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どうやら魔王の娘を拾ったようです。〜コンビニ店長(39)のほのぼの奮闘記〜  作者: 彩月鳴


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29/31

☆29かいめ☆ 運命のエンカウント

ガチャリ。


重い鉄の扉を開け、ラビリスは外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

春の兆しを感じさせる、少しだけぬるい風が彼女の銀髪を揺らす。


「……よし」


彼女は首から下げた「城の鍵」を使い、教わった通りにしっかりと外から鍵をかけた。

防衛の基本は戸締まりからだ。

ドアノブをガチャガチャと引っ張り、確実に施錠されたことを確認すると、魔王の娘は漆黒のドレスの裾を翻し、堂々たる足取りでアスファルトの海へと漕ぎ出した。



とはいえ、ここは未知の世界。

テレビで見た「修練場(公園)」がどこにあるのかなど、当然知る由もない。


「ふむ……。ならば、現地の民に尋ねるまでよ」


ラビリスは道の端を歩いてきた、買い物袋を下げた初老の女性の前に立ち塞がった。


「おい、そこの人間!」


「えっ……?わ、わたし?」


「いかにも。余は少し急いでおる。この近くにあるという『修練場』への道を教えよ!」


ビシッと指を突きつけ、尊大な態度で尋ねる。

しかし、突然現れた「ガチのゴシックドレスを着た、時代がかった口調の少女」を前に、女性は完全に困惑していた。


「し、しゅうれん……じょう?劇団の人……?ごめんなさいね、ちょっとわからないわ……」


女性は奇異なものを見るような目でラビリスをジロジロと見ると、そそくさと小走りで立ち去ってしまった。



「……ふん。余の放つ覇気に当てられ、言葉を失い逃げ出しおったか」


残されたラビリスは、顎に手を当てて深く頷く。


「あるいは……軍事機密の所在地を、そう易々と異邦人に明かすわけにはいかぬということか。なるほど、ただの民草に至るまで機密保持の訓練が行き届いておるとは。人間どもめ、なかなかに侮れん」


(※注:ただ単に変な子だと思われて逃げられただけです)




その後も、ラビリスはすれ違う何人かに「修練場はどこじゃ!」「若き兵士たちが集う砦じゃ!」と尋ねて回ったが、当然ながら誰も答えられず、不審な顔をして首を傾げるばかりだった。


「えぇい、どいつもこいつも口が堅い!拷問にかけるわけにもいかぬし、どうしたものか……」



ポケットの中の玉子侍を握りしめ、ため息をつきながら住宅街の角を曲がった、その時だった。



『きゃはははっ!』

『まてー!』


風に乗って、遠くから子供たちの「雄叫び」が聞こえてきた。


「……むっ!この声は!」


ラビリスが声のする方へと小走りで向かうと、視界が急に開けた。

そこにあったのは、土のグラウンド。

だが、ラビリスは足を止め、少しだけ首を傾げた。


「……ふむ?あの黒い板(テレビ)で見た巨大な鋼鉄の砦に比べると、随分と小規模じゃな」


そこにあったのは、住宅街によくある普通の児童公園だった。

ブランコが二つ、少し色褪せた滑り台、そして四角く囲われた砂場。

テレビで見たような、カラフルな巨大複合アスレチックなどはどこにもない。

数人の小さな子供たちが、楽しそうに追いかけっこをしているだけだ。



「……はっ!そういうことか!」


ラビリスはポンと手を打ち、一人で深く納得したように頷いた。


「あの板に映っていたのは、王都のエリート兵士を育成するための『中央訓練所』。対してここは、地方の一般兵や新兵を鍛え上げるための『小規模修練場』というわけか!」


(※注:ただの近所の公園です)



「なるほど、人間どもめ。各地にこのような施設を点在させ、草の根から戦力を底上げしておるとは……。規模は小さくとも、戦士を育む熱気は同じというわけじゃな」


ラビリスは感心しきりだ。

目の前で滑り台を逆走しようとして母親に怒られている男の子も、彼女の目には「過酷な傾斜を己の肉体のみで登ろうとする、血気盛んな若き狂戦士」に映っている。



彼女はコクリと頷き、公園の入り口に立つと、堂々たる態度でグラウンドを見渡した。


「ふむ……。ここが人間どもの『修練場』か。……悪くない」


ラビリスはフンスと鼻息を荒くすると、意気揚々とゲートをくぐった。



――しかし、彼女は全く自覚していなかった。


平日の昼間に、漆黒のゴシックドレスを着て公園を一人でうろつく少女が、どれほど目立つ存在であるのかを……。




――数分後。




「最近、この辺りで子供に声をかける不審者が出てるって話だからな……。今日こそ尻尾を掴まないと」


青い制服に身を包み、パトロール用自転車をキコキコと漕ぐ青年――管轄の交番に勤務する若手巡査が、その小規模な公園の前に差し掛かった。


「さぁ〜て、今のところ公園は平和そのもの。変な大人が紛れ込んでいないか、しっかり確認して……よし、とりあえず大丈ブッ!!?」


キキィッ!!


