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【祝コミカライズ】銀狼殿下の専属薬師~冷酷な狼王子は私にしか懐かない~  作者: ぽんぽこ@銀郎殿下5/16コミカライズ開始!!


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第41話 君が何者でも、構わない

「兄上──これを見ても、そんなことが言えるのか?」


 モルト殿下は懐から一枚の報告書を取り出し、ノエルの目の前に突きつけた。


 ……その紙が視界に入った瞬間、私は息を呑んだ。


(やっぱり……)


 スラム時代の記録。違法調合。拾い子。

 すべて──私の“過去”。



「兄上は、この女の正体を本当にご存じなのか? この経歴を知って──それでも王族の傍に立たせると?」


 胸の奥が、きゅう、と凍りついた。

 でも……逃げない。


 私はただ視線を伏せ、言葉を失ったまま立ち尽くす。


 ノエルが報告書を受け取り、無言で目を通す。


 そして──


「……どうして正直に言ってくれなかった?」


 静かな声が、胸に突き刺さる。


「そんなに……俺を信じられなかったのか?」


「それは……!」


 言い訳なんてできなかった。怖かった。拒絶されるのが、嫌だった。


 私の唇が震えたその瞬間──



「ほら見ろ!」


 モルト殿下が吐き捨てるように声を上げた。


「君のような者が、兄上の傍にいること自体が間違いなんだよ!」


 広間に響き渡る冷たい声。

 だがその直後──


 ノエルは報告書を静かに閉じ、鋭い眼光でモルト殿下を睨みつけた。


「……だからなんだ」


 空気が、一瞬で凍りつく。


「マリーが何者であろうと、離縁するつもりはない」


「っ……!」


 驚いて顔を上げた私に、ノエルはちらりと優しいまなざしを向けてくれた。

 その一瞬で、胸の奥に溜まっていた恐怖が少し溶けていく。



 彼は報告書を机に置き、モルト殿下へと向き直る。


「お前がマリーに、どんな薬を作らせようとしたか──全部知っている」


「……なんだって?」


「ニケが、お前とのやりとりを全部見ていた。精霊魔法で姿を消して、最初から」


 思わず私の呼吸が止まる。


「命令に従わせ、感情を鈍らせる薬。それを“首輪”だと喩えたお前の意図もな」


 ノエルはそっと私の手を握った。

 温かい掌が、心の震えを包み込む。


「俺は信じてた。お前がそんな薬を作るわけがないと。それに……黙って耐えていたと。今のマリーの態度も見て、納得した。なぜ何も言わず、自分の判断で進んだのか──それがお前なりの戦い方だったんだな」


