第22話 それでも私は、薬師で在る
(えっ、まさか……特効薬が作れない……?)
胸の奥がざわめく。
私が命がけで作り出したあの薬が、ここでは通用しない……そんなこと、あっていいはずがないのに。
私は胸のざわつきを押し込めながら、薬師協会の本部へと足を踏み入れた。
白壁に包まれた静謐な空間。棚に整然と並べられた薬草、瓶詰めされた素材には丁寧なラベル。調合室には最新式の魔導器具や真空保存装置まで揃っている。
(これは……神経系の毒にも対応できる器具だわ! こんなの、初めて見る!)
気づけば私は、すっかり見学モードに入っていた。ノエルやお兄様の存在すら、どこか遠くに追いやって──
「ちょっとお兄様!? どうしてこんな素敵な場所を今まで黙っていたんですか!」
「こんな時になにをしているんだ、マリー!」
慌てて駆け寄ってきたお兄様に肩を掴まれ、ようやく現実に引き戻された。私はなおも棚の薬草に未練たっぷりの視線を向けていたけれど、お兄様は本気で怒っていた。
「我を忘れて暴走するからだよ!」
言われて、思わずむっとした。
(だって、薬師にとってはここ、まるで夢のような場所なんだもの!)
そんな私たちのやり取りを、冷ややかな視線が射抜いた。
「やはり誇りある協会が、こんな気色の悪い女の薬を作れるわけがありませんね」
神経質そうな眼鏡の男。白衣には金糸の装飾。薬師協会の上級職であることは一目で分かった。
「そんな、彼女はれっきとしたシェラード侯爵家の者です!」
お兄様がすぐに声を荒げる。
だが男は、冷笑を浮かべたまま鼻で笑った。
「侯爵家? それがどうしたというのです。薬師に必要なのは知識と技術。家柄や性別など、むしろ不要なものです……とはいえ、女に務まる領分だとも思いませんがね」
その瞬間、私の中で何かが静かに、確かに弾けた。
(お兄様……)
本当は私は、ただの孤児だった。
けれどリアンお兄様は、戸籍を用意してまで、私を妹として迎えてくれた。
どんな場所でも、どんな相手にも、胸を張って──
その誇りが、今の私を支えている。
「だが所詮は女。どうせ人の命を扱う覚悟もないでしょう。箱入りのご令嬢は大人しく家で刺繍でもしていればいいのですよ、ははは!」
……その言葉だけは、どうしても許せなかった。
「命を扱う……覚悟、ですって?」
私はゆっくりと男の方へ向き直る。
その声は静かで、けれど胸の奥から燃え上がるような熱を秘めていた。
「……あるわ。とうの昔に、覚悟ならできている」
空気が、ぴんと張り詰める。
「私は薬師よ。何百回も、何千回も、命と向き合ってきた。助かる命、助けられなかった命。そして──私の判断一つで、命を落とすこともある」
白衣の裾が揺れる。
「だからこそ、知識も技術も、そして心構えも、誰よりも重く受け止めてきたわ。性別がどうこう語る前に、自分の覚悟を見つめ直したら?」
男の口がわずかに開き、言葉を失っていた。
でも、私はもう止まらない。
「ノエルの薬に不備があったのなら、それは私の責任よ。私は、薬師としてその覚悟でここに立ってる。誇りと、命を背負って」
それが、私の覚悟。
お兄様がくれた“家族”という名の盾に、私自身の意志を重ねて。
私は、誰よりも誇り高く──そして真っすぐに、この場所に立っていた。
「仕事中に何を騒いでいる」
重く、低く、地を揺らすような声が響いた。
その瞬間、場の空気が一変する。
振り返ると、そこに立っていたのは、まるで白衣を着たフランケンシュタインのような巨漢。
筋骨隆々とした肉体に、無表情な鋭い目。身長は二メートル近く、薬師というよりも軍人と呼ぶほうがよほどしっくりくる。
「きょ、協会長……!?」
さっきまで尊大な態度をとっていた上級薬師が、声を裏返して後ずさった。
(あの人が……シャグラン協会長!?)
噂には聞いていた。協会内でも恐れられている冷酷無比な男だと。
だが、そんな鉄のような男の隣に、ひょっこりと現れた優しげな青年がいた。
「まさかモルト殿下が連れてきたんですか?」
私が思わずそう口にすると、彼──モルト殿下はにこりと笑った。
「そうだよ。ほら、僕が居て正解だったでしょ?」
悪戯っぽく笑うその顔に、ノエルがジト目を向ける。
「さてはお前、こうなるタイミングを狙っていたな?」
「えー、そんなことないよー。たぶん、ね?」
お兄様はそんな二人のやりとりを見ながら、私の耳元でそっと囁いた。
「だが気をつけろよ、マリー。シャグラン協会長はとても冷酷な男なんだ」
「え?」
「気に入らない薬師は片っ端からクビにするぐらいだからね。彼と同じ侯爵である私でも逆らえない」
青ざめた顔でそう告げるお兄様に、私は息を呑んだ。
(そんな、味方じゃないってこと……?)
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