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唯一の薔薇 その弍

続きますよ〜


「……花を、作る?」

「はい。失礼ですが、香織様は”混成異常症”であっていますか?」

「……そうです」


 混成異常症。

 この世界に特殊能力を持った人間と異常種と呼ばれる動植物が現れてから出現した新興疾患。

 人間の体に異常種と同じような細胞が現れ肉体を蝕んでいく病で、体の一部から徐々に全身に広がり最終的には異常種になってしまう。

 治療の仕方は無く、初期で見つかった異常種細胞を取り除いても一週間を待たずに再発してしまう恐ろしい病気。

 なったら最後、唯一安楽死が法律で認められている疾患でもあり、薬で心臓を止めるか異常種となって狩猟者に狩られるかを選ぶのみとなる。


 香織さんは暖かい外でも車いすに座る足からブランケットを外さなかった。

 何より異常種細胞は一定以上の特殊能力者であれば”匂い”で分かる。

 匂いといっても鼻で嗅いでいるわけでは無いが、感覚的に「あ、近くに異常種いるな」というのが分かるのだ。


 ちなみに僕の花畑には異常種が寄り付かないようになっている。

 それなのに感覚的に分かるということは、香織さんの足が使えないのはそういうことなのだろうと僕も雹も察していた。

 

「発症したのはいつですか?」

「……3か月前です」


 混成異常症は発症から約4~6か月が期限とされている。

 期限というのはその間に選択しないと最悪が待っているということだ。

 最悪とは、狩猟者に狩られること。目の前で暴れて狩猟者に狩られるのがいくら見た目異常種であろうと元家族、元恋人ともなれば心理的ダメージは相当なものになる。

 だから病院は期限まで入院して薬を投与する方法を推奨する。

 研究者や医者たちがどれだけ調べても治療の仕方が分からず、延命すらできない。

 そんな最悪を前に僕の店へ来てくれたのだ。


「僕の特殊能力は花に関係しています。花であれば1日で咲かせられる。もし、貴重な時間をいただけるのであれば、この世界に1本だけの奇跡の花を送らせていただきます。――どうですか?」

「……花」

「……香織?」

「世界一綺麗で絶対に枯れることのない薔薇……そういうものも作れますか?」


 香織さんの言葉に陸さんは首を傾げている。


 花とはいつか枯れるもの、それを絶対に枯れないというのは……不可能だ。


「……い、いや。流石に、無理じゃ……」「分かりました」

「「……え?」」


 「絶対に枯れず、世界で最も美しく咲ける薔薇。必ずご用意いたします」


 そうして僕の前人未到の挑戦が始まった。

 

