表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/33

第3話 拾われた命と、手に入れた家族のぬくもり


 私には、誰にも言えない秘密がある。

 それは元々この世界の生まれではない、ということ。


 かつての私は、ただの薬剤師だった。

 毎日仕事に追われ、恋愛や趣味なんて後回し。

 患者さんのために尽くすことが私のすべてだったのに……。



 ある日の夜。仕事を終え、都会から電車に揺られて一時間。

 静かな住宅街の歩道を歩く私の足取りは、疲れのせいでどこか重かった。

 街灯の明かりがぼんやりと足元を照らし、まるで誘うように家までの道を示している。


 ふと、遠くからエンジン音が大きくなるのを感じた。


 ――嫌な予感。


 視線を向けた瞬間、猛スピードで迫る車のライトが視界を埋め尽くした。



 次に目を覚ますと、そこは見たこともない場所だった。


 私はスラム街の中で、ぼろぼろの服を着た子供の姿で立ち尽くしていた。



「転生って、普通はお姫様とか貴族令嬢になるものでしょ!? なのに、なんで私はこんな薄汚れた路地裏にいるの……? これ、なにかの間違いじゃないの?」


 薄汚れた自分の小さな手を見下ろす。動揺で震えが止まらない。


 目の前には、粗末な家が立ち並ぶ狭い路地。周囲を見回すたびに胸がざわついた。「こんなはずじゃない」と心の中で何度も繰り返す。でも、どこをどう見ても、ここは異世界。


 そして現実はあまりにも非情だった。


 食べ物なんて簡単には手に入らない。草をちぎって食べてみても苦いだけ。薬草をすり潰し、少しずつ売って小銭を稼ぐしかなかった。


「野垂れ死になんて、絶対に嫌……」


 それでも薬を作り続けていれば、なんとか生きていける。そう思っていた。だけど――



 転生から数年後。


 夕焼けに染まるスラムの廃墟。


 私は壁にもたれて座り込み、空をぼんやりと眺めていた。



「もうダメ……。お腹すいた……死ぬ……」


 伸びきった黒い前髪の隙間から指を見つめると、痩せこけた手が震えている。


「あーあ、また独りぼっちの最期かぁ……」


 全てを諦め、目を閉じた。


 前世ではいつも仕事に追われ、家に帰れば一人。温めるだけのコンビニの弁当を食べ、テレビの音だけが響く部屋。親とは疎遠で、恋人を作る暇もなかった。


 だから、せめて次の人生では――。


「今度こそ、家族が欲しかったんだけどな……」



 その時。


「お兄様! まだ息がある!」


 ぼんやりと意識が遠のいていく中、口の中に流し込まれる液体の感触。


「これ……薬……?」


 そのまま意識が途切れ、次に目が覚めたのは、朝日が差し込む寝室。


 柔らかいベッドの上で目を開けると、二人の人影が見えた。



「最近噂になっていた薬。どうやらこの子が作っていたらしい」


 ――助けてもらったの? 私のことを話してる……?


「この子が!? わたくしと同じくらいの年じゃない!」


「それに、スラムの孤児がこんな高度な薬を作れるはずが……。だが、問題はどうするかだな。薬の闇売買は重罪だからな」


 ――え、私、犯罪者!?


 どうしよう。スラムの孤児なんかが捕まったら、どんな目に遭わされるか。


 ベッドの上で焦る私。



「……そうだわ。ねぇ、お兄様。この子、養子にしちゃいましょう!」


「……え?」


 驚いて声を上げると、少女が私を見て、ニッコリと微笑んでいた。


「こんな有能な薬師を見逃すなんてもったいないわ。なにより我が家にピッタリの人材でしょ?」


 まるで買い物みたいなノリに、私はただただ呆然とした。


「安心して。今日からあなたは、わたくしの妹よ!」



 ◆


 昼下がり、穏やかな陽光が降り注ぐシェラード侯爵邸。


 執務室で兄姉たちが言い争う中、私はふと自分の手を見つめる。


 かつては荒れ果て、冷たく、痩せ細っていた指先。それが今では、すべすべとした温かみを帯び、しっとりと整えられている。



(あの日、私は死ぬ運命だった……)


 そんな運命に抗うように、二人は私を拾い、家族にしてくれた。


 記憶が鮮明に蘇る。



 ――ケアラ姉様と並んで庭の小さな花壇に種を蒔いたこと。


「ここに植えたら、春には可愛い花が咲くわよ!」


 泥だらけになりながら笑い合い、ほんの小さな芽が顔を出しただけで手を取り合って喜んだ。あの時の嬉しさは、今でも胸に残っている。



 魔法薬の調合が成功した日。


「お前は本当に、薬師としての才があるな」


 リアン兄様にそう褒められた瞬間、言葉にならないほどの幸福感に包まれた。


 私を「家族」として迎え入れ、私の能力を信じてくれた二人。両親を失ったばかりの彼らも、本当は心細かっただろうに、それでも私に手を差し伸べてくれた。



(でも、そのおかげで私は――もう一度、薬師として生きることができた)


 私は拳を握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。


(だから今こそ、この恩を返さなくちゃ)


 胸の奥に、静かに灯る決意。



「お姉様。その縁談――私が代わりに嫁ぎます」


 リアンとケアラの前に堂々と立ち、宣言する。


 二人は目を見開き、私を見つめる。


「わたくしの身代わりになるって……あなた、何を言っているのよ!?」


 ケアラお姉様の声が部屋に響く。驚きと戸惑いが混じった表情で、彼女は私を見つめていた。


「第一、縁談はケアラ宛に来たんだぞ?」


 リアン兄様も腕を組み、冷静ながらも困惑の色を見せている。



「目的はお姉様ではなく、侯爵家の知識。たとえ私でも問題無いはずよ。それに……私の実力は二人が一番よく知ってるでしょ?」


 私はまっすぐに二人を見つめた。


 長い間、二人に支えられながら薬師として成長してきた。その恩を返す時がきたのだ。


「だから、私に任せて」


 自分に言い聞かせるように、そう呟いた。


 こうして私は、侯爵家の娘として、そしてひとりの薬師として、ノエル・クレアルーンの元へ向かうことになったのだった。




もし気に入ってくださいましたらブックマークをお願いします!

感想、☆☆☆☆☆評価もお待ちしております(´;ω;`)


作者へのとても大きな励みになります。

よろしくお願いいたします(*´ω`*)

◤  5月より漫画連載スタート!  ◥

   こちらはノベル版となります。

◣(小説家になろう・出版社の許諾済)◢

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◤  5月より漫画連載スタート!  ◥
   こちらはノベル版となります。
◣(小説家になろう・出版社の許諾済)◢
bwmd4qh49dwuspxh50ubf887kg2_t3m_bo_fk_6xau.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