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【祝コミカライズ】銀狼殿下の専属薬師~冷酷な狼王子は私にしか懐かない~  作者: ぽんぽこ@銀郎殿下5/16コミカライズ開始!!


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第46話 神獣人の天命と、幼い傷跡


 夕陽を背に、私はほんの少しだけノエルの肩へ寄り添った。彼の手は相変わらず私の手を包んだままで、その熱がじんわりと指先へ移ってくる。

 さっきまで胸の奥に引っかかっていた苦い記憶も、不思議なくらい静かになっていた。


 だからこそだろう。

 次の瞬間、ぐいっと別方向から腕を引かれたとき、私は小さく目を丸くしてしまった。



「ねぇ! あっちの出店も見てみようよ!」


 ニケだった。

 空気を変えようとしてくれているのが、すぐに分かる。


「え、ちょ、ちょっとニケ……!」

「早く早く!」


 私の手を引いて駆け出すニケの足取りは軽い。

 つられるように数歩進んだところで、思わず笑みがこぼれた。


 まったく、この子は本当に気が利く。

 振り返れば、ノエルが少し遅れてこちらへ来ようとしていた。


 そのときだった。



「……おや、アンタ。もしや十年前の……」


 低い、しゃがれた女の声。

 ノエルがぴたりと足を止める。


 私もニケもつられて振り返ると、大通りの端に荷車を押した中年の女商人が立っていた。


 積まれているのは、乾燥させた薬草や色とりどりの布、香辛料の袋に、旅の道具らしい細々とした品々。風に焼けた肌と、鋭い目つきがいかにも場数を踏んだ商人らしい。


 その人が、食い入るようにノエルを見つめていた。



「俺を……知っているのか?」


 ノエルが低く問う。

 女商人は鼻を鳴らすように笑った。


「忘れるもんかい。あの銀の獣を……」


 その言葉に、ノエルの表情が目に見えて強張った。

 私の胸も、嫌なふうにざわつく。


 銀の獣。

 それはきっと、今のノエルではなく――まだ幼かった頃の、神獣人として扱われ始めた彼のことだ。


 ノエルは何かを言い返すでもなく、ただわずかに目を伏せた。

 その横顔を見た瞬間、私は胸の奥にひやりとしたものを覚えた。


 この人は、ノエルの何を知っているのだろう。



 ◇


 王城の冷たい石床の上で、幼いノエルは膝をついていた。


 まだ体も小さく、肩も細い。

 けれど、その前に立つ男――国王は、そんなことを一切考慮していない目をしていた。



「我が息子、ノエルよ」


 低く、重たい声が降ってくる。


「お前に任務を与える」


 顔を上げた先にあったのは、父親の情ではなく、ただ命令を下す王の視線だった。


「港町ズッパにはびこる、賊共を一掃せよ」


 拒絶も、躊躇も、許されない声音。


「神獣人としての役目を果たせ――」


 幼いノエルは震えた。

 けれど、頷く以外に許された選択肢などなかった。



 ◇


 潮と血の匂いが入り混じる、港町の地下倉庫。

 そこは人の売買に使われていたらしい、薄暗く湿った空間だった。


 布を頭からかぶせられた子どもたちが、檻の中に押し込められている。泣き声を上げる子もいれば、すでに声も出せず震えている子もいた。


 その前に立つ幼いノエルを取り囲んでいたのは、この国の人間ではなかった。


 浅黒い肌に、砂色の布を巻き付けた異国の装い。

 首や腕には金属の装飾がじゃらりと下がり、曲刀や湾曲した槍が薄暗い灯りを鈍く反射している。


 砂漠の民特有の顔立ちをした男たちは、獣を見る目でノエルを睨んでいた。



(この国の人間じゃない……? ……くっ)


 迷っている暇はなかった。

 一人が吠えるような声とともに斬りかかってくる。


 次の瞬間、ノエルの体はもう反応していた。

 弾かれる刃。

 蹴り飛ばされる大人の体。

 狭い倉庫に鈍い音が連続して響く。


 怖い。

 けれど、それ以上に止まれなかった。


 止まれば、自分が斬られる。

 止まれば、檻の向こうの子どもたちがもっと酷い目に遭う。

 だから、躊躇っている余裕なんてなかった。



 いつの間にか、床には何人もの賊が転がっていた。

 荒い息を吐きながら、ノエルは檻へ近づく。


「もう、大丈夫だ」


 小さな手で鍵を外し、頭からかぶせられていた布を取ってやる。


 助けたかった。

 安心させたかった。

 なのに――


「ありが……ひっ」


 布の下から自分を見た子どもたちは、揃って顔を引きつらせた。


 泣き出す子。

 後ずさる子。

 怯えきった目。


 ノエルは反射的に、自分の手を見下ろした。


 血に濡れていた。

 爪も、腕も、服も。

 まるで本物の獣のように。


 胸の奥が、冷たくなる。

 助けた、はずだった。

 それなのに。


 助けられた側にすら、こんなふうに恐れられるのか。



「あ、待って……!」


 幼い女の子の声が背中にかかった。

 けれどノエルは振り返れなかった。


 そのまま、ふらふらと倉庫を出る。

 誰もいない裏路地にたどり着くころには、呼吸は乱れ、全身の力も抜けかけていた。


(助けたはずの人質にすら怯えられて……自分の凶暴さが恐ろしくなった)


