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【祝コミカライズ】銀狼殿下の専属薬師~冷酷な狼王子は私にしか懐かない~  作者: ぽんぽこ@銀郎殿下5/16コミカライズ開始!!


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第30話 救いの手



 「……では、こちらはいかがかしら? 遠方から取り寄せた特別なお酒。もちろん、何も混ざっていない純粋なものよ。証拠に、今ここで——」


 カテリーナ様がそう言って一気に飲み干した次の瞬間、


「っ……!」


 目を見開いたまま、身体がぐらりと揺れた。


 会場中が凍りついたような静けさに包まれる。



「た、大変……!」


「誰か、医師を呼べ!」


 ノエルの声が響くより早く、私は瞬時に駆け寄り、膝をついてカテリーナ様の身体を支えていた。


「応急処置をします。失礼します、カテリーナ様!」


 ためらいなどなかった。私は彼女の口を開かせ、指を差し入れる。反射的に噛みつかれたが、怯まずさらに奥へと押し込む——


「っ、けほっ、けほっ……!」


 喉を刺激され、彼女は胃の中のものを吐き出した。



「……よかった」


 安堵も束の間、私はすぐに次の手を考える。立ち上がり、近くの花瓶に駆け寄ると中の花を抜き取り、水を器代わりに注ぎ入れた。食事のテーブルから岩塩と砂糖菓子を掴み、手のひらで潰して水に混ぜ合わせる。


「さぁ、これを飲んで!」


 ノエルが驚いたように問う。


「それは……?」


「体内のお酒を薄めるための緊急処置です。気休めかもしれませんが、やらないよりはずっといいです!」


 震える彼女の唇に器を当て、少しずつ無理やり飲ませる。最初は拒むようにこぼれ落ちたが、やがて喉が動き、水を受け入れた。


 青ざめていた顔に、ようやく僅かな血色が戻り始める。私は息を詰めてその変化を見守り、胸の奥に小さな祈りを抱いた。


 周囲にいた人々の間から、ほっとしたような息が漏れる。けれど、その視線には安堵よりも、困惑と疑念の色が濃かった。


 カテリーナ様の取り巻きたちは、遠巻きに成り行きを見つめるばかりで、誰一人近づこうとはしない。


(……どうして……こんなことに……)


 意識の深淵で、カテリーナ様はか細い声を震わせていた。




 空は青空に太陽が高く昇っていたが、徐々に光が翳り始めていた。


 カテリーナ様が運ばれ、完全に人々の視界から消え去ったころ、場には再び穏やかなざわめきが戻り始めていた。


「……さっきのマリー様、見た? あの所作……」

「最初は気後れしてたみたいだけど、立ち姿がどこか凛としていたわ」

「前の王妃様のドレスだし、あのワインの受け取り方は、昔の公国では正式なマナーとされていたものです」


 貴族たちの間に、確かな“空気の変化”が広がっていく。


 私は壁際で静かに佇んでいた。会場の喧騒が遠のいていく中、自分の中にも静かな波が引いていくのを感じる。



(なんだか、変なことに巻き込まれちゃったな……)


 ふと、傍らにそっと影が差した。


「……お手柄だったな、マリー」


 振り返ると、そこにはノエルの姿があった。


「ノエル様……」


 軽く頷き、疲れを見せずに微笑む彼は言う。


「さぁ、あとは祭りの締めくくりを見届けるだけだ」


 「……はい!」


 ノエルに導かれるまま、私は飛灯の儀へと足を運んだ。並べられたランタンは様々な形や色をしていて、それぞれが誰かの願いを込められるのを待っている。



「さぁ、マリー。そろそろ時間だ」


 ノエルの声に、私は空を仰いだ。さっきまで眩しく輝いていた太陽が、影に覆われてゆく。


「……太陽が、消える……」


 完全に闇に閉ざされた空。漆黒の夜が訪れたようで、思わず息を呑む。一瞬、世界から光が奪われてしまったかのような錯覚に陥った。


「飛灯を空に上げるぞ」


「はい」


 そっと手を離すと、二人のランタンはふわりと舞い上がった。周囲でも次々に光が宙へと昇り、それぞれの願いが小さな炎に託されていく。薄暗い会場を、淡い光の群れが照らし出していた。