 その日は夕方まで花畑を回り、帰る時間となった。


「本日はご来店いただき、ありがとうございました。ご注文の品は後日お届けに参ります」

「「ありがとうございました!」」


 雹と聖菜と並び店から離れていく二人のお客様を見送る。


「それで、なんで花束はキャンセルになったの?」

「そりゃあ、恵のいつものやつだろ」

「なーんだ、いつものやつね。それであの二人には何を送るの?」


 出来ると、やると言った以上はやるしかない。

 期限は1か月。それを超えれば香織さんの意識が危うくなる。


「柏木さんたちには”唯一の薔薇”を送るよ。……だからごめん。二人には迷惑をかけるけど」

「いいよ。恵のそういうところも含めて好きになったんだから!」

「そうだな。いつも通り、やりたいことをやってこい!」

「ありがとう!」


 僕は店で最低限やっておかなくてはならない仕事を短時間で済ませた夜、1人で山の中へ入って行った。

 現在所有する山には花畑が広がっているが、山頂付近にのみ花が咲いていない空間がある。

 そこには小さな小屋が建てられていて、小屋の鍵は僕しか持っていない。

 花を管理している場所の全ては僕と聖菜で鍵を持っているのになぜこの場所だけが特別なのか。

 ここは居住できるサイズでもない。なにより僕と聖菜はKEIの二階に居住空間を持っているし雹も自分で家を持っている。


 小屋へ鍵を使って入ると、そこには天井から吊るされた簡易的なライトが1つあるだけで床はコンクリート1色という非常につまらない造りだ。

 そしてコンクリートの床中央には地下室へ繋がる扉がある。この扉が小屋を建てた理由である。

 扉を開き梯子を伝って中へ降りていくと、そこには体育館ほどの空間を持った植物園が広がる。

 梯子で2階部分まで降り、階段で下まで行く。

 下まで降りると、そこには人工物なんて限りなく少なく見渡す限りの植物が広がる。


 ここは僕の”研究室”。

 僕の”フラワーアレンジ”を使って作った花を管理している空間。

 では地上に出しているのは違うのか?と言わればそうでは無い。あの花たちも僕が作り上げた花であることには変わりない。

 では何が違うのか……ここにある植物は全て、地球上に存在しなかったもの。

 完全な新種であり本来であれば国や世界へ発表するようなものがここにいるのだ。


 あの青薔薇ですら本当はここにあるべきだったが、他の青薔薇たちの色が徐々に青へ近づいてきたことで外へ出すことにした。


 疑問に思っているだろうが、僕が登録し全員に教えてある”フラワーアレンジ”は基礎的な力でしかないのだ。

 それに気づいたのは山を購入して店を立てている最中の話なのでまた今度にでも……。


 とにかく僕の能力”フラワーアレンジ”には応用とも言えないほどに強力な力があった。

 それは「花へ効果をつける」こと。普通の花であれば甘い蜜を出す、香りが強い、毒を持つなどの特性を持っている。

 そこへ例えば「小さな傷を修復する」という効果をつけるとしよう。

 すると花の形状が成長とともに変わっていき花を咲かせたときには蜜を接種することで小さな切り傷程度であれば即座に修復できるという効果がつく。

 この効果は花を植えるときや水を加えるときにイメージを与えることで付与されているようだ。

 花が成長を始めると同時にその花がどんな効果を持つのかが僕の頭に流れ込んでくる。


 そうして完成した特別な植物をここで育てている。

 驚くのはそれだけでは無く、この効果をつける力。1つの花に複数の力を与えることが出来るのだ。

 ただ弱いイメージならともかくとして強いイメージは疲労も桁違いとなる。

 一度だけ、もしかしたら人の欠損部位も修復できたりするのだろうか。と試したことがあるが花へ効果をつけた次の1日は寝込むことになった。

 まるで2日酔いにでもなったような頭痛と吐き気に襲われ研究室内で倒れていた。


 この研究室内には水洗設備に加え、花専用の噴水が中心に設置されている。

 綺麗な水をすぐに摂取できたからこそ死ぬことは無かったが、もう二度とあんな目にはあいたくない。


 話はずれたが欠損部位を治す花は出来ているのだ。

 というか、地上で咲いている美しい青薔薇。あれがその強力な効果つきの1本だ。あの薔薇だけは譲るつもりがないほどに貴重だと考えている。


 さて本題に戻ろう。

 今日ここへ来た理由は1つ。香織さんの求める薔薇はここでしか作れないから。

 薔薇を作ること自体は簡単である。すでにある薔薇の遺伝子情報を他の植物へ移動してやればいい。

 ただ重要なのは”世界で唯一””最も綺麗で””絶対に枯れない”という3点である。

 この中の前者2つは意外と簡単にクリアできると思っている。

 世界で唯一の花は何度も作っているし、綺麗にするのも地上の青薔薇のように純粋で綺麗な色を求めればいい。

 しかし、絶対に枯れないとなると……。


 植物は一定の物を除いて”枯れる”ものである。

 特殊な環境下で強くなっても環境を変えれば弱くなってしまうように、枯らさないとなると……生きていないということになるのだ。

 もし造花の薔薇を持っていって香織さんが納得するかと言われれば、答えはNOだろう。

 彼女は生きている薔薇の中で最も綺麗で絶対に枯れない薔薇を頼んだのだから。


 悩んでいるうちに夜は更けていった。

 

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