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どうやら魔王の娘を拾ったようです。〜コンビニ店長(39)のほのぼの奮闘記〜  作者: 彩月鳴


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27/32

☆27かいめ☆ 戦場の仲間たち

月曜日の朝。

週末の余韻を断ち切るように、カーテンの隙間から鋭い日差しが差し込んでいる。


「……よし。行ってくるぞ、ラビリス」


制服の上にパーカーを羽織った大地は、玄関で靴紐をきゅっと結び直し、背後に声をかけた。

これから始まるのは、剣と魔法の冒険ではなく、レジ打ちと品出しの労働だ。


「うむ。……武運を祈る」


見送りに出てきたラビリスは、パジャマ姿のまま腕を組み、どこか神妙な面持ちで深く頷いた。

その表情は、まるで戦場へ赴く将軍を見送る参謀のようだが、頭には寝癖がぴょこんと跳ねている。



そして、その小さな胸元には――。


「……鍵、無くすなよ?」


「愚問じゃ。この『城の鍵』、我が命に代えても死守してみせよう」


彼女の首から下がっているのは、さっき渡したばかりの銀色の鍵。

落とさないようにと大地が即席でつけた紐で、しっかりとぶら下げられていた。



「……いいか、鍵だけじゃなくて『掟』も守れよ?知らない奴にはついて行くな。家の場所は教えるな。あと、火遊びは厳禁だぞ」


「くどいぞ。余を誰じゃと思うておる。この城の守護は完璧じゃ」


「……頼もしいこって」


大地は苦笑し、彼女の頭に手を伸ばした。

ポンと軽く一度だけ撫でる。

以前なら手を払いのけていただろうが、今は「ふん、子供扱いしおって」と口では言いつつも、抵抗せずにその温度を受け入れている。


「じゃあ、行ってきます」


「うむ。……早めに帰還せよ」



ガチャン。


重い鉄の扉が閉まり、鍵がかかる音が響く。

大地は一人、朝の通勤路へと歩き出した。


背中に感じる静寂。

昨日までの賑やかな週末とは違う、いつもの月曜日の空気。

すれ違う人々も、皆どこか急ぎ足で、無機質な日常へと向かっている。


だが、彼の胸の奥には「帰る場所」があるという、じんわりとした温かさが残っていた。





――数分後。


自動ドアが開く軽快なチャイム音を背に、大地はバックヤードの重い扉を開けた。

手には、自店で買ったばかりのブラックコーヒーが握られている。


「おはようございまーす」


「……おはようございます、店長。……いつもより3分、早着ですね」


パソコンのモニターから視線を外さず、冷静な声が返ってきた。



声の主は、背筋を伸ばして座る長身の青年――『二階堂(にかいどう) (れん)』。

黒髪をワックスできっちりと撫で付け、銀縁メガネの奥から鋭い光を放つ彼は、現役の法学部生でありながら、この店を陰で支えるバイトリーダーでもある。


その制服には、一点のシワも存在しない。

まるでアイロンをかけたばかりのようなパリッとした着こなしは、彼の性格そのものを表していた。



「おぅ、おはよう蓮。……相変わらず早いな。もう引き継ぎ終わったのか?」


「えぇ。深夜帯の売上データ、廃棄ロスの計上、すべて処理済みです」


蓮はメガネを中指でクイッと押し上げる。


「……それと、おにぎりの発注数に明らかな入力ミスがありましたので、修正しておきました。あのままでは、廃棄の山を築くところでしたよ」


淡々と告げられる報告。

感情を表に出さないその姿は、まさに『完璧』の一言。


だが、大地は知っている。

彼がこれほどまでに有能なのは、単に仕事ができるからだけではない。

彼の中にある「秩序(ルール)」を乱されることを、生理的に、かつ極端に嫌う潔癖な性格ゆえだということを。



「助かるよ。やっぱりお前がいると安心感が違うな」


「当然です。店長の『うっかり』は計算の範囲内ですから」


蓮はキーボードを叩く手をピタリと止め、くるりと椅子を回転させて大地に向き直った。

そして、メガネの奥の鋭い瞳で、じっと大地の顔をスキャンするように観察し始める。


「……ん?なんだよ、顔になんかついてるか?」


「いえ。……少々『異常』が見られたので」


「異常?」



「……店長の顔色です。先週と比較して、肌の血色が有意に向上しています。それに、目の下のクマも、改善傾向にありますね。……何か、生活習慣を変えましたか?」


(……ギクッ!)


