ、魔王の娘の真紅の瞳には熱いものが宿り始める。
「……ほぅ。この『ぷりずむ・あくあ』なる青色の戦士。冷静さを欠いた仲間に、あえて非情ともとれる厳しい言葉を投げかけるとはな」
画面の中では、仲間割れの危機を迎えた魔法少女たちが、雨に打たれながらすれ違っている。
「……くっ、なんという不器用な奴め。本当は誰よりも仲間の身を案じておるくせに……!じゃが案ずるな、その自己犠牲と献身、余には痛いほど伝わっておるぞ……!」
ただの「クール系魔法少女のお約束」を、極限状態における軍事的な苦悩と仲間への深い愛として完璧に解釈し、ラビリスはポロポロと大粒の涙をこぼした。
『いくよ、みんな! プリズム・ストリーム!!』
「ゆけぇぇぇっ!モノクローム・レギオン(敵キャラクター)を打ち払うのじゃ!!」
第10話を超える頃には、彼女はすっかりベッドの上に正座していた。
そして、忠臣ウサギウスをきつく抱きしめ、画面の魔法少女たちと共に熱く拳を握りしめていたのである。
「ゆけ!ルージュ!そこで『プリズムセイバー』じゃ!……よし、決まった!おのれモノクローム・レギオンめ、我が戦友(?)をこれ以上傷つけることは、この余が許さぬ!」
いつの間にか、主人公の『赤星アイ』は、ラビリスの中で「この世界で最初に見出した同盟国の戦士」に昇格していたのである。
さらに、彼女を「沼」の深淵へと完全に引き摺り込んだのは、この世界の魔法理論――もとい、『変身シーン』の様式美であった。
聖なる剣『プリズム・カリバー』を掲げ、眩い光と共にフリフリの戦闘服を纏う少女たち。
それだけでも魔王の娘を熱狂させるには十分だった。
――だが、真の驚愕はその先に待っていた。
強大な敵にトドメを刺す、決戦の時。
ボロボロになったアイが、仲間たちの想いを受けて再び立ち上がり、天に向かって叫ぶ。
『みんなの輝きを、一つに……!ドレスアップ・バースト!!』
その掛け声と共に、彼女の纏っていたフリフリの衣装が、光の粒子となって弾け飛ぶ。
そして、圧倒的な魔力の奔流の中から現れたのは――裾の長い、豪奢で気高い『ドレス』にフォームチェンジした、最強の魔法少女の姿だった。
「…………な、なんじゃと……!?」
ラビリスは雷に打たれたように目を見開き、そして歓喜に打ち震えた。
「決戦の勝負服が、ドレス……!や、やはり、余の考えは間違いなどではなかったのじゃ!!」
彼女はベッドから飛び降り、ハンガーラックに吊るされた漆黒のゴシックドレスをビシッと指差した。
「大地は今朝、『目立つ』だの『誘拐犯の標的になる』だのと戯れ言を抜かしておったが、無知なのは奴の方であったか!この世界においても、ドレスこそが最強の戦士の象徴であり、至高の正装ではないか!!」
画面の中では、ドレス姿のルージュが圧倒的な力でモノクローム・レギオンの幹部を浄化していく。
その華麗なる戦いぶりを目に焼き付けながら、ラビリスは固く決意した。
「……ふふふ。待っておれ、大地よ。そなたが帰還した暁には、余の真の姿を見せつけて、平伏させてくれようぞ……!」
――数時間後。
日が傾き、部屋にオレンジ色の夕日が差し込み始める。
画面の中で燃え盛る夕焼けとシンクロするように、物語は残酷な転換点を迎えていた。
――第23話『プリズム・サンセット。さよなら、私たちの光』。
第一期中盤の最大の山場であり、容赦のない衝撃の展開(鬱回)を前に、ラビリスはついにカーペットの上に崩れ落ち、両膝をついた。
「……ありえぬ。……ありえぬぞ……。このような、このような残酷な理が……これが、光を背負う者の宿命じゃというのか……ッ!」
画面の中では、仲間の尊い犠牲を前に、赤星アイ(ルージュ)が泥だらけになって絶叫している。
テレビの前の魔王の娘もまた、ウサギウスの長い耳で目元をゴシゴシと拭いながら、彼女と同じように大粒の涙を流していた。
「許さぬ……断じて許さぬぞ、モノクローム・レギオン!大地が帰還したら、すぐに義勇軍を編成させねば。……まずは、あの『こんびに』なる補給拠点を完全に制圧し、大量の兵糧を確保することから始めねばならぬ……!」
復讐に燃える、真紅の瞳。
暇つぶしの知的好奇心から始まったはずの「視察」は、わずか半日で、彼女の魂を塗り替えるほどの熱烈な「信仰」へと変貌を遂げていたのである。
傍らには、すっかり冷え切って手付かずのままのパンが、ぽつんと置かれていた。




