☆26かいめ☆ 献上せよ!限界を超えたフードバトル!
「……ぐすっ。おのれ……酷い目に遭うたわ……」
お茶を啜り、ラビリスは涙を拭いながら恨めしげに呟いた。
だが、その表情には先ほどまでの激痛はなく、どこかスッキリとした色が浮かんでいる。
「……しかし、ツンと鼻を貫く衝撃はあるが、いつまでもヒリヒリするような下品な辛さではないな。後に残るハーブのような香りも……なかなかよい」
「そうそう。それがわさびのいいとこなんだよ。適量なら、味を引き締めるアクセントになる」
しばらく寿司を堪能していると、大地は空になった自分の皿を手に取った。
そして、テーブルの端にある「投入口」へと、何気ない手つきで皿を滑り込ませた。
シュンッ。カチャン。
「……!?」
ラビリスが湯呑みを取り落としそうになった。
「だ、大地!そなた、今、皿をどこへやった!?テーブルが……皿を呑み込んだぞ!?」
「あぁ、これか?食い終わった皿をここに入れるんだ。そうすると枚数をカウントしてくれる」
「ほぅ……。自動で集計するのか。中々に賢いシステムじゃな」
「それだけじゃないぞ。見てろ」
大地が続けざまに、積み上げていた4枚の皿を投入口へ入れた。合計5枚。
その瞬間。
ピロリン♪
注文用のタッチパネル画面が切り替わり、可愛らしいアニメーションが始まった。
忍者が城壁を駆け上がり、敵の城に爆弾を投げる映像だ。
「な、なんじゃ!?画面が……戦を始めたぞ!?」
「5皿入れるごとに一回、抽選が始まるんだ。これで『当たり』が出れば、上のガチャガチャから景品が出てくる仕組みだ」
「け、景品……?貢ぎ物か?」
「ま、お前にとっちゃガラクタかもしれないけどな。もし当たったら、お前にやるよ。記念になるだろ?」
「……ふ、ふん」
ラビリスは腕を組み、画面の中で奮闘する忍者を冷めた目で見つめた。
「子供だましじゃな。この魔王の娘たる余が、そのような安っぽい玩具に釣られると思うてか?……まぁ、そなたがどうしてもと言うなら、受け取ってやらんでもないが――」
ドロン!『残念!』
画面の中の忍者が爆発に巻き込まれ、無情な文字が表示された。
「…………は?」
ラビリスの眉がピクリと跳ねた。
「……外れたな。ま、そう簡単には当たらねぇよ」
「……あ、当たらぬ?この余のために用意された余興で、何も献上せぬじゃと……?」
「や、こればっかりは確率だから」
「……許せぬ」
ラビリスの瞳に、静かな、しかし確かな「殺意」のような炎が灯った。
「たかが機械風情が……この余に対し、貢ぎ物を拒否するとは……万死に値する!」
「お、おいラビリス?目が怖いぞ?」
「大地……いやパパよ」
ラビリスは流れるレーンを睨みつけ、素早い手つきで次々と皿を取り始めた。
サーモン、イカ、ハンバーグ、エビ。
あっという間にテーブルが埋め尽くされる。
「……え、お前、まだそんなに食うのか?」
「何を言うておる。余の腹はもう八分目じゃ」
ラビリスはニッコリと笑い、取ったばかりの皿を大地の前に突き出した。
「さぁ、食えパパ!食らうのじゃ!そなたの胃袋が限界を迎えるのが先か、あの生意気な機械が音を上げて貢ぎ物を吐き出すのが先か……全面戦争じゃ!!」
「えぇ……っ!?俺かよ!!」
「つべこべ言うな!ほら、これは先ほど余も食べた、甘くてプリプリのエビじゃ!遠慮はいらぬぞ!」
「うぐっ……!やめろ、俺ももう……!」
かくして、景品一つを巡る、大地の過酷なフードファイトが幕を開けたのだった。
――十数分後。
「くっ、うっぷ……。も、もう無理だ……」
大地がテーブルに突っ伏した。
あれからさらに10皿の追加投入が行われたが、無情にも画面には『残念』の文字が踊り続けていた。
「えぇい、根性のない奴め!あと5皿じゃ!あと5皿食えば、そろそろ『当たり』が出るはずじゃ!」
「そ、それはギャンブラーの思考だ……。ていうか、お前が食えよ……」
「余の腹はもう限界じゃと言っておろう!……くっ、このままでは撤退戦になってしまうぞ……!」
ラビリスが悔しげに唇を噛む。