大地の心臓が跳ねた。


まさか「異世界から来た魔王の娘を拾って、一緒に暮らしはじめた」なんて言えるはずもない。

だが、ラビリスに合わせた規則正しい食事や睡眠、そしてドタバタ劇による適度な運動が、図らずも大地の健康改善に効果をもたらしていたらしい。



「あ、あー……。いや、ほら、ちょっと『自炊』を始めたんだよ。最近、野菜とか意識して食うようにしててな」


「ほぅ。自炊ですか。…………弁当の廃棄率に影響が出る懸念がありますが、店長の健康維持は店舗運営のリスク管理上、推奨されるべき案件ですね」


蓮はふむ、と納得したように頷き、再びモニターへと向き直った。


(ふぅ……危ない危ない。こいつの観察眼は侮れん……)


大地が冷や汗を拭い、コーヒーで乾いた喉を潤そうとした、その時だった。



バァン!!


静寂を愛する蓮の眉間がピクリと跳ねた。

バックヤードの扉が勢いよく開かれ、朝の眠気を吹き飛ばすような爆音が飛び込んできたからだ。


「おっはよーございまーす!あ、店長、蓮パイ(蓮センパイの略)、おつかれーっす!」


嵐のように現れたのは、明るい茶髪をサイドテールに結んだ女子高生――『千家(せんけ) ヒナ』だ。



今日は高校が入試期間で休みのため、制服ではない。

ダボッとした大きめのブルゾンに、ダメージ加工のショートパンツ。

足元は厚底のスニーカーという、いかにも「今どきのJK」なストリートファッションに身を包んでいる。

そして例のごとく、バッグには大量のキャラクターキーホルダーがジャラジャラと騒がしい音を立てて揺れていた。



「……おはようヒナ。今日も元気だな。……入試休みだからって、羽伸ばしすぎじゃないか?」


「えー?無理無理!せっかくの連休だし?テンション上げてかないと損じゃん!……てか店長!なんか今日、雰囲気違くない?」


ヒナは大地にズイズイと詰め寄ると、上目遣いでジロジロと顔を覗き込んだ。

甘い香水の匂いが、ふわりと大地の鼻をかすめる。


「え、またかよ……。さっき蓮にも言われたけど、そんなに違うか?」


「違う違う!全然違う!なんかこう……先週まで漂ってた『枯れたおじさんオーラ』が薄まってるっていうか?なんか……『生気』がある!」


「……枯れたおじさんって……」


「あ!わかった!」


ヒナはポンと手を叩き、イタズラっぽくニヤリと笑った。


「もしかして店長……カノジョできた?」


「ブフォッ!?」


大地は盛大にむせ返り、飲みかけのコーヒーを床にぶちまけそうになった。



「な、ないない!そんなわけあるか!39歳独身、もはや彼女を作る望みなんてほとんどないんだぞ!」


「えー?マジでー?……でもなぁ、なんか怪しいんだよなぁ……」


ヒナは名探偵のように顎に手を当て、ニヤニヤと大地を見つめる。

その視線は、獲物を狙う小悪魔そのものだ。


「蓮パイはどう思う?」


「……統計データと店長のスペックから算出するに、現時点で店長に恋人ができる確率は0.02%未満です」


「おい蓮、それ地味に傷つくぞ。せめて1%くらい残してくれ」



「ですが……」


蓮はメガネの位置を指先で直しながら、冷静に続けた。


「確かに、精神的な『充足感』があるように見えますね。孤独な中年男性特有の悲壮感が消えています。……例えば、そうですね。『ペット』でも飼い始めたとか」


(……っ!?)




「あー!それだ!猫?犬? ……店長、絶対なんか新しいの飼ったっしょ!」


ヒナが目を輝かせて食いつく。


(鋭い……鋭すぎるぞ、お前ら……!)


確かに、(リキ)は以前から飼っている。

だが、二人が感じ取っている変化の源泉は、間違いなく最近住み着いた「もう一匹(ラビリス)」の方だ。

手のかかる、しかし賑やかな同居人。

ある意味では「ペット」と言えなくもないが、そんなことを口走れば即座に社会的に抹殺される。



「い、いや、新しいのは飼ってないぞ?ほら、前から言ってる黒猫のリキがいるだけで……」


「えー?リキちゃんだけー?」


ヒナは納得がいかない様子で、さらにジリジリと距離を詰めてくる。

このままでは、ボロが出るのも時間の問題か――。



大地は必死に話題を逸らそうと試みた。

この勘の鋭い若者二人にラビリスが見つかったら、質問攻めにあうどころか、別の意味で危険な予感がする。


「と、とにかく、無駄話はここまでだ。ほら、そろそろ朝のピークが来るぞ!品出しとレジ、頼んだぞ!」


「はーい!りょーかいっす!行ってきまーす!」


ヒナはビシッと敬礼し、元気よく売り場へと飛び出していく。


「承知しました。……店長、名札が3度ほど右に傾いていますよ」


「……うっさいわ。早くいけ」


蓮は最後にチクリと指摘を残し、涼しい顔でレジへと向かった。

嵐が去り、ようやくバックヤードに静寂が戻る。



「……ふぅ」


大地は大きく息を吐き、ロッカーの扉についている鏡を覗き込んだ。


(……そんなに顔に出てるのか、俺)


