表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/17

一幕 焔牙戦 その三 "武士"

 砦の門が軋み、先ほど命を受けた焔牙(えんが)の武士が、何かを抱えて戻ってくる。長く、重厚な黒布に包まれたそれは、遠目からでも異様な存在感を放っていた。


 その男は無言のまま赤城烈火(あかぎれっか)のもとへ走り寄り、膝をついて布を外す。


 現れたのは……薙刀。


 長大な柄、反りの深い刃。手入れが行き届いた鉄が、戦場の空に白く鈍く光る。柄には紅蓮の焔のような彫りが施されている。


 それを見た霧島天晴(きりしまてんせい)の目が細くなる。

 ただの武器ではない。そこに手慣れた重心を感じ取った。


 烈火は、静かに薙刀を手に取る。

 柄に添えた手が、確かな重みを思い出すようにゆっくりと握りしめられる。

 腕の筋が隆起し、背筋が真っ直ぐに伸びた。


 構えたその姿……まるで、長年添い遂げた相棒を抱くような一体感があった。無理がない。むしろ、しっくりと収まっている。

 さきほどまでの“荒々しい太刀筋”は消え、代わりに、地に根を張るような“安定”がそこにあった。


 だが、それは意外だった。薙刀は、戦場においてはどちらかといえば女性の武器とされてきたからだ。


「……貴様、刀より薙刀か」


 天晴が問いかけると、烈火の口から、低く絞るような声が漏れた。


「……本来、おれにとっては、これが一番しっくりくる」


 薙刀を軽く振る。空気を裂いた軌道は鋭く、しなやかだ。

 その刃の動きに、力任せだった刀とはまるで異なる練度が宿っていた。


 烈火は続ける。


「だが……武士の道において、薙刀は女の武器だと、そう言われてきた。男が使うなど、恥だと。笑われるとな」


 少しだけ笑った。自嘲の色が混じっていた。


「それでも、武士である以上……刀を手放すわけにはいかなかった。たとえ勝てなくても、武士らしくあろうとしてきた……」


 烈火は、そこまで言って息を吐いた。

 血が滲む肩を回し、再び薙刀を構える。


「……だが、貴様を相手にして、それでは足りん」


 その瞳には、剣を持っていた時とは違う光が宿っていた。

 覚悟でも、意地でもない。解放だった。


「この薙刀は、おれが刀よりも早く握ったものだ。子どもの頃、姉が使っていたものをこっそり真似た。……それが、おれの最初の武器だった」


 風が、烈火の背を押すように吹く。

 髪がなびき、長い刃が光を跳ね返す。


「馬鹿にするならすればいい。……おれは、今日限り、自分として戦おう!」


 叫びとともに、一歩踏み込む。


 刹那、薙刀が空を薙いだ。


 ……速い。


 天晴は、即座に後退しながら身を沈める。

 さきほどまでの烈火の攻撃とは、まるで別物だった。


 回転するような薙ぎ払い、柄の打撃による制圧。踏み込みも鋭く、刃はすべて命を狙っている。

 滑らかで、無駄がなく、まるで大河の流れのようにゆるぎない。


(速い……これまでの比じゃない)


 反射的に後退し、距離を取る。

 だが、烈火は追う。間合いの有利は、薙刀にある。振り回すのではない。滑らかに、流れるように打ち込まれる。


 烈火は刀では劣っていた。だが、薙刀では……追い詰めるだけの力を持っている。


 砦の空気が変わる。

 焔牙の武士たちの間にも、どよめきが走った。


(れ、烈火様が薙刀を……!?)


(昔、異様に強かったって噂はあったが……)


 天晴は静かに息を吐く。

 その場に構えを取る。攻防の主導権は、一瞬で烈火に移っていた。


 薙刀が風を切る。

 烈火の攻撃は、もはや連撃の域を超えていた。


 振り抜き、薙ぎ払い、突き上げ……そのすべてが速く、重く、そして大きい。

 天晴の視界を、次々と刃の軌道が塞いでいく。烈火の薙刀は、己の身体すら武器に変える勢いで振るわれていた。


 だが……天晴の動きは、なお冷静だった。


(…やはり、圧倒的に広範囲で隙がない。だが……)


 天晴は一歩、二歩と後退しながらも、烈火の足元と肩の動きを見続けていた。

 リーチに任せた軌道。可動域の限界。勢いを殺すための一瞬の硬直。


(……この男、自身の間合いの内側が苦手だ。薙刀の柄が長すぎて、近距離では力が出せていない)


 つまり、そこが“隙”だ。


 天晴は踏み込みを見送りながら、僅かに呼吸を整えた。


「……天ノ技(あまのぎ)・地吹雪」


 低く、息を吐くように技名を呟く。

 その瞬間、彼の姿が掻き消えた。

 視界が揺れる。風が巻く。

 乾いた地を舞い上げる粉塵が、烈火の目を覆った。


「っ……!」


 視界が霞む中、烈火は周囲に意識を張った。

 見えない。だが、天晴はいる。どこかに、確実に間合いを詰めてきている。


(来る。間合いに……奴は、懐を狙ってくる!)


 烈火は防御のために柄を引いた。だが、その行動こそが……次の動きへの布石だった。


 刹那。


 「……天ノ技・朝露」


 烈火のすぐ左側、至近距離から声が聞こえた。

 気づいたときには、すでに天晴はいた。


 姿を隠して接近し、そのまま烈火の懐へと飛び込んでいた。

 振り下ろされたのは、刃だけではない。拳、蹴り、手刀。全身が武器となって襲いかかる。


 「ぐぅっ!」


 烈火が肩に斬撃を受け、さらに腹に膝を食らった。大柄な身体が後ろへよろける。

 薙刀は咄嗟に振れない。構えが崩れたその一瞬、天晴はさらに二の太刀を振るう。


 烈火の太腿に切り込みが走る。血が飛ぶ。


 (…読まれていた……! 間合いを!)


 視界の端に、天晴の顔が見える。相変わらず、感情の読めない瞳だった。

 だが、その目は確かに獲物を狙う捕食者のそれだった。


 烈火は叫んだ。


「……っの小癪な!」


 なんとか柄で一撃を払い、間合いを取る。距離を取れば、再び薙刀の利が戻る。


 だが、身体が痛む。裂かれた傷口が脈打ち、動きにわずかな遅れをもたらす。


 天晴は、もう一度姿勢を低く構えた。

 再度、内側に入る構えだ。


 砦の前に漂う緊張が、いよいよ頂点へと達していた。



一幕その四に続く

登場人物紹介

赤城 烈火

焔牙(えんが)というかつての武士の誇りを守ろうとする反乱武士軍の主導者。戦うことが武士の誇りだと主張する。今の平和な状態を作った位の高い人たちを憎み、世界を変えようと企む。武士道はそのままで、1対1の戦闘を好む。実は、刀よりも薙刀が得意で、「武士らしくない」「薙刀は女性が使う物だから」と考えていて、いざというとき以外は使わないようにしている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