第5話 社交界って、こんなに怖いんですか!?
式が終わり、祝福の鐘が教会に響く。しかし、その荘厳な音とは裏腹に、周囲の視線はどこか冷ややかだった。
神聖な雰囲気の中、私はふと周囲を見渡す。貴族たちは華やかに着飾り、優雅に微笑みながらも、その視線には明らかな値踏みの色がある。
(まあ、予想はしてたけど)
王子の花嫁としての私を見定めるような、あるいは好奇と軽蔑の入り混じった視線。その中で、小声の囁きが耳に届く。
「こうして見ると、本当に地味な顔に貧相な体ね……」
「いくら王子の相手が見つからないからって、落ち目の侯爵家と結婚なんて。王家は何を考えているのかしら」
唇を軽く噛みしめる。やっぱり、こういう反応よね。
これくらいの陰口、今さら気にするようなことじゃない。だけど、こうも露骨に言われると、さすがに胃が痛くなりそうだった。
「貴女たち。たとえ事実でも、品のない態度は控えなさい」
低く、しかし響く声。
振り向けば、深い紫のドレスに身を包んだ女性が鋭い視線を送っていた。威厳をまとったその姿に、場の空気が一瞬で凍りつく。
「す、すみません……マルグリット王妃様!」
婦人たちはたちまち萎縮し、そそくさと退散していく。
しかし、私の鼓動はまだ速いままだった。
(こ、この人がマルグリット王妃……!)
現在の国王陛下には、二人の妃がいる。
一人は側妃アルマ様。ノエル殿下の母親でありながら、宮廷内ではあまり表立って動くことは少ないと言われている。
そしてもう一人が正妃マルグリット様。
彼女は王族の中でも特に強い発言力を持ち、社交界においても一目置かれる存在。冷徹で強かな女性として知られ、その影響力は計り知れない。
そんな彼女が、わざわざ私を一瞥し、まるで値踏みするように睨むような目を向けてきた。
(え、ちょっと待って、そんなに睨まれる覚えはないんだけど!?)
ぎゅっと背筋を伸ばすも、彼女は興味を失ったかのようにフッと視線を外し、そのまま去っていく。
彼女の姿が見えなくなると同時に、私は張り詰めていた息をふっと吐き出した。
(あれが王族の貫禄……)
社交界の洗礼がこれほどまでとは。たった数秒の出来事だったのに、体中の力が抜けていくのを感じる。
(でも私、その関係者になっちゃったのよね……)
心の中で愚痴をこぼしながら、ドレスの裾を持ち上げ、歩みを進める。格式ばった礼儀作法に疲れ果て、足元もおぼつかない。
やがて慣れないドレスで足がもつれ、「しまった」と思った瞬間、体が前へと傾いた。
(まずい、転ぶ!)
と思ったそのとき――。
「大丈夫?」
不意に腕を引かれ、ぐらついた体を支えられる。
「す、すみません!?」
驚いて顔を上げると、そこには金髪碧眼の青年が微笑んでいた。陽の光を受けて輝くような柔らかな髪、優しげな表情。まるで絵画の中から抜け出してきたかのような美しさ。
(すっごいキラキラしてる……来賓の貴族かしら?)
「あぁ、失礼しました。僕はモルト。よろしくね」
流麗な所作で私の手を取り、軽く支える彼。
「モルト……?」
その名に聞き覚えがある気がするが、すぐには思い出せない。首を傾げていると、モルトさんは柔らかい笑みを浮かべた。
「今日はいい式だったよ。花嫁も美しいしね」
「あ、ありがとうございます?」
前世の経験も含め、想像していた結婚式とはあまりに違う。なんと返していいのか分からず、曖昧な返事をしてしまう。
「それじゃ、部屋まで気をつけてね」
モルトさんはノエル様とは違う、爽やかで優しげな笑みを浮かべ、軽やかに去っていった。
「貴族の中にも良い人がいるのね……」
(もしかしたらノエル様にも、意外な一面があるかもしれない。……そうよ。まだ結婚したばかりなのだし。これからお互いを知っていけばいいんだわ)
ふと、彼の冷たい横顔を思い出し、胸の奥がチクリと痛む。
(でも……彼は私に興味なんてないのかもしれない)
それでも、私は引き下がるつもりはなかった。
「――よし。もうちょっと頑張ってみましょうか!」
目指せ、良妻賢母である。
決意を込めて、私はぐっと拳を握りしめた。
◆
「……とは言ったものの」
夜、ノエル王子の寝室前。
(うぅ、緊張する!)
寝室の扉の前で、シュミーズ姿のまま私は立ち尽くしていた。