☆34かいめ☆ マジカル・プリズム・ナイツ!!
いつもの出勤着に着替えた大地は、玄関のドアノブに手を掛けながら、部屋の奥にいる同居人に声をかけた。
「んじゃ、行ってくるけど……いいか?もし今日も散歩に出かけるんなら、絶対に目立つ行動は控えるんだぞ」
「ふん。何を言うかと思えば。余から溢れ出る王の覇気は、そう易々と抑え込めるものではないわ」
ベッドの上で、忠臣をきつく抱きしめながら、ラビリスは得意げに鼻を鳴らす。
相変わらず会話のドッジボールだが、大地は念押しするように目を細めた。
「はぁ……。覇気は百歩譲って我慢するとして、せめて出かける時は、あのドレス以外で出かけるんだぞ。また不審者の標的にされるからな」
「…………」
「わかったな?」
「…………」
返事はない。
ラビリスはスッ……とウサギウスのモフモフしたお腹に顔を深く埋め、大地と視線を合わせるのを完全に拒否した。
都合の悪い言葉をシャットアウトする、物理的な絶対防御体勢である。
「おい、聞いてるのか?」
「…………(スヤァ)」
「狸寝入り下手くそか!」
聞いているのかいないのか、それとも「言いつけを破ってドレスを着てやる」という固い決意の表れなのか。
無言のままウサギウスと同化しようとする魔王の娘を一瞥し、大地は今日最初の、そして深く重いため息を吐いた。
(……今日もなんか嫌な予感がする)
一抹の(というか特大の)不安を胸に抱えながらも、彼は己の職場へと向かうべく、重い足取りで玄関の扉を開いた。
ガチャン。
重い金属音が響き、外の廊下を歩く大地の足音が次第に遠ざかっていく。
完全に気配が消えたのを確認すると、ウサギウスに顔を深く埋めていたラビリスは、ひょっこりと顔を上げた。
「ふん、ようやく行きおったか。余の誇り高き正装をなんと心得る。無礼極まりない奴め」
ブツブツと文句を言いながら、彼女は抱きしめていたウサギウスの毛並みを優しく整え、枕元の定位置へとそっと鎮座させた。
「今日の見張りも頼んだぞ」と、忠臣を労うのも忘れない。
そして、ベッドからふわりと飛び降りた。
大地が不在となったこの空間は、再び魔王の娘の完全なる支配下に置かれたのである。
「……さて。今日はどこへ視察に向かうとするか」
昨日は図らずも、敵の密偵をあぶり出すという大戦果を挙げてしまった。
あの見事な包囲網の快感が、彼女の将としての血を騒がせている。
「戦の基本は、地の利を知ること。まずは情報収集じゃな」
ラビリスは部屋の中央に陣取ると、テーブルの上の『黒い杖』――リモコンを手に取った。
ピッ。
すっかり使いこなせるようになった慣れた手つきでボタンを押し、黒い板の封印を解く。
パッと画面が明るくなり、朝のワイドショーの賑やかな音声が、静かなアパートの部屋に流れ込み始めた。
――数十分後。
「ふむ……。今日は有用な軍事情報が出てこぬのぅ」
しばらく画面を眺めていたラビリスだったが、昨日のような心躍る特集が始まる気配は全くなかった。
画面の中では、しかめっ面をした初老の男たちが、円卓を囲んで何やら難しい顔で議論をしているだけだ。
「えぇい、つまらぬ!朝からしかめっ面で会議など、我が魔王城の幹部会より退屈ではないか」
ラビリスは軽くため息を吐いた後、ふと手元にあるリモコンへと視線を落とした。
「……しかし、この黒い杖。よく見れば、赤色以外にも、無数の突起がついておるな」
改めてしげしげと観察してみると、そこには大小様々なボタンがびっしりと並んでいる。
大地が言うには、真ん中に並んだ数字のボタンは「別の風景を映し出すためのもの」らしい。
そこまでは彼女も理解し、使いこなしていた。