思わずブレーキを力いっぱい握りしめ、自転車が甲高い音を立てて急停止する。



公園の中を警戒するように見回していた若手巡査の瞳。

そのレンズ越しに飛び込んできたのは、のどかな日常風景を完全に破壊する「圧倒的な異物」だった。


ペンキの剥げた、古びた木のベンチ。

その上にちょこんと座り、足をぶらぶらと揺らしているのは――漆黒の豪奢なゴスロリドレスに身を包み、銀色の髪を風に揺らす、どう見ても場違いな美少女(推定7歳)である。


砂場遊びをする幼児たちや、立ち話をする主婦たちの間で、彼女だけがそこだけ切り取られた異世界のように浮きまくっていた。

しかも、その瞳は遊具で遊ぶ子供たちを「品定め」するような、妙に偉そうな光を帯びている。



(……えっ?なに?撮影?いや、カメラなんてどこにもないぞ!?)


若手巡査は激しく混乱した。

どう見ても保護者の姿はない。

平日の昼間に、あんな目立つ格好をした少女が、たった一人で公園のベンチに座っているのだ。


(も、もしかして……迷子か!?いや、それにしては堂々としすぎてる気が……いやいや、あんな目立つ子が一人でいたら、不審者の格好の標的じゃないか!)


正義感と職務への責任感が、若手巡査の背中を押した。

彼は自転車を停めると、極力相手を怖がらせないように、口角を上げて「優しいお巡りさんスマイル」を作った。


そして、運命のすれ違い(エンカウント)へと歩みを進めたのだった。




彼は警戒させないよう、ゆっくりとラビリスの前へ歩み寄り、視線を合わせるようにしゃがみこんだ。

警察学校で習った通りの『子供向けの明るいトーン』と、とびきり爽やかな笑顔を作って声をかける。


「こんにちわ!お嬢ちゃん、一人で遊んでるのかな?」


「む」


ラビリスは足をぶらつかせるのをピタリとやめ、真紅の瞳でじろりと目の前のしゃがんだ青年を見下ろした。



「貴様は何者じゃ。その青い揃いの装備……さては、この修練場を管理する兵士か?」


「…………」




(え、なんて?貴様って言った?修練場?兵士? ……いやいやいや!きっと僕の聞き間違いだ!こんな小さな子供がそんな物騒な言葉を使うはずがない!)


若手巡査は、ピクピクと引きつりそうになる頬を必死に抑え込み、笑顔のプロテクトを維持した。

最近の子供はアニメやゲームの影響で言葉遣いがマセている、という話を先輩から聞いたことがある。

きっとそれだ、と自分を納得させる。



「あ、あはは。僕はお巡りさんだよ。パパやママは一緒じゃないのかな?」


「パパ?……ふん、大地のことか。奴なら今、仕事に行っておる。見ての通り余は一人……あぁ、配下を一人連れておったわ」


ラビリスは玉子侍をポケットから取り出し、彼に見せつけた。


「………。そ、そうなんだね。パパはお仕事なんだね」


若手巡査は「配下」のことは見なかったことにして、ホッと胸を撫で下ろした。

『大地』というのが父親の名前なのだろう。

「奴」呼ばわりしているのは少し(かなり)気になるが、少なくとも親が仕事で不在なのは間違いなさそうだ。


しかし、だからといってこの状況を見過ごすわけにはいかない。

こんな目立つ格好をした少女が、一人で公園に放置されているのだ。

それに、ここは最近不審者の目撃情報も出ている危険地帯でもある。


(……これは完全に『迷子』、あるいは『保護』の案件だな。まずは身元の確認をして、親御さんに連絡しないと)


若手巡査は使命感に燃え、手帳を取り出しながら、さらにトーンを上げて決定的な質問を投げかけた。



「それじゃ、お名前教えてもらえるかな?あと、お家の場所はわかる?」



その言葉を聞いた瞬間。

ラビリスの真紅の瞳が、カッと見開かれた。


脳裏に、大地が告げた『鉄の掟』が鮮明に蘇る。


『絶対に知らない人についていかないこと。あと、知らない人に家を聞かれても絶対に教えないことだ』

『もしそんなヤツがいたら、そいつは『不審者』である可能性が高い』



(……こやつ!ここの兵士ではなく、大地が言うておった『不審者』か!!)


