終幕 名刀・天晴 その四 最後の姿
ついに、黒曜幹部が倒れた。
幹部が地に沈むと同時に、それまで周囲を取り巻いていた黒曜の兵たちの表情に、恐怖と絶望が走った。
誰かが小さく「退け……」と呟いた瞬間、瓦解したように一斉に逃げ出す。
甲冑のぶつかる音と足音が遠ざかり、戦場には三人だけが残された。
「……勝った……!」
鋼が刀を握りしめたまま、胸を大きく上下させる。
その横で、琴は息を切らしながらも、目尻に涙を浮かべ、霧島天晴を見上げた。
「霧島さん……本当に……!」
だが、二人の喜びとは裏腹に、天晴は静かに己の腹へと視線を落とした。
槍で穿たれた深い傷から、絶え間なく熱い血が溢れ、握った手の隙間から滴っている。
足元が揺らぎ、踏ん張ろうとしても、力が抜けていくのがわかった。
(……もう、持たないな)
ゆっくりと刀を鞘に収め、鋼と琴へと顔を向ける。
声を出すには、少しだけ息を整える必要があった。
「わしは……もう長くなさそうだ……」
「何行ってんだ!まだ手当てができれば……」
鋼は必死に助けようとするが、天晴自身がそれを止める。
だが、口から血を吹き出した天晴を見て、それは厳しいと理解する。
「……わかったよ。あんたが言うんだ、もう来るって思うんだろ…?」
鋼は、天晴の言葉に渋々納得する。
「時間がもうない……言いたいこと、言うぞ…」
天晴は顔を上げ、鋼と琴を見つめる。
最後の言葉を残すと悟ったふたりは、涙ながらに顔を見る。
「……鋼。あの刀……大事にしろ」
鋼は、認めないとするように首を振る。
「あの刀……名刀・天晴と言ったか。お前が打った、最高の一本だった」
次に、琴の方へ視線を移す。
「……生きろ。お前の命は……もう誰にも渡すな」
琴は唇を噛み、涙をこらえきれずに頷いた。
(わしの役目はここで終わりか……。あぁ、黒布の奴ら、また依頼するって言っていたな……。大和は…大丈夫そうだな……まだ若いが、あの大名に仕えるほどの能力は持ってる……。美乃との約束も…反故にしてしまった……。また会いに来るって伝えたのに……。もう良い。後はふたりに任せよう……)
天晴は短く息を吐き、空を見上げた。
さっきまで煙と血の匂いで濁っていたはずの空は、どこまでも高く澄んでいた。
その光景を胸に焼き付けながら、彼は最後の一言を紡ぐ。
「ふ……これが自由に生きた者の、恋とやらに動かされた最後か……面倒な感情だな……」
次の瞬間、天晴の体から力が抜け、膝が地面を打つ音が響いた。
そのまま、静かに倒れ伏し、二度と目を開くことはなかった。
だが、これ以上ないほどに満足そうな顔だった。
──────
天晴の体は、山へと運ばれていく。
山の奥には……かつて鋼が鍛冶場として使っていた小屋の跡地があった。
引っ越しの際に地に植えられたさざんかは、少し生長して桃色の花を咲かせようとしている。
鋼は小屋跡地に着くと、まだ残っている小屋の瓦礫を集め始める。
「何を……?」
琴が疑問の声を上げると、鋼が答える。
「せめて、あいつのために俺の火で火葬してやりたい……」
悲しそうに話す鋼の声に、琴はまた涙を浮かべる。
だが、すぐに涙を拭って瓦礫集めを手伝う。
「よし、これだけあれば十分そうだ」
瓦礫を集めた鋼は、いつもそうしているように火をつける。
火は夕焼けと共に赤く燃え上がり、鋼と琴、そして天晴すらも照らした。
「最後に……天晴に言っておくこと、あるか……?」
天晴の体を火に入れる前に、鋼が琴に問う。
琴は、天晴に最後の言葉を贈る。
「霧島さん……いや、天晴さん……。守られた分、生きてみせるから……ぐすっ……」
瞳から涙がこぼれ、後半は言葉にできなかった。
そして、鋼も最後の言葉を贈る。
「天晴、いつの間にこんな可愛い子見つけてよぉ……。いい子じゃないか、あんたのために泣いてくれる。本当の生きる意味を見つけた瞬間にこれとか……あんたらしいと言うか……。でも、満足してるんだろう?」
鋼は唇を強く結び、天晴に向かって言葉を落とす。
そして、ふたりで天晴の体を火に入れる。
火はやがて天晴の体を包み込み、火の粉が夜空へと舞い上がっていった。
鋼と琴はただ黙って見守り、燃え尽きるまで一歩も動かなかった。
数刻後、残ったのは白く砕けた骨。
二人は丁寧にそれを拾い、土を掘って埋めた。
その上に石を積み上げ、天晴の墓を築く。
最後に、鋼が名刀・天晴を取り出した。
「あんたと共にあったこの刀……あっちでも使いたいだろ?」
そう言って墓の前に刃を突き立てると、刀は月の光を浴び、静かに輝いた。
こうして……天晴は土へ還り、その名は墓と刀に刻まれた。
その場に吹いた風が、まるで彼の魂を運ぶかのように静かに流れていった。
終幕その五に続く
作者の一言
こんにちは、シエルです。
実はこの小説を書きたかった一番の理由は、天晴の最後の言葉「これが自由に生きた者の、恋とやらに動かされた最後か……面倒な感情だな……」を言わせたかったからなんですよね……。
一番気に入ってる台詞です。
全話読んでくれている方は、最終話もよろしくお願いします。
まだ全話は見ていない方は、もしよろしければ最初から読んでくれると嬉しいです。




