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10/33

第10話 夫婦なのに、どうしてこんなにも遠い。

いよいよ来週5/16(金)より、本作の漫画が連載開始となります!

https://comic-seasons.com/


「こんな所で何をしている」


「ひゃあっ!?」



 低く落ち着いた声が背後から響き、飛び上がりそうになる。


 ギギギ、とゆっくり振り返れば、いつものように不機嫌そうなノエル様が、廊下の奥に立っていた。


 銀の髪が朝の光に照らされて煌めき、その赤い瞳はまっすぐにこちらを射抜いてくる。その姿はまるで、月の騎士――凍てつく銀の美しさを纏った孤高の存在。


(ああもう、なんでこんなタイミングで現れるのよ、ノエル様っ……!)


 心の中で慌てふためきながらも、視線を逸らせずにいる。


 その存在感に圧倒され、私は一歩後ずさる。だが彼は、眉ひとつ動かさずに、ゆったりとした足取りで近づいてきた。



「へっ!?」


 距離が縮まるたび、胸の鼓動が加速していく。耳まで熱くなるのが自分でもわかる。


 不意に至近距離で視線を交わし、ビクリと体を跳ねさせた私は、慌てて言葉を捻り出す。


「ひえっ、わっ、えとっ、……お、おはようございます!」


 朝日も眩しくないくらい、真っ赤になった顔を逸らしてペコリと頭を下げる。まるで恋する乙女のような反応に、自分でも恥ずかしさがこみ上げてくる。


 ノエル様はカッチリとした騎士服を身にまとい、堂々とした立ち姿をしていた。白金の刺繍が施された制服は彼の整った体躯にぴったりと馴染み、まるで絵画の中の騎士のようだった。


 ……なのに、私の視界にはなぜか、昨晩の半裸姿がチラついてしまう。



(ち、違うってば! あれは夜の幻! 朝から想像してどうするのよ、私のバカバカ……!)


 昨晩の、肌の熱を覚えている。彼の体温が、目に焼きついて離れない。


 自分を叱咤する間にも、ノエル様はじっとこちらを見下ろしていた。その赤い瞳に、どこか迷いの色が見えたような気がして――胸が少しだけ、きゅっとなった。



「……あまり城の中をうろちょろするな」


 低く冷たい声音。その響きに、ピクッと肩が跳ねる。


(むっ。妻は部屋で閉じ籠ってろとでも言いたいわけ?)


 そりゃあ、私は“仮の花嫁”かもしれないけれど、そんな言い方……と内心で小さく頬を膨らませる。


 たしかに、昨晩はあんなやり取りがあったし……嫌われていても仕方ないかもしれない。


 だけど。


(だったらなんで、そんな目をするのよ……)


 言葉とは裏腹に、ノエル様の瞳はどこか不器用に揺れていて。まるで、私を責めることに慣れていないような、そんな優しさの欠片が滲んでいた。


 そんな彼がふと踵を返し、立ち去ろうとしたそのとき――



「……今日、ここで子供を見なかったか?」


 背を向けかけた彼が、ほんの少しだけ顔を戻して訊ねてきた。


「子供? ノエル様って子持ちだったんですか?」


「そんなわけないだろ」


 私がぽろりと口にした問いに、ノエル様は眉をひとつ上げて、まるで“なにを馬鹿なことを言ってるんだ”とでも言いたげな目をしていた。


「とある事情で俺が面倒を見ているんだが、朝から姿が見えなくてな……」


 言い終わる前に、彼の鋭い視線が私の顔にじっと注がれる。



「な、なんですか。急に人の顔をジロジロと……」


 熱を持った視線に戸惑いながらもそう返すと、ノエル様は眉をひそめた。


「……どうしたんだ、その顔」


「はっ!?」


 思いがけない一言に、間抜けな声を上げてしまう。


 ノエル様は一歩近づくと、冷静な表情のまま容赦なく言い放った。


「目がクマだらけ。髪はボサボサで服も汚れてる。それになんだか、変な匂いが……」


「しっ、失礼な人ですね! それに匂いは薬品のせいで……っ」


 反射的に反論しながらも、自分の身なりが気になってしまう。


 私はそっと白衣の袖をつまみ、鼻先に近づけてクンクンと匂いを嗅いだ。


(……うわ、たしかに。薬草とアルコールと、徹夜の汗が混ざったような……これはひどいかも)


 顔をしかめて少し距離を取ると、ノエル様が小さくため息をついた。



「本当に、お前は貴族らしくないな」


「余計なお世話ですっ」


 ぴしゃりと返してはみたものの、ノエル様の赤い瞳がふと妖しく細められたのに気づいて、私は思わず息を飲んだ。


 空気が一瞬にして張り詰め、彼の体から放たれる雰囲気が、どこか剣呑なものへと変わっていく。


(……まずい! そういえばこの人、噂じゃ“匂いで他人の嘘が分かる”って……)


(もしかして、もし私が平民だってことまでバレたら……死!?)