彼女の頭の中で、すべての点と点が線で繋がった。


目の前の青年の、いかにも作り物めいたような張り付いた笑顔。

明らかにこちらの油断を誘おうとする、猫撫で声のような甘いトーン。

そして何より、こちらの本拠地()の座標をピンポイントで探り出そうとする狡猾な手口!


(……なるほど。間違いない。こやつこそが、噂に聞く敵の密偵……!)




「……くくく」


「え?」


突然、うつむいて肩を揺らし始めたゴスロリ少女に、若手巡査は思わず首を傾げた。

泣き出してしまったのだろうか、と焦って顔を覗き込もうとする。

しかし、上がった顔に浮かんでいたのは、涙ではなく――圧倒的強者の笑みだった。



「……貴様が、かの悪名高き『不審者』なる者か」


「……はい?」


「白昼堂々、この余を単独で標的にするとは……。その捨て身の意気込みだけは買うてやろう。じゃが、相手が悪かったようじゃな」


「え?なに?どういうこと?ふしん……しゃ?」


若手巡査の頭にハテナマークが乱舞する。

目の前の少女が何を言っているのか、日本語のはずなのに一文字も理解できない。



そんな警察官の困惑など知る由もなく、ラビリスはベンチの上にスッと立ち上がった。

午後の心地よい風が漆黒のフリルを揺らす。

彼女は眼下で呆然とする『不審者(お巡りさん)』を冷酷に見下ろし、大地から授かった最強の防衛システムを起動させた。



「恐れおののけ、不審者よ!これより貴様を、余の『号令』をもって粛清してくれるわ!!」


そう吐き捨てると、ラビリスはベンチの上で胸を大きく反らし、限界まで空気を吸い込んだ。


「え!?ちょっ!何か誤解――」


事態が飲み込めないまま、若手巡査が慌てて両手を振る。

だが、その制止の言葉は、続く魔王の娘の『号令』によって完全にかき消された。



「であえーーーっ!!!曲者じゃーーーーっ!!この地に不審者が現れたぞーーーーーーっ!!!!!」



それは、小さな女の子が出したとは思えないほどの、公園の空気を震わせるすさまじい大音量だった。



ピタリ、と。

砂場で遊んでいた親子連れ、立ち話をしていた主婦たち、さらには公園の前を通りかかったサラリーマンまでもが一斉に動きを止め、驚愕の視線を二人のもとへと集中させた。


群衆の目に映ったのは、「漆黒のゴスロリ衣装で叫ぶ美少女」と、「その子に顔を近づけて、慌てふためいている警察官」という、限りなく事案(アウト)に近い構図である。



「えっ、なになに?」

「お巡りさんが小さい子泣かせてるの?」

「もしかして、制服着たコスプレの変質者じゃないの!?」


ざわめきと共に、正義感と好奇心に駆られた民衆が、ジリジリと包囲網を狭めてくる。


「ち、違います!誤解です!僕は本物の警察官で、ただ彼女が迷子かと思って声を――ああっ!ちょっとお母さん、スマホで動画撮らないで!通報もしないで!!」


若手巡査は社会的な死の危機に直面し、顔を真っ青にしながら必死の弁明を始めた。




その阿鼻叫喚の地獄絵図をベンチの上から見下ろし、ラビリスは「ふっ」と満足げに笑みを浮かべた。


(……見事な統率力じゃ。我が号令一つで、これほどの兵が即座に敵を取り囲むとはな。大地の言うた通りであったわ)


彼女は腕を組み、深く頷く。

敵の密偵を無事に捕縛(?)させたことで、彼女の中でこの公園に対する評価は決定的なものとなった。



「……うむ。この修練場の視察は、これで十分じゃろう」


ラビリスはベンチからふわりと飛び降りると、ドレスの砂埃を手でサッと払った。

そして、群衆の中心で泣きそうになっている『不審者(お巡りさん)』に背を向け、大仕事を終えた将軍のような、完璧なドヤ顔で悠然と公園を後にするのだった。

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