 モルト殿下が驚愕に目を見開く。


 ノエルの静かな声が、静謐な広間に落ちる。



「それで? 言いたいことは、それだけか?」


「兄上、これは国のために──」


「黙れ」


 冷たい響きが、広間に鋭く跳ねた。


「誰かの過去を晒してまで、何を守ろうというんだ」


 ノエルは私の肩に手を置き、まっすぐに告げた。


「俺は彼女と共に生きる。それが俺の選択だ」


「そんな女のせいで、神獣人の血筋が──」


「その“神獣人”という名の呪いに、俺はもう縛られたくない」


 ノエルの目は静かで、揺るがなかった。



「国を守るのは俺の役目だ。だが、その形を変えることは俺の責任でもある。神獣の力にすがらずとも、人が人として立てる国に──」


 そして私の手を、もう一度ぎゅっと握る。


「彼女となら、それを目指せる」


 その言葉を聞いた誰もが口を開かず、誰も動けずにいた。

 広間を包む静謐は、まるで時間そのものが止まったかのようだった。


 モルト殿下もまた、報告書を手にしたまま、ただ立ち尽くしていた。

 その指先はわずかに震え、握りしめた紙がかすかに軋む音を立てる。



 だがゆっくりと──本当にゆっくりと顔を上げる。

 ノエルと視線を合わせた殿下は、ひとつ乾いた笑いを漏らした。


「……兄上は、やっぱり愚かですね」


 けれどその笑みには、いつもの優雅な余裕はなかった。

 初めて見る──年相応の、不器用な、どこか寂しげな表情。


 ノエルは何も言わない。見返すだけだった。

 その静けさに耐えきれなかったのか、モルト殿下は息を吐き、視線を逸らした。



「……僕はね、ずっと周囲の人間を憐れんでいたんです」


 その声は、さきほどの怒りとは違い、どこか遠い記憶を思い返すような響きを帯びていた。


「平民も、貴族も、皆同じ。誰も逆らえない。上から支配され、下を支配する。そうやって生きるしかない、哀れな存在だと思っていた」


 殿下は手にする報告書を見下ろし、肩を震わせて小さく笑う。


「僕は“王子”。生まれた瞬間から、人を支配する側だと決めつけられた。……それはまるで運命という鎖のようでしたよ」


 その言葉は、皮肉でも傲慢でもなく──ただ静かな告白だった。


「国や王が変わっても、民の本質は変わらない。神でもない限り、この鎖から誰も逃れられない。だったらせめて……“被支配者”たちを救ってやろうと思った」


 殿下は目を伏せ、唇を噛む。


「多少の犠牲が出ても仕方ない。そう思っていた。運命に抗う者も、皆可哀想な奴だとしか見えなかった」


 その先の言葉が、僅かに震えた。


「……神獣人という“呪い”を背負って生まれ、努力しても報われず、救った人々から恐れられる。そんな兄上を救えるのは、僕しかいないと──本気で思っていたんです」


 私は思わず息を飲んだ。

 殿下の胸の奥にこんな想いがあったなんて、想像もしていなかったから。



 モルト殿下はゆっくりと顔を上げる。

 その瞳には、悔しさとも寂しさともつかない揺れがあった。


「でも……兄さんは違った。マリーという存在に救われている」


 私の名が出た瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。


「そこに支配はない。ただ、愛情がある。人の心など脆くて当てにならないと決めつけた僕とは……真逆の道を歩いている」


 殿下は私とノエルを見比べ、唇を震わせた。


「愛なんてまやかしだと思っていた。でも……目の前に、確かに“本物”が存在している」


 その声は、ほんの少し掠れていた。


 報告書を握りしめる殿下の指先が、力なく緩む。

 彼はそれを捨てるでもなく、ゆっくりと懐に戻した。そして背を向ける。



「……兄さん。あなたはずっと、自分を偽らずに生きてきた」


 広間の出口に歩みを向けながら、殿下はかすかに言葉を落とす。


「そんな生き方、いつか後悔すると馬鹿にしていた。でも……」


 小さく笑った。その背中は、先ほどまでの威圧感が嘘のように静かだった。


「まさか、自分が羨ましく思う日が来るなんて」


 その一言は、痛いほどの本音だった。


「生まれや肩書きを恨んでいた。──でもその“しがらみ”に、一番囚われていたのは……僕だったみたいだね」


 そう呟き、殿下は静かに広間を去っていった。

 足音だけが、ぽつり……ぽつり……と遠ざかっていく。


 ノエルはその背中を追いかけなかった。ただ静かに見送った。



 広間に静寂が戻る。


「……分かり合えたとは言えない」


 ノエルの声は低く、けれど優しかった。


「だが、“何か”がアイツを変えたのは確かだ」


 私はその横顔を見つめ、そっと目を伏せる。

 胸の奥がじんわりと温かく、そして痛かった。


 広間に残されたのは、静寂と──モルト殿下が残した余韻だけだった。


拙作をお読みいただき、本当にありがとうございます。

皆さまからの応援が、日々筆を取る力になっています。

もしお気に召しましたら、★評価などいただけましたら嬉しく、今後の創作の励みになります。

これからも少しでも楽しんでいただける物語を紡いでいければと思っております。

心より感謝をこめて──今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

◤  5月より漫画連載スタート!  ◥

   こちらはノベル版となります。

◣(小説家になろう・出版社の許諾済)◢

挿絵(By みてみん)

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