 胸が焼けるように苦しい。

 手も震えていた。


 これは国のためだ。

 神獣人の天命だ。

 そうやって、自分に言い聞かせる。

 そうでもしなければ、自分が何者なのか分からなくなりそうだったから。



「……疲れた。少し、休もう」


 壁にもたれたまま、その場にずるずると座り込む。

 目を閉じると、体が急に重くなった。


 初めての本格的な戦闘だった。

 傷も痛みも、もうよく分からない。

 そのままノエルは、気を失うように眠りへ落ちていった。



 ◇


 その頃、まだ幼かった私は、物陰からそっとその姿を見つけていた。


 助けてくれた子だ。

 顔は血と汗で汚れていて、さっきまであんなに恐ろしく見えた銀の髪も、今はぐったりと力なく垂れている。


 死んでいるのではないかと、ひやりとした。



「あ、あの……」


 声をかけようとして、けれど足が止まる。

 怖くなかったわけではない。

 あの戦いを見てしまったあとでは、なおさらだ。


 それでも。

 このまま置いていくのは、どうしても嫌だった。



 私はおそるおそる白衣の裾……ではなく、当時のぼろ布の内側に隠し持っていた小瓶を取り出した。


 傷に塗れば、少しだけ痛みを和らげる薬。

 自分のために作っていた、ささやかな手持ちのひとつだった。

 眠るノエルの足元に、そっと置く。


「……ありがとう」


 聞こえるはずもない声でそれだけ呟いて、私はすぐにその場を離れた。



 ◇


 どれくらい経ったのか。

 裏路地の外から、騒がしい声が近づいてきた。


 ノエルがうっすら目を開けると、そこにいたのはツィオだった。



「起きたか?」

「……ツィオ」


 安堵と疲労が入り混じった声。

 そのとき、ノエルは足元に小瓶があることに気づいた。


 見覚えのない薬。

 けれど、体はもう限界だった。

 半信半疑で傷に塗ると、ひりつく痛みが少しだけ和らぐ。


 ツィオは何も言わず、ただノエルの様子を見ていた。



「帰るぞ。陛下に報告だ」

「……ああ」


 ノエルは小瓶を握りしめた。


(……俺のために薬を?)


 疲れ切った頭では、そこまでしか考えが及ばなかった。

 それが誰のものかも知らず、ただ、そばに来てくれたのがツィオだったから。


(……ありがとう)


 そうしてノエルは、ツィオの優しさだと思い込んだ。


 初めての任務。

 初めて人を傷つけた夜。

 初めて、自分の凶暴さを心底恐れた日。


 そんな日に手を差し伸べてくれた相手として、彼の存在は深く刻み込まれた。


 だからこそ、ノエルはツィオに依存していったのだ。

 自分を化け物ではなく、まだ人として扱ってくれる数少ない誰かとして。



 ◇


「……あの頃のアンタは、痛々しかったよ」


 女商人の声で、私は現在へ引き戻された。

 いつの間にか、通りのざわめきが少し遠く感じる。


 ノエルは目を伏せ、わずかに拳を握っていた。

 その横顔には、普段の無表情とは違う固さがあった。

 思い出したくない記憶を、不意に暴かれた人の顔だ。



「……あの日もアンタを連れたツィオを偶然見かけてね」


 女商人は懐かしむように目を細める。


「もう何十年と会ってなかったから、それは驚いたさ」

「ツィオの過去を知っているのか……!?」


 ノエルが顔を上げた。

 その声には、驚きと焦りが混じっている。

 ツィオのことになると、やはり彼は隠しきれない。


 女商人の瞳には、遠い記憶の色が宿っていた。



「……何も聞いてなかったのかい」


 ふっと、少し寂しそうに笑う。


「ふふ、アイツらしいね……」


 その言い方は、ただ知っているというだけではない。

 もっと深いところで、ツィオという人を覚えている声音だった。


 私はごくりと息を呑んだ。

 ノエルも、ニケも、次の言葉を待つように息を潜めている。



 夕暮れの港町を吹き抜ける潮風が、荷車の上の薬草をかさりと揺らした。


 知らなかった過去が、またひとつ、静かに扉を開こうとしていた。


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「私を虐げた義妹の子を育てることになりました。元婚約者が今さら親権を主張してきましたが、いつまで選ぶ側だとお思いですか?」
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― 新着の感想 ―
ま、まさかマリーちゃんを助けてくれた人がノエル様だったとは……。と、驚き通していた読者です。 動かないといけなかった。助けたら助けた人に怖がられた。 この事件は子供時代のお二人に傷を残したものだったん…
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