一幕 焔牙戦 その三 "武士"
砦の門が軋み、先ほど命を受けた焔牙の武士が、何かを抱えて戻ってくる。長く、重厚な黒布に包まれたそれは、遠目からでも異様な存在感を放っていた。
その男は無言のまま赤城烈火のもとへ走り寄り、膝をついて布を外す。
現れたのは……薙刀。
長大な柄、反りの深い刃。手入れが行き届いた鉄が、戦場の空に白く鈍く光る。柄には紅蓮の焔のような彫りが施されている。
それを見た霧島天晴の目が細くなる。
ただの武器ではない。そこに手慣れた重心を感じ取った。
烈火は、静かに薙刀を手に取る。
柄に添えた手が、確かな重みを思い出すようにゆっくりと握りしめられる。
腕の筋が隆起し、背筋が真っ直ぐに伸びた。
構えたその姿……まるで、長年添い遂げた相棒を抱くような一体感があった。無理がない。むしろ、しっくりと収まっている。
さきほどまでの“荒々しい太刀筋”は消え、代わりに、地に根を張るような“安定”がそこにあった。
だが、それは意外だった。薙刀は、戦場においてはどちらかといえば女性の武器とされてきたからだ。
「……貴様、刀より薙刀か」
天晴が問いかけると、烈火の口から、低く絞るような声が漏れた。
「……本来、おれにとっては、これが一番しっくりくる」
薙刀を軽く振る。空気を裂いた軌道は鋭く、しなやかだ。
その刃の動きに、力任せだった刀とはまるで異なる練度が宿っていた。
烈火は続ける。
「だが……武士の道において、薙刀は女の武器だと、そう言われてきた。男が使うなど、恥だと。笑われるとな」
少しだけ笑った。自嘲の色が混じっていた。
「それでも、武士である以上……刀を手放すわけにはいかなかった。たとえ勝てなくても、武士らしくあろうとしてきた……」
烈火は、そこまで言って息を吐いた。
血が滲む肩を回し、再び薙刀を構える。
「……だが、貴様を相手にして、それでは足りん」
その瞳には、剣を持っていた時とは違う光が宿っていた。
覚悟でも、意地でもない。解放だった。
「この薙刀は、おれが刀よりも早く握ったものだ。子どもの頃、姉が使っていたものをこっそり真似た。……それが、おれの最初の武器だった」
風が、烈火の背を押すように吹く。
髪がなびき、長い刃が光を跳ね返す。
「馬鹿にするならすればいい。……おれは、今日限り、自分として戦おう!」
叫びとともに、一歩踏み込む。
刹那、薙刀が空を薙いだ。
……速い。
天晴は、即座に後退しながら身を沈める。
さきほどまでの烈火の攻撃とは、まるで別物だった。
回転するような薙ぎ払い、柄の打撃による制圧。踏み込みも鋭く、刃はすべて命を狙っている。
滑らかで、無駄がなく、まるで大河の流れのようにゆるぎない。
(速い……これまでの比じゃない)
反射的に後退し、距離を取る。
だが、烈火は追う。間合いの有利は、薙刀にある。振り回すのではない。滑らかに、流れるように打ち込まれる。
烈火は刀では劣っていた。だが、薙刀では……追い詰めるだけの力を持っている。
砦の空気が変わる。
焔牙の武士たちの間にも、どよめきが走った。
(れ、烈火様が薙刀を……!?)
(昔、異様に強かったって噂はあったが……)
天晴は静かに息を吐く。
その場に構えを取る。攻防の主導権は、一瞬で烈火に移っていた。
薙刀が風を切る。
烈火の攻撃は、もはや連撃の域を超えていた。
振り抜き、薙ぎ払い、突き上げ……そのすべてが速く、重く、そして大きい。
天晴の視界を、次々と刃の軌道が塞いでいく。烈火の薙刀は、己の身体すら武器に変える勢いで振るわれていた。
だが……天晴の動きは、なお冷静だった。
(…やはり、圧倒的に広範囲で隙がない。だが……)
天晴は一歩、二歩と後退しながらも、烈火の足元と肩の動きを見続けていた。
リーチに任せた軌道。可動域の限界。勢いを殺すための一瞬の硬直。
(……この男、自身の間合いの内側が苦手だ。薙刀の柄が長すぎて、近距離では力が出せていない)
つまり、そこが“隙”だ。
天晴は踏み込みを見送りながら、僅かに呼吸を整えた。
「……天ノ技・地吹雪」
低く、息を吐くように技名を呟く。
その瞬間、彼の姿が掻き消えた。
視界が揺れる。風が巻く。
乾いた地を舞い上げる粉塵が、烈火の目を覆った。
「っ……!」
視界が霞む中、烈火は周囲に意識を張った。
見えない。だが、天晴はいる。どこかに、確実に間合いを詰めてきている。
(来る。間合いに……奴は、懐を狙ってくる!)
烈火は防御のために柄を引いた。だが、その行動こそが……次の動きへの布石だった。
刹那。
「……天ノ技・朝露」
烈火のすぐ左側、至近距離から声が聞こえた。
気づいたときには、すでに天晴はいた。
姿を隠して接近し、そのまま烈火の懐へと飛び込んでいた。
振り下ろされたのは、刃だけではない。拳、蹴り、手刀。全身が武器となって襲いかかる。
「ぐぅっ!」
烈火が肩に斬撃を受け、さらに腹に膝を食らった。大柄な身体が後ろへよろける。
薙刀は咄嗟に振れない。構えが崩れたその一瞬、天晴はさらに二の太刀を振るう。
烈火の太腿に切り込みが走る。血が飛ぶ。
(…読まれていた……! 間合いを!)
視界の端に、天晴の顔が見える。相変わらず、感情の読めない瞳だった。
だが、その目は確かに獲物を狙う捕食者のそれだった。
烈火は叫んだ。
「……っの小癪な!」
なんとか柄で一撃を払い、間合いを取る。距離を取れば、再び薙刀の利が戻る。
だが、身体が痛む。裂かれた傷口が脈打ち、動きにわずかな遅れをもたらす。
天晴は、もう一度姿勢を低く構えた。
再度、内側に入る構えだ。
砦の前に漂う緊張が、いよいよ頂点へと達していた。
一幕その四に続く
登場人物紹介
赤城 烈火
焔牙というかつての武士の誇りを守ろうとする反乱武士軍の主導者。戦うことが武士の誇りだと主張する。今の平和な状態を作った位の高い人たちを憎み、世界を変えようと企む。武士道はそのままで、1対1の戦闘を好む。実は、刀よりも薙刀が得意で、「武士らしくない」「薙刀は女性が使う物だから」と考えていて、いざというとき以外は使わないようにしている。