しかし、魔王の娘の探求心をくすぐったのは、そこから少し離れた位置にある、ひときわ目立つ独立したボタンの群れだった。
「なんじゃ、これは?数字ではない……見たこともない奇妙な文字が刻まれておるぞ」
赤地に白い『N』の文字が描かれたボタン。
青い文字が書かれたボタン。
そして、カラフルな三角や四角のボタン。
大地からは「赤い電源と数字以外は触るな」と言われていたが、目の前に未知の魔法のスイッチがあるのだ。押さずにいられるはずがない。
「ふん。まぁよい、これも立派な視察の一環じゃ。……えぇい、ポチッとな!」
ラビリスは、一番目立っていた赤地に白い『N』の文字のボタンを、親指で力強く押し込んだ。
すると――。
『デデンッ!』という重低音の響きと共に、テレビの画面が真っ黒に切り替わり、真っ赤な文字が浮かび上がったのである。
「おおっ!?なんじゃなんじゃ、景色が一変したぞ!?」
退屈な朝の風景から一転、目の前に現れたのは、無限に広がる『物語の宝物庫』だった。
「なんじゃこれは……?先ほどの人間どもの会議とは全く違うぞ」
画面を埋め尽くしているのは、現実の人間ではない。
デフォルメされた大きな瞳を持つ少女や、剣を構える騎士たちの色鮮やかなイラストだ。
大地が普段から趣味でアニメを嗜んでいるため、彼のアカウントのトップ画面は、見事なまでにアニメ作品のサムネイルで埋め尽くされていたのである。
ラビリスは目を瞬かせ、現在一番大きく選択されている枠に注目した。
そこには、星やハートが散りばめられたフリフリの衣装を着た、可愛らしい少女たちの絵が描かれている。
「ふむ……。この光の絵画、よく見ると小さな三角の『紋章』が浮かんでおるな」
画面の中央に表示された【▶ 再生】のアイコン。
ラビリスは手元のリモコンに目を落とし、無数にあるボタンの中から、全く同じ横向きの三角の紋章を探し出した。
「おお!この杖にも同じ紋章があるではないか!パズルのようなものじゃな。ならば、これを押し込めば……!」
迷うことなく、ラビリスは【▶】のボタンを力強くポチッと押し込んだ。
その瞬間。
画面がパッと切り替わり、軽快でポップな音楽が部屋中に鳴り響いた。
『♪キラキラ〜!シューティングスター〜!わたしたち、マジカル・プリズム・ナイツ!!』
底抜けに明るい主題歌と共に、画面の中にいたフリフリの衣装の少女たちが、いきなり歌い、踊り、色鮮やかな光を放ちながら空を飛び始めたではないか。
「な、な、な……っ!!?」
ラビリスは、持っていたリモコンをゴトンと床に取り落とした。
その真紅の瞳は、これ以上ないほどに見開かれている。
「え、絵が……絵画が、生きて動いておるぞ!?しかも喋って、歌って、空まで飛んでおるではないか!!」
現実の人間が板の中に閉じ込められているという現象には、彼女もなんとか慣れつつあった。
しかし、「描かれた絵が自らの意志を持って動く」というのは次元が違う。
異世界の常識を遥かに凌駕する超常現象だった。
「命を持たぬ絵画に、仮初の命を吹き込む高度な死霊術……いや、超次元の幻影魔法か!?この世界の人間どもは、これほどの奇跡を……ッ!」
画面の中では、魔法少女たちがキラキラと光る剣を振り回し、ド派手なエフェクトと共に変身を遂げている。
「おぉ……!なんという眩い魔法陣!そしてあの装束、余のドレスに負けず劣らずの可憐さで……素晴らしい!素晴らしいぞ……ッ!」
テレビの前にへたり込んだ魔王の娘は、戦慄と、それを上回る圧倒的な感動でプルプルと震えていた。
こうして、ラビリスは人類が生み出した最高峰の魔法技術――日本のアニメーションの沼へと、第一歩を踏み入れたのである。




