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どうやら魔王の娘を拾ったようです。〜コンビニ店長(39)のほのぼの奮闘記〜  作者: 彩月鳴


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32/34

☆32かいめ☆ 教えの完遂と想定外の結果

――大地の『隠し子発覚』から数時間後。


彼のシフト終了の時刻がやってきた。


「おーい。もうすぐ終わるから、帰る準備しとけよー」


大地はバックヤードの扉を少し開け、中に向かって声をかけた。


「む。やっと終わるのか。この狭い牢獄……退屈で死んでしまうかと思うたぞ」


ペットボトル飲料の段ボール箱の上にちょこんと座っていたラビリスが、足をぶらぶらさせるのをやめて振り向く。

その膝の上には、しっかりと空になった『じゃがりこ』のカップが乗せられていた。



「迷子になって、適当に歩き回ってこんなところまで来るからだろ……」


「なっ!ち、違うわ!迷子などではない!」


図星を突かれたラビリスは、顔を赤くして段ボールから立ち上がった。


「そなたが一人で城へ帰還するときに寂しかろうと、わざわざ出迎えて、こうして待ってやっておっただけじゃ!ありがたく思え!」


「はいはい、左様ですか。じゃああと10分だけ待ってろ」


「うむ。苦しゅうない」



パタンと扉を閉めて、アルバイトの二人を遠目で見ながら、大地は深く、長く、今日一番の大きなため息を吐いた。


(はぁ……しかし、ヒナと蓮には完全にバレちまったな。まぁ、あの二人なら変な噂を立てたりはしないだろうけど……)


大地はズキズキと痛むこめかみを指で揉みほぐす。

そして、ふとある事実に気がついて、顔をしかめた。


(……よくよく考えたら、あいつは俺の言ったことを何一つ破ってないんだよな)


『散歩くらいなら出かけていい』

『外では「パパ」と呼べ』


タイミングは最悪だったが、ラビリスはその教えを忠実に守り抜いたのだ。

しかも、最終的には自力で大地の職場(安全地帯)にまで辿り着いている。



(結果だけ見れば、言いつけをしっかり守った子供……。怒りたくても、怒る理由がないんだよなぁ……)


理不尽な事態に巻き込まれた被害者のはずなのに、なぜか自分が丸め込まれているようなこの感覚。

保護者(パパ)としての道のりは、まだまだ前途多難であると痛感しながら、大地はレジの精算作業へと戻っていくのだった。




――数分後。




精算作業とレジ周りの片付けを終えた大地の目が、カウンターの上に鎮座する『冬の風物詩』に留まった。


コトコトと湯気を立てる四角い保温鍋――『おでん』だ。



(……こいつの季節も、もう終わりか)


3月に入り、少しずつ春の陽気が近づいてきている。

コンビニのレジ横からおでんが撤去される日も近いだろう。


(よし。せっかくだし、今日の晩飯はこれにするか)


大地はレジ横から専用のプラスチック容器を取り出すと、トングを手に取った。

そして、おつゆの色を吸って濃くなり、もうすぐ廃棄を迎えそうな具材から順番に見繕っていく。



味が染み込みすぎて飴色になった大根。

少しだけ白身が煮崩れかけた玉子。

出汁をたっぷり吸い込んだ、ちくわに、しらたき、牛すじ串。



それらを容器の限界までぎゅうぎゅうに詰め込み、最後におつゆをたっぷりと注いでフタを閉める。

もちろん、廃棄間近とはいえ自腹でしっかりレジを通した。


(あいつ、ハンバーガーとかオムライスは気に入ってたけど……この地味な『おでん』はどうだろうな)


彼女の世界に『練り物』や『こんにゃく』の概念があるかはわからないが、少なくともこの大根は、箸で切れるほどトロトロに仕上がっている自信作(ただ煮込みすぎただけ)だ。



ズッシリと重くなったおでんの容器をレジ袋に入れ、大地は自分の上着を羽織った。


「お待たせ。ほら、帰るぞ」


バックヤードの扉を開けると、待ちくたびれた様子の魔王の娘が、空になったじゃがりこのカップを、ゴミ箱にポンと捨てて立ち上がった。


「うむ。大儀であった!」




熱々のおでんの入ったレジ袋を提げた大地とラビリスは、同じく仕事を終えたヒナと共に、店の外へと出た。

ちなみに、もう一人のアルバイトである蓮は、タイムカードを切った後、店を出ようとするラビリスの御姿を少し離れた位置から、3分ほど無言で鑑賞……もとい、拝謁し、「本日は大変良いものを拝ませていただきました」とだけ言い残して、そそくさと帰っていった。ブレない男である。



自動ドアを抜け、少し先を意気揚々と歩く漆黒のドレスの背中。

それを見ながら、一緒に店を出たヒナが大地に声をかけてきた。


「てか店長。あの子、ラビリスちゃんって言ってたけど……名前、本当に『ラビリス』なの?」


「え?あ、あぁ、そうだ。ちょっと変わってるけど、あいつの母親が日本の人じゃなくてな……」



(よし、嘘はついてないぞ!)