「パパよ!立て!そなたにはまだ『別腹』が残されておるはずじゃ!」
「鬼かお前は……」
大地は死んだ魚のような目で、震える手を寿司へと伸ばした。
――カラン、コロン。
「……ふん。ようやくか」
店を出たラビリスの手には、小さなプラスチックのカプセルが握られていた。
中に入っているのは、足の生えた玉子の寿司がハチマキを締めて刀を握っている、なんとも奇妙なキーホルダーだ。
「……手間取らせおって。これしきの貢ぎ物を吐き出すのに、下僕の胃袋を限界まで追い詰めるとはな」
「誰のせいだと思ってんだ、誰の……」
大地はお腹をさすりながら、重い足取りで歩いていた。
夜風が、食べすぎで火照った体に心地よい。
「でもまぁ、よかったな。当たりが出て」
「……べ、別に。余はただ、あの機械が生意気じゃったから屈服させただけじゃ。このような奇妙な像、欲しかったわけではない」
ラビリスはそっぽを向いて鼻を鳴らす。
だが、その手はカプセルをギュッと強く握りしめたままだ。
駐車場のライトでカプセルを透かし見て、中の玉子と目が合うと、ふふっと小さく口元を緩めている。
「……そうか?前のハンバーガーの時、オマケの玩具をじーっと見てたから、今回は意地でも欲しかったのかと思ったけどな」
「なっ……!?」
図星を突かれたラビリスが、カッと顔を赤くして振り返る。
「み、見ておらぬ!あの時はただ、敵の戦力を分析しておっただけで……!勘違いするな!」
「あーはいはい、左様でした。こりゃ失礼」
「むぅ……!余計なことを……!」
ラビリスはふくれっ面で、カプセルをポケットの奥――一番安全な場所――へとしまい込んだ。
その歩調は、行きよりも少しだけ弾んでいるように見えた。
「んじゃ、そろそろ帰るか。俺も明日からまた仕事だからな。今日は早めに寝ないと」
「うむ。そなたの熱き戦いの顛末を、留守を預かるウサギウスにも報告してやらねばな」
二人は車に乗り込み、帰路へとついた。
窓の外を流れる夜の街明かり。
助手席のラビリスは、戦利品である「玉子の寿司侍」が入ったカプセルを、まるで王家の秘宝のように大事そうに握りしめている。
その横顔は、満腹感と小さな勝利の余韻で、いつになく穏やかだった。
――数分後。
ガチャリ。
「戻ったぞ、我が配下たちよ」
鍵が開く音と共に、ラビリスがご機嫌な様子で靴を脱ぎ捨てる。
その足取りは軽く、彼女は真っ直ぐに自分の新たな領土――窓際のベッドへと向かった。
大地もそれに続き、重い腰をソファに下ろす。
「……ふぅ」
一息つくと、視線の先には、枕元に鎮座するウサギウスの隣へ、厳かな手つきで「玉子侍」を安置しているラビリスの背中があった。
(……さて、問題は明日からだ)
大地は神妙な面持ちで、その小さな背中に声をかけた。
「なぁラビリス。さっきも言ったけど、俺は明日からまた仕事が始まる。……その間、お前は一人になるんだが、ちゃんと留守番できるか?」
「仕事?……ふん、愚問じゃな」
ラビリスは振り返り、胸を張った。
「こんな小さな城を守ることぐらい、余どころか、そこのウサギウスでもできるわ」
「……いや、それは無理だろ」
即答する彼女の頼もしさに苦笑しつつも、彼の胸中には不安が残る。
(とはいえ、ずっと家に軟禁しておくのも可哀想だよな……)
大地は少し考えた後、一つの提案を口にした。
「まぁ留守番っつっても、ずっと家に籠ってる必要はない。……近所の散歩ぐらいなら、出かけてもいいぞ?」
「なに、まことか?」
ラビリスの目が輝いた。
「散歩」という言葉が、彼女の中では「領土の巡回」か「偵察任務」に変換されたらしい。
「あぁ。ただし――必ず守ってほしい『掟』がある」
「……ほぅ。契約というわけか。申してみよ」
ラビリスがベッドに腰掛け、王のような態度で耳を傾ける。
大地は彼女の目を見て、一つずつ指を折って説明した。
「まずは、絶対に『知らない人』についていかないこと。あと、知らない人に家を聞かれても、絶対に教えないことだ」
「……ふむ?」
「いいか?もしそんな奴がいたら、そいつはお前を狙う『不審者』である可能性が高い」
