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三幕 紫尾金船戦 その四 末路

  町の通りは、夜風に包まれていた。

 しかし、その穏やかな空気の中に、不釣り合いな音が響いていた。


「わしがっ……この町の、主じゃあああ!! 誰が文句を言うかあああッ!!」


 紫尾金船(し び かなふね)は、酔いに赤らんだ顔でふらつきながらも、声だけは妙に通っていた。

 倒れた屋台の上に片足を乗せ、両腕を広げるようにして叫んでいる。

 見物していた町人たちは距離を取り、家の陰に身を隠していた。


 そこに、無音のまま踏み込む霧島天晴(きりしまてんせい)の足音。


「……紫尾金船」


 その名を呼ばれ、金船が振り返る。


「……ああ? おお、さっきの……何じゃ、もう一杯か? お主も飲めぇぇッ!」


 手にした瓢箪を振る仕草。

 中身はすでに空なのに、まだ飲んだつもりでいるらしい。


「やめろ」


 天晴の声は静かだった。

 だがその言葉には、冷たい刃のような重みがあった。


「町を壊すな。民を巻き込むな。それ以上暴れれば……俺は斬る」


 腰の刀を抜く。

 鞘走りの音が、夜に響く。

 月の光を反射するように、銀の刃が姿を見せた。


 それでも、金船は止まらなかった。


「なぁにぃ……刀を抜いたぁ? ……どうした、やるってのかぁ!? わしにぃ!? 大名にぃぃ!? 面白いじゃないか!!」


 大きく両腕を広げる。

 その動きは大振りで、酔った体がついてこず、よろめく。


 天晴の目が細くなる。


 ……酔いによる動き。乱れた歩幅、不規則な重心。

 経験則が効かない。

 読みにくい。予測が利かない。


 天晴は刀を中段に構えたまま、じっと間合いを見据えた。

 酔いの勢いで突っ込んでくるか、転ぶか、あるいは突然刀を抜くか……

 一瞬の誤判断が命取りになる。


「……おらあああああっ!!」


 突如、金船が声を上げ、こちらへと駆け出した。

 足取りは荒く、蛇行しながら迫ってくる。


 酒の臭いを撒き散らしながら、蛇行するように突っ込んできた金船。

 その姿に威厳も誇りもない。

 ただ、荒れた呼吸と足音だけが、夜の通りに無様に響いていた。


 ……今だ。


 天晴の足が一歩、すっと前に出た。


「……天ノ技・霜風」


 その声は、囁きに近かった。

 だが同時に、風が凍てつくような気配をまとって走る。

 天晴の一閃が振るわれると、夜の空気がびり、と凍結の音を立てた。


 金船の脇腹に斬撃。

 粗い傷に加え、凍るような非常に冷たい風の感覚がするため、声を上げずにはいられない。


「…ぐ、あああっ!!?」


 金船が悲鳴を上げ、よろめき、その場に膝をついた。

 手を押さえ、肩で荒く息をしながら、情けない声を絞り出す。


「い、痛いぃ……! な、なんじゃ今のはぁ……! や、やめろ…殺すな、命ばかりは……! わしは…だ、大名じゃぞぉ……!」


 みっともない命乞い。

 地面に這いつくばりながら、必死にすがるような目を向けてくる。


 天晴は刀を構えたまま、冷めた視線を落とした。


「……もうやめておけ。これに懲りたら、自分が大名であることを盾に、町に迷惑をかけるな。お前にそれを名乗る資格があるか、考え直せ」


 その言葉は、鋼のように静かで、鋭く重かった。


 金船も口を閉じ、静かになる。


 だが次の瞬間、どこかからぽつりと声が上がる。


「……紫尾のクズだ」

「やっと、やられたか」

「俺の店、何度も壊されて……」

「うちの子にまで手を出そうとした……!」


 町の影に隠れていた人々が、次々に姿を現した。

 怒り、憎しみ、諦め、そして抑え込んできた悔しさが混ざった顔が、次々と金船を取り囲んでいく。


「や、やめろ……おまえら、なにを…わしは、わしは大……」


 ぴしゃり、と誰かの手が金船の頬を打った。

 続いて、泥水をかける者、足元を蹴る者、罵声を浴びせる者。

 誰もが手を出しはしない。だが、言葉の暴力と屈辱だけで、金船の心を容赦なく切り刻んでいく。


「わしは…わしは……っ!」


 金船はうずくまり、もはや何も言い返せなかった。


 その光景を、天晴は無言で見つめていた。

 やがて、刀を鞘に戻すと、くるりと背を向ける。


「……行くぞ、美乃(みの)


「……はいっ」


 美乃は驚きと戸惑いを混ぜたような目で、なおも金船を見つめていたが、やがて天晴の背中を追った。


 夜風が再び吹き抜ける。

 喧騒を後に、天晴の袴が静かに揺れていた。


「その……天晴さん!」


 天晴に、美乃が話しかける。

 その背後から、町の人々も少しずつ集まってくる。


「あの……本当に、ありがとうございました」


 美乃は深く頭を下げた。

 それに倣うように、町人たちも次々と頭を垂れる。


「長年の苦しみを、やっと終わらせてくれた」

「これで、安心して暮らせる」

「大名だって、間違えたら罰を受けるってことを……示してくれたんだ」


 中には、目を潤ませている者もいた。

 老人が、手に握りしめた小袋を差し出す。


「これ……お礼の金だ。少ないが、気持ちとして受け取ってくれ」


「それと、うちの宿……今夜は無料で泊まってもらうから、遠慮せんでな」


「いや……」


 天晴は眉をわずかにひそめ、小袋を見下ろす。


「これは……多すぎる。これほどの金は要らない」


 その声は静かだったが、まっすぐだった。

 天晴にとっては、ただ依頼をこなしたに過ぎない。報酬以上の見返りは、必要ない。


 だが、美乃がその腕をそっと掴んだ。


「でも、みんなにとっては……それだけのことを、してくれたんですよ。恐怖も、諦めも、怒りも、全部……天晴さんが救ってくれたんです」


 町人たちの視線が重なる。

 感謝、敬意、そして安堵。


 天晴は一拍の沈黙の後、目を伏せるようにしてため息を吐いた。


「……そうか。なら、受け取ろう」


 静かに、小袋を受け取る。

 感謝を伝えるための行為を、きちんと受け入れた。


「宿も……一泊、借りる」


 町の人々が安堵したように微笑んだ。

 美乃も、どこか誇らしげに天晴を見上げていた。


 天晴は、町民に案内されて宿屋の一室へと移動する。

 座布団に腰を下ろし、湯に手を浸しながら、静かに息をついた。


 穏やかな空気。

 窓の外では、虫の音が微かに聞こえる。


 彼は、手元の報酬袋をじっと見つめた。


 これは、依頼の対価ではない。

 人々の感謝の重みだ。


「……多すぎる、か」


 もう一度つぶやいて、彼はゆっくりと眠ることにした。



四幕その一に続く

天ノ技紹介

朝露

一幕 その三に登場。葉っぱなどに水滴が付く様子。敵に張り付いて攻撃する。刀だけではなく、拳や蹴りなどの打撃も。敵に張り付くので、間合いに入られると弱い相手や爆発する武器を持っている相手に有効。

細氷

二幕 その三に登場。小さな氷の粒が空中を舞う様子。自身を中心に全方位の斬撃を高速で行う。防御型で、敵の攻撃を凌ぐ際に使う。特に遠距離攻撃に効果がある。今で言うダイヤモンドダスト。

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