大地は内心でガッツポーズをした。

彼女の母親は魔王の妻、すなわち生粋の異世界の住人だ。

地球人ですらないのだから、「日本の人じゃない」というのは紛れもない事実である。



「ふ〜ん、ハーフなんだ?確かにお人形さんみたいな、すっごく綺麗な顔してるもんね」


「そ、そうだろ?俺に似なくてよかったよ、ホント。あはは……」


血の繋がりなど1ミリもないのだから似るはずがないのだが、大地は冷や汗を流しながら愛想笑いで誤魔化した。



するとヒナは、数歩前を歩いているラビリスの背中へ向かって、持ち前の明るい声で呼びかけた。


「ラビちゃん!今度お姉ちゃんと服買いにいこ!店長のセンスじゃ絶対もったいないから、アタシがめっちゃ可愛いの選んだげる!」


ピタリとラビリスの足が止まり、勢いよく振り返った。


「なっ……!か、勝手に名前を縮めるでない!余は魔王の……ゴホン!ラビリス様と呼べ!!」


フリルの裾を翻し、顔を赤くして抗議する魔王の娘。

しかし、そんな威嚇がギャルに通用するはずもない。


「あはは!はいはい、ラビリス様ね。じゃ、今度のお出かけ、絶対約束だからね!バイバーイ!!」


「お、おい!余は承諾などして……!」


それだけ言うと、ヒナは大きく手を振りながら、夕暮れの空に向かって、自分の家のある方向へと小走りで去っていった。

嵐のようなギャルが去った後の店の前で、ラビリスはぽつんと取り残され、不満げに頬を膨らませる。



「ぐぬぬ……。下民の分際で、なんという馴れ馴れしいヤツじゃ」


文句を言いつつも、本気で怒っているわけではなさそうだ。

大地は苦笑しながら、おでんの袋を持ち直した。


「ま、そういうことだ。今度、付き合ってやれよ」


「……ふん。余の貴重な時間を割いてやるのじゃ。光栄に思えと伝えておけ」


そっぽを向いて歩き出した彼女の足取りは、心なしかさっきよりも少しだけ弾んでいるように見えた。









――帰り道。


夕暮れに染まる住宅街を、おでんの入ったレジ袋を提げた大地と、漆黒のドレスを着たラビリスが並んで歩いていた。


「おぉ、そういえばパパよ。今日の視察中、早速そなたの教えが役に立ったぞ」


「ん?なんの話だ?」


大地がレジ袋をガサガサと鳴らしながら首を傾げると、ラビリスは足をピタリと止め、見上げるようにしてドヤ顔を作った。


「うむ。今日、小さな修練場(公園)を視察しておった時にな。そなたの言うておった『不審者』が現れてな!」


「…………え!?」


大地は手からレジ袋が滑り落ちそうになり、慌てて握り直した。


「マ、マジで言ってんのか!?」


(確かにヒナが『最近この辺で小さい子に声をかける不審者が出てる』って言ってたけど……本当だったのかよ!?)


大地の背筋を、冷たい汗が伝う。



「そ、それで!?どうしたんだ?無事に逃げてきたのか!?」


大地が血相を変えてしゃがみ込み、ラビリスの両肩をガシッと掴む。

しかし、心配率200%の保護者に対し、魔王の娘はフンスと得意げに鼻を鳴らした。


「何を言うておる。逃げるなど魔王軍の恥!そなたの教え通り、しっかりと大声で『号令』をかけて撃退してやったわ!!民草どもが一斉に駆けつけ、不審者を取り囲みおったぞ!」


「おぉ……マジか……」


(早速教えた防犯対策が役に立ったのはよかったけど……初めての散歩でガチの不審者に出くわして、しかも周りの大人を巻き込んで撃退するって、どんな確率だよ……)



魔王の娘とはいえ、この世界での身体能力はどう見てもただの子供だ。

怖い思いをしただろうに。下手すれば連れ去られていたかもしれない。



大地は心配そうに横目でラビリスを見たが、当の本人はトラウマを抱えるどころか「ふははは!敵の密偵のあの狼狽(うろた)えよう、傑作であったわ!」と鼻高々にはしゃいでいる。

そのあまりにも元気な様子を見て、大地はようやく安堵の息を吐き、肩の力を抜いた。


「そっか……。無事なら、本当によかったよ」


(※注:本当に無事じゃなかったのは、ラビリスの号令で主婦の群れに包囲され、社会的死の淵を彷徨った若手巡査の方です)



大地は立ち上がると、夕陽に照らされてやたらと目立つ、彼女の豪奢なフリルとリボンの塊をジト目で見た。


「……ていうか、一人で出歩くときにそのドレスは目立ちすぎるから、マジで避けてくれ。変なヤツの標的になるぞ……」


「む?これこそが余の正装にして威厳の象徴じゃぞ?」


「日本じゃそれは『私を見つけて下さい』って看板背負って歩いてるようなもんだから!!頼むから、次からはこないだ買った普通の服を着てくれ……」


「ふむ。善処しよう」


「善処じゃなくて、ちゃんと実行してくれ。じゃないと、マジでまた変なヤツに声をかけられるぞ?」


「安心せぃ!その時はまた『号令』をかけてやればよい!」


「そういう問題じゃないんだよな……」


絶対に真実が交わることのない二人の会話は、夕暮れの空へと平和に(?)吸い込まれていくのだった。

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