「……綺麗」


 思わず呟いた声は、夜風に溶けていった。



 ◇


 祭の余韻が遠ざかり、夜。王城の回廊には静けさが戻っていた。ノエルの居室に入ると、暖炉の火が静かに揺れ、薄明かりの中に重ねられた書類と薬瓶が見える。その向こう、ソファに並んで腰掛ける二人の影があった。


「……お前、貴族の間で噂になっていたぞ」


 低く静かな声に、私はびくりと身を固くした。


「や、やっぱり何かやらかしちゃってたんですか!?」


「……救助中とはいえ、裾をはだけさせてまで介抱するとは。お前はもっと、自分の立場を意識しろ」


「うぐ……やっぱり……」


 ソファの上でしゅんと肩を落とす。どうしても、マナーや立ち振る舞いには自信が持てない。



「やっぱり貴族のマナーとか、無理です……(社畜やってたときの方が、まだわかりやすかった……)」


 私がしょんぼりするのを横目に、ノエルはふいに視線を逸らし、ぼそりと呟いた。


「ああいう場には、無理に出席しなくてもいい。……俺が何とかする」


「……え、まさかですけど、私がいろんな人の目に触れるのが嫌だったんですか?」


「はあ!? そ、そんなわけ……あるかっ」


 珍しく声を上ずらせて狼狽えるノエル。その姿が可笑しくて、私は口元を押さえながらくすくすと笑ってしまった。


「ほら、赤くなってる」


「ち、違う! あんまり調子に乗るな……!」


 私がノエルの顔を覗き込むと、今度は彼が体勢を逆転させ、私を軽々と組み敷いた。



「お前が……からかうから……責任、取れよ」


「……責任って……え、ちょ、ちょっと、ノエルっ……!」


 顔がすぐ目の前に迫る。その頬はほんのりと赤く染まり、瞳には揺らぎと熱が灯っていた。


(……この人、普段はあんなに冷静なくせに、どうしてこういう時だけ、こんなに……可愛いの)


 胸元に触れた手が熱を帯び、世界がふわりと緩む。


 ──夜は、ゆっくりと深まっていく。



 ◇


 深夜、王都・貴族区の静かな館の一室。窓のカーテンは閉ざされ、蝋燭の炎だけが揺れていた。


 ふかふかのソファに身を沈めているのは、カテリーナだった。紅いドレスは崩れ、整えられた髪もほつれ、いつもの威厳とは似ても似つかぬ姿。


(……なんでよ……どうして……私だけが……っ)


 その目は赤く潤み、悔しさと嫉妬と自己嫌悪が入り混じっていた。


 そこに、静かに扉が開く音。



「……誰?」


 顔を黒いヴェールで覆った人物が入ってきた。その手には小さな銀の瓶が握られている。


「気分が良くなって、すべてを忘れられる薬ですよ……」


「……何、それ」


「狼牙、と呼ばれています。飲めば──煩わしい記憶も、痛みも、溶けてなくなる。あなたの望みは、忘却でしょう?」


 その声は妙に優しく、甘く響く。カテリーナはその瓶を震える指で受け取った。


(……全部……忘れられるなら……いっそ……)


 銀の瓶の蓋が、静かに開かれる。──再び、静寂だけが室内を支配した。



拙作をお読みいただき、本当にありがとうございます。

読者の皆さまの応援が書く原動力となります。

もしよろしければ、★評価などいただけますと、作者の励みになります。

今後の創作にもつなげていきたいと思っております。

心より感謝をこめて──今後ともよろしくお願いいたします!

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◤  5月より漫画連載スタート!  ◥
   こちらはノベル版となります。
◣(小説家になろう・出版社の許諾済)◢
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― 新着の感想 ―
カテリーナさん!! どうにか生きていてくれて良かったです(●´⌓`●) そう思った直後にまさかの狼牙⋯⋯⋯。一体どうなっちゃうんでしょうか⋯⋯。 そしてマリーちゃんのカテリーナさんへの対応の迅速さ!!…
感想一覧
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