「……なるほど。こちらの拠点を割り出そうとする密偵か。肝に銘じておこう」
ラビリスは神妙に頷いた。
どうやら「不審者=敵国のスパイ」という解釈で納得したようだ。
「よし。そしてもう一つ。……もし、そいつらが何かしてきたり、無理やり連れ去ろうとしたりしたら――」
大地は一呼吸置き、真剣な眼差しで告げた。
「迷わず『大声』を出すんだ。そうすれば、必ず誰かが駆けつけるはずだ」
「なっ……!?」
その言葉に、ラビリスは心外だと言わんばかりに眉を吊り上げた。
「魔王の娘たる余が、人間ごときに悲鳴を上げろと言うのか!?そのような恥晒し、できるわけがなかろう!」
「……違う。悲鳴じゃない」
大地は首を横に振り、ニヤリと笑ってみせた。
「それは『号令』だ」
「……ごうれい?」
「あぁ。お前自身の手を汚す必要はない。大声で周りの人間に命令を下し、その不届き者を退治させるんだ。……高貴な者は、むやみに剣を抜かないもんだろ?」
「……!」
ラビリスの表情が変わった。
「助けを呼ぶ」という弱者の行為が、「兵を動かす」という強者の采配へと書き換えられた瞬間だった。
「……ふっ、ふふふ。なるほどな。そなたにしては悪くない戦術眼じゃ」
彼女は満足げに鼻を鳴らし、ウサギウスの頭を撫でた。
「よかろう。もし愚かな密偵が現れたならば、その時は余の号令を持って、この街の民を動員してやるとしよう!」
「……頼むから、本当に危ない時だけにしてくれよ?」
どうやら納得してくれたらしい。
大地は安堵の息を吐きつつ、明日から街に「魔王(の娘)の号令」が響き渡らないことを密かに祈った。
その後、二人は順番に風呂に入った。
「ボタン一つで湯が湧くとは、ここは魔法先進国か?」と浴室からラビリスの驚く声が聞こえてきたが、長風呂になることもなく、彼女は上機嫌で上がってきた。
石鹸の香りと、ドライヤーで乾かしたばかりのフワフワの髪。
大地もさっと入浴を済ませ、長い一日がようやく終わりを告げる。
「じゃあ、明日に備えてもう寝るぞ。電気消すからな」
「うむ。……大地よ」
新しいベッドの上、ふかふかの布団に潜り込んだラビリスが、暗がりの中でポツリと声を上げた。
「今日の『すし』……悪くなかったぞ。特にあの緑の香草の刺激……あれは癖になりそうじゃ」
「そりゃよかった。また連れてってやるよ」
「ふん。……期待して待っておく」
カチッ。
大地が壁のスイッチを押すと、部屋は深い闇に包まれた。
カーテンの隙間から差し込む月明かりだけが、狭くなった部屋をぼんやりと照らし出している。
静寂の中、衣擦れの音だけが聞こえる。
大地は床に敷いた布団に横になり、天井を見上げた。
ほんの数日前までは、仕事から帰って寝るだけの殺風景な部屋だった。
それが今では、部屋の半分以上が家具で埋まり、窓際には小さな呼吸音が聞こえる。
(……狭くなったな、本当に)
ふと横を見ると、月明かりに照らされたラビリスの寝顔が見えた。
その枕元には、「ウサギウス」と、今日勝ち取った「玉子の寿司侍」のキーホルダーが、まるで彼女を守る騎士のように並べられている。
(……ま、悪くないか)
大地は小さく苦笑し、瞼を閉じた。
明日は仕事だ。そして、彼女にとっては初めての「留守番」という冒険が始まる。
不安はある。だが、それ以上に「守るべきもの」ができた充足感が、心地よい眠気を誘っていた。
「……おやすみ、ラビリス」
返事はない。
代わりに、スースーという安らかな寝息だけが、夜の部屋に優しく響いていた。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次回、☆27かいめ☆にして……いよいよ大地が仕事に行きます!(笑)
「タイトルにコンビニってあるのに、いつになったら店長らしいことするんだ?」と自分でも思っていましたが、ようやく肩の荷が下りた気分です。
これから新キャラも続々登場し、物語がさらに動き出しますので、引き続き二人の奮闘記を見守っていただけると嬉しいです!