 血の気が引くのを感じながら、私は本能的にノエル様から一歩、二歩と飛びのくように距離を取った。


 その様子にノエル様は、ますます怪訝な視線を向けてきて――私は、ますます焦ってしまった。


(まずい……このままじゃ、絶対に変な誤解をされる!)


 焦りと不安でいっぱいになった私は、とっさに話題を変えることにした。



「そ、そうだノエル様! もう一度だけ薬を見せてくれませんか? 次こそ必ず、私がその“呪い”を解いてみせますから……!」


 勢いに任せて言葉を投げた瞬間――彼の瞳が、すうっと冷えていくのを感じた。


「……呪いじゃない」


 低く、鋭く、突き放すような声音だった。


「……え?」


「お前はこれを“呪い”だと思っていたのか?」


 静かに、けれど深く沈んだ声。その赤い瞳には、怒りや哀しみ、そして言い知れぬ孤独が滲んでいた。


 空気が凍りつくような沈黙。



「公国の敵を少しでも多く殺すため、神から与えられた加護だ」


「こ、殺すためって……」


 その言葉のあまりの重みに、私は思わず一歩引いてしまった。


 けれど、それが彼の怒りをさらに煽る結果になるとは思ってもいなかった。


「国の貴族連中はどうして、のうのうと暮らせている? この力のおかげだろう」


 その声音には、憤りと同時に、深い諦めが滲んでいた。


 それは、自分の存在意義を叫ぶようでもあり、誰にも理解されない苦しみを吐露するようでもあった。



「だとしても……神様が本当にいるなら、人を殺すためなんかに力を与えるかしら」


 私は震える声でそう言った。愚かだと分かっていても、どうしても胸の奥から言葉がこぼれてしまう。


「貴様、この国に暮らす身で神を冒涜するのか!?」


 ノエル様の怒号が、廊下の静寂を破るように響いた。


 その迫力に私は一瞬、息を呑んだ。


 けれど、それでも私は視線を外さなかった。


「いいえ。そうじゃなくて――」


 必死に伝えようとした言葉。その裏で、手が小さく震えているのを自覚したとき、ノエル様の瞳がわずかに揺れた。


 彼は歯を食いしばるようにして、湧き上がる怒りを「クッ」と喉の奥で押しとどめた。



「……俺はこの力を得て良かったと思っている。戦争で部下たちを死なせずに済むからな。……裏で呪いだ、忌み子だと言われようともだ」


 その声は、誰にも届かない想いを抱え込むように、ただ淡々としていて。


 彼の背中がくるりと翻り、音もなく歩き出す。


 去っていくその姿に、私はただ、その背中を見つめることしかできなかった。


(ノエル様……あなたは、どれだけの痛みを抱えて生きてきたの……)


 問いかけるように胸が締めつけられたまま、私はその場に立ち尽くしていた。



(失敗した――)


 痛いほどの後悔が、胸を締めつける。


(数百年前の建国時、この国では実際に神様が降臨している。だから今なお、神は人々にとって揺るがぬ信仰の対象なのよね)


 私にとっては、薬学的な因果や現象が“真実”を形作っていたけれど、この国では“神の意志”がすべてを正当化する。


(だとしても、私には理解できない考えだけど。だって……)


 ふと、さっきのノエル様の顔がよぎる。あんなにも強く、あんなにも冷たく言い放った彼の瞳の奥に、どうしようもなく滲んでいた悲しみの色。



(神様の加護? 勝手に与えられて、ひとりで苦しむことが? そんなの絶対におかしいわ)


 それがどれだけ“公国の柱”とされようと、戦いの道具のように扱われることに、私はどうしても納得できなかった。


 ノエル様の怒りを煽ったのは、私の無知と軽率さ。でもあの時、私があの言葉を口にしたのは――


(……あの人に、ただ苦しまないでほしかったから)


 そっと自分の手を握りしめた。



「……俄然、やる気出てきたわ」


 静まり返った廊下に、ぽつりと私の声が響く。


 たとえ相容れぬ立場でも、寄り添いたいと思ってしまった。この胸の衝動が、間違いじゃないと信じたかった。


 私はゆっくりと顔を上げ、ノエル様が去っていった先をまっすぐに見つめた。



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よろしくお願いいたします(*´ω`*)

◤  5月より漫画連載スタート!  ◥

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挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
16日までもう少しですね!! 毎夜毎夜布団の上で指折り数えて待ってます!! そして、今回は前世の価値観と今世の世界の価値観の違いがはっきり出てしまいましたね。 (マリーちゃんの心の声がノエル様に届い…
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