四幕 ???戦 その四 覚悟
琴の足音が建物の裏手へと遠ざかっていく。
霧島天晴はその背中を視界の端で見送り、同時に正面……開かれた戸口へと、殺気の波が押し寄せてくるのを感じ取った。
「……来たな」
黒曜の装束を身にまとった者たちが、ぞろぞろと建物の前に現れる。
十人、二十人……それだけではない。背後にはさらに人影が揺れていた。
すでに、包囲されている。
天晴は、静かに構えた。鞘におさまっていた刀が、音を立てて引き抜かれる。
夕日に照らされたその刃が、燃えるような赤を帯びる。
「天ノ技・雷撃」
電のように走り出し、斬撃が一閃。
黒曜の一人が、反応する間もなく胸を貫かれて崩れ落ちた。
すかさず二人目、三人目……刀が残像のように舞い、敵の動きを先読みするかのような動きで的確に急所を突く。
「囲め!逃がすな!」
叫び声が飛ぶが、天晴の動きは止まらない。
押し寄せる敵の陣形の一角を突き破るように突進し、足元から鋭く踏み込む。
「天ノ技・辻風!」
回転を帯びた斬撃が周囲を払う。
四方に立っていた黒曜の兵が、裂かれたように一斉に吹き飛ばされ、地に叩きつけられる。
だが、次から次へと現れる黒い影。
倒したはずの数より、さらに多い気配が周囲を満たしていく。
(……数が減らない)
冷静に状況を読みつつ、天晴は息を吐いた。
だが、刀を納める気はない。まだ、琴は逃げている最中だ。足止めを続けなければ、必ず追手が向かう。
「……ならば、俺が全て受ける」
足を踏みしめ、次の技へ移る。
「天ノ技・光風」
一筋の光が流れ、黒曜の兵の間を素早く抜けていく。
時間差で痛みを自覚し、倒れる。
黒曜たちが動揺し、一瞬後退する。
その間隙を見逃さず、天晴は踏み込む。
「天ノ技・烈日」
上段から振り下ろされた斬撃が、弧を描いて三人をまとめて切り伏せる。
「天ノ技・日輪」
円を描くように放たれた斬撃が、包囲の一角を斬り裂いた。
天晴の衣は、風と汗と血に塗れていた。
だが、その目には一切の濁りも疲労もない。
(守ると決めた。ならば、立ち止まる理由などない)
まだ先は長い。敵も多い。だがそれでも……
この刃は、もう誰かを斬るためだけのものではない。
黒曜の者たちが倒れ、血が地を濡らす中。
その中心に、ひときわ異質な気配が現れる。
「……なかなかやるな、雇われ侍」
踏みしめる足音が、他の黒曜の兵とは違う。
黒漆のような甲冑に、長い槍。
その男は、ひと目で格が違うとわかる風格を纏っていた。
「この数を相手に、まだ立っているとは。だが……もう終いだ」
男の口元が、ゆがんだ笑みに歪む。
「さて、あの逃げた女……名は、琴と言ったか。お前が逃がしたあの小娘だ」
天晴の眉が、ぴくりと動く。
「俺たちはただ処分するだけだがな、時々は遊んでから処分する奴もいてな……さてさて、もうどれだけ送ってやったものか」
……ぞっ、と。空気が震えた。
天晴の刀が、まるで自然に抜けるように鞘から離れる。
刃は陽を反射し、血を求めるようにわずかに震えていた。
「……黙れ」
その一言は、感情の爆発ではなかった。
まるで冷たい湖の底から絞り出したような、静かな怒気だった。
「天ノ技・雷撃」
閃光のような踏み込みとともに、刀が空間を裂くように奔る。
一瞬、幹部の周囲の兵たち数人が、何が起こったか理解する前に地に伏した。
幹部の目が細くなる。
「……ほう」
その言葉を最後に、天晴はもう視線をそこへ向けなかった。
「……時間はない」
琴が危ない。そう確信していた。
幹部がわざわざ口にするということは、すでに追手が送られているという意味だ。
刃を血に濡らしたまま、天晴はすぐさま踵を返す。
「……琴ッ!」
山を駆ける風のごとく。
その姿は、まさに閃光だった。
四幕その五に続く
天ノ技紹介
辻風
四幕 その四に登場。風が渦を巻く様子。体をねじり、下から上へ渦を巻く攻撃。防御と攻撃、両方としても使いやすい。広範囲に対処可能。
光風
四幕 その四に登場。晴れた春の日に爽やかな風が吹く様子。優しい攻撃で、痛みを感じにくい。素早く敵を攻撃し、気づいたときには傷を負っている。