二幕 狸戦 その五 「協力」
屋敷の門が開く。
夕日が傾き始めたころ、霧島天晴と酒倉大和は、ゆるやかな足取りで戻ってきた。
広い敷石の廊下を進み、奥の一間へ。
すでに涼川定平が、文机の前で控えていた。
歳を重ねながらも隙のない姿勢。
眼光は穏やかに見えて、鋭い。
天晴が黙って頭を下げると、大和が一歩前へ出て報告した。
「芝居小屋にて、狸の構成員と思われる男を一名拘束しました。ほか数名も戦闘不能となっており、戦果としては上々です」
定平は、わずかに頷く。
「……見事だ。民に被害は?」
「なし。ただし、芝居小屋の営業は一時中止に」
「構わぬ。その程度で済んだのなら上出来だ。よく動いてくれた、両名とも」
定平の声音には、確かに感謝が滲んでいた。
大和が深く頭を下げる。
天晴は黙って立ったままだったが……ふと、定平が彼に目を向けた。
「霧島殿」
「……」
「今回、君には協力という形で動いてもらった。雇われた刀としてではなく、共に進む者としてだ。……どうだった?」
問いは穏やかだったが、その奥には興味と誠意があった。
だが、天晴はすぐには答えなかった。
少しだけ目を伏せて……口を開く。
「……まだ、慣れない。そういうやり方に」
定平は静かに頷く。
「だが……」
天晴の視線が、ゆっくりと上がる。
「複数でなければ、できないこともある。守れる範囲、動ける範囲、得られる情報。……そういったものは、確かにひとりでは届かない場所にある」
言葉を選びながら、けれど噛み締めるように。
「……効率は良い。悪くはなかった」
定平の唇がわずかに綻ぶ。
だが、それ以上の言葉はなかった。ただ、静かに頷いた。
そして、大和が口を挟む。
「霧島殿がそうおっしゃるならば、我々もますます力を尽くす所存です」
天晴は、それに返事をしなかった。
ただ、少しだけ視線を外し……廊下の向こうに射し込む夕陽に目を向けた。
大和の退室を促すように、定平は軽く手を振った。
障子が閉まり、室内にふたりきりの静寂が訪れる。
定平は、文机の横にあった桐箱を引き寄せた。
「これは、今回の報酬だ。先の約束通り、成果に見合う額を用意したつもりだ」
天晴は無言で箱を受け取る。
蓋は開けない。重みだけで中身を量った。
「……過分だ」
「霧島殿の働きには、それだけの価値がある」
定平の声は穏やかだったが、その目にはまっすぐな誠意が宿っていた。
しばしの沈黙。
そして……
「正式に仕官しないか」
その言葉は、空気を張り詰めさせた。
天晴の眉がわずかに動く。
「……」
「無理にとは言わぬ。ただ、今のように頼みごとをする形では、遠慮も出るだろう。だが、配下となれば話は別だ。待遇も、名誉も守る。約束しよう」
それは力の貸し借りではなく、信頼の結びの申し出だった。
天晴はゆっくりと視線を落とした。
手元の桐箱。
その下にある床の木目。
そして、過去の多くの依頼。
ただ斬り、従い、報酬を貰う日常。
……だが。
脳裏に浮かぶのは、あの小さな鍛冶場。
山茶花に囲まれた、小屋の中の鋼の姿だった。
「……俺には、決めねばならんことがある」
「ほう」
「仕官は、今すぐには答えられん。だが一つ、頼みがある」
定平がわずかに顎を引いた。
「鋼という名の鍛冶職人がいる。……俺の親友だ。奴のために、上質な鍛冶場を作ってやってほしい。場所も、道具も、燃料も……すべて、最高のものを」
その言葉に、定平の口元が緩んだ。
「それが条件か?」
「それだけでいい。……あとは、考えさせてくれ」
定平はひと呼吸置き、そしてはっきりと頷いた。
「了承した。すぐに準備にかかろう。君が仕官せずとも、その鍛冶場は作らせてもらう。鋼殿の名も、記録に残そう」
天晴は初めて、わずかに目を細めた。
それは、笑みとは呼べないが……感謝の陰が差す表情だった。
「……感謝する」
それだけ言って、天晴は桐箱を抱え、静かに立ち上がった。
障子を開けると、外の空気はすでに夜の気配を孕んでいた。
虫の音が遠く、庭に灯る燈籠の火が、揺れていた。
「霧島殿」
背中に声が届く。
「君の刀が、ただ人を斬るものではなく……何かを守るものになればと、私は願っている」
天晴は、しばし黙って立ち止まる。
振り返らずに、ただ一言だけ発する。
「……それが、できるかどうかは、俺にもまだ分からぬ」
そうして歩み去る。
誰にも見送られぬ背に、夜風が静かに吹きかかっていた。
三幕その一に続く
登場組織紹介
狸
数人の盗賊によって構成される。自在な変装をし、人を騙して物を盗み奪っていく。主に店の商品、金品、人の服すらも取っていく。正面からの戦いは避け、混乱と欺きで町を荒らす。罠や偽情報を使って敵を翻弄する。