鏡の中の自分は、確かに以前のような「無色透明」で疲れ切った顔ではなく、どこか生き生きとした表情をしているようにも見える。

目の下のクマは消え、肌には血色が戻っている。


家に帰れば、あの小さな同居人が待っている。

「おかえり」ではなく「遅いぞ」と文句を言われるかもしれないが、それでも待っている誰かがいる。

たったそれだけのことで、この退屈な日常が、急に鮮やかに色づいて見えるのだから……人間とは、なんとも現金なものだ。


「……よし、稼ぐか!」


大地はパン!と両頬を叩いて気合を入れると、自身も売り場へと向かった。




「いらっしゃいませー!」


自動ドアのチャイムが鳴り止まない。

通勤ラッシュに入り、コンビニは「戦場」と化した。

近隣の工事現場の作業員やサラリーマンたちが雪崩のように押し寄せる。


レジ打ち、ホットスナックの補充、宅急便の受付。

大地は店長として、そして二人の若手のフォロー役として、店内を駆け回っていた。


「店長、レジお願いします!タバコの検品入ります!」

「おう、今行く!」


「あ、店長!コピー機の紙が切れたってー!ヘルプ!」

「わかった、すぐ行く!」


忙しい。だが、不思議と苦ではない。

以前なら舌打ちしていたはずのこの忙しさが、今は時間を忘れさせてくれる心地よい喧騒に感じられた。




ふと時計を見ると、もう昼を回っている。


(……あいつ、今頃どうしてるかな)


思考は自然と、家で待つ小さな同居人へと飛ぶ。

作り置きしておいたおにぎり(ツナマヨ)は食べただろうか。

テレビのリモコンの使い方は覚えただろうか。

まさか、ニュースキャスターに向かって喧嘩を売ったりしていないだろうか。


(……寂しがってないか?雷とか鳴ったらどうする?いや、魔王の娘だし大丈夫か……?)



そんな親馬鹿じみた心配をしながら、レジ横のホットドリンクを整理していると。

隣で品出しをしていたヒナが、親子連れの客を見送りながら、ポツリと漏らした。


「……てかさー、店長。あの噂、マジなのかな?」


ヒナは品出しの手を休めず、声をひそめて言った。


「ん?なんかあったのか?」


大地はリストと棚を交互に見ながら、手短に返す。


「なんかねー、最近この辺で『不審者』が出てるらしいよ?公園とかでさ、小さい子に『お菓子あげる』とか言って声かける、超怪しいヤツがいるんだって」


「……マジか」


「だからケーサツもパトロール強化してるみたい。さっきも店の前、お巡りさんがチャリで通ってたし」


その言葉を聞いた瞬間に脳裏に蘇ったのは、今朝、玄関先でラビリスと交わした会話だ。


『知らない人にはついて行くな』

『不審者には気をつけろ』



(……まさかな)


大地は嫌な予感を振り払うように首を振った。

ラビリスは賢い。それに、あの尊大な態度だ。

知らない人間にホイホイついて行くようなタマではないはずだ。



「ま、警察が巡回してくれてるなら安心だろ」


「そだねー。変なヤツいたら、アタシがボコボコにしてやるし!JK舐めんなよー?」


ヒナは「シュッ!シュッ!」と空手チョップの真似をして笑った。




――その頃。


大地の心配をよそに、魔王の娘は首から下げた「城の鍵」と、ポケットに忍ばせた「護衛(玉子侍)」を携え、まさにその『危険地帯(公園)』へと、堂々たる足取りで侵入しようとしていた。


「ふむ……。ここが人間どもの『修練場』か。……悪くない」


彼女の瞳には、遊具たちが未知の兵器に見えているのか、それとも征服すべき領土に見えているのか。

その背中は、これから起こる騒動など微塵も知らず、無駄に自信に満ち溢れている。


運命の(?)邂逅まで、あと数分。

大地の平穏な職場とは対照的に、外の世界では今まさに――「魔王軍 vs 国家権力」のゴングが高らかに鳴ろうとしていた。

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