唯一の薔薇 その壱
始まりました!
「さて、今日の予約は?」
いつも通りの配送を終えた雹が聖菜の入れた花茶を飲みながら聞いてくる。
聖菜も一仕事終えて僕の隣に座る。
「大学生のカップルだね。交際5年目の記念に花畑の見学と彼女へのサプライズ花束を希望している」
「花束のリクエストはあるのかな?」
「基本は青色で冷室を回るときに彼女の反応を見て決めたいらしい」
「じゃあ金額設定は難しくねぇか?」
「金額については気にしないらしい。一応最大でどれぐらいになるかは話してあるけど大丈夫だって」
「そりゃまた太っ腹な彼氏さんだこと……」
「そうだね。とにかく、いつも通り店に残って花束を作るのは聖菜。雹が運転、僕は案内兼希望した花の回収だ。今日も頑張ろう!」
「「おおー!」」
聖菜の用意した花茶を飲みながら各々が準備をする。
今は朝の8時、お客様のご到着まで3時間ほどある。
聖菜は店舗の清掃や花束を作るための準備、雹はお客様を乗せる車の清掃と明日以降の配送準備、僕は青系統の花を数種類準備して聖菜へ渡し雹と今日のルート確認をする。
そうしていれば10時30分、店舗前に青い車が停車し若い男女が降りてくる。
KEIの扉が開くと同時にカランカランと備え付けの鈴が鳴り、今日の営業が開始する。
「「「フラワーショップ”KEI”へようこそ!」」」
「いらっしゃいませ!」
「予約していた柏木です」
「どうぞ。こちらへ」
店内にあるテーブルへ柏木様たちを誘導する。
運転席から降りてきたのは優しそうな表情をした好青年、そして後部座席から出てきたのは儚げな雰囲気を纏う車椅子の女性。
事前に二人の情報は聞いている、大学生ということだったがかなり若く見える。
二人を店内へ入れてテーブルにつくと同時に花茶を出す。
「こちらは当店の花から出来ている花茶です。どうぞ」
「ありがとうございます。――美味しい」
「――いい香りね」
花茶を飲んで落ち着いたところで日程を確認する。
「本日はこれから花畑を回ります。ある程度の順路はこちらで決めますが、ご希望する場所はございますか?」
テーブルに広げられた花畑の全体図を見ながら考えだす二人。
「そうですね。冷室は気になるので見に行きたいです。香織は?」
「わたしは……あの、色んな薔薇を見たいんですけど。ありますか?」
「はい。花の王道である薔薇は各所にて珍しいものを扱っていますよ」
「そうなんですね。わたしは青い薔薇が見たいです」
青い薔薇……今でこそ遺伝子交配によって作ることが可能になった花。
長い期間の研究の末で出来るようになったことから花言葉は”不可能”。
そんな花言葉を押しのけて”可能”になった花ではあるが、今でも完全に青の薔薇を作ることは不可能で市販されているものはほとんどが着色料等で色付けされたものだ。
遺伝子操作の出来る僕が作る薔薇を除いて。
「青い薔薇も花畑には存在します。案内のときにご紹介しますね」
「ありがとうございます」
一息ついたところで外へ出る。
車の前では案内用の服に着替えた雹が立っていた。
「本日の運転を預かる久水です。案内は私が行いますので」
足の悪い人ように後ろからスロープで上がれるようにしてある車にゆっくりと車椅子で乗り込み、完全に止められていることを確認して4人の乗った車が発進する。
「最初に向かうのは日本で唯一の珍しい花の冷室になります」
「冷室というと寒いんですか?」
「はい。冷室内は年中氷点下に温度管理が徹底されており、咲いている花たちも寒さに強い花となっております」
車で走ること5分、周囲を花畑で囲んだ倉庫が現れた。
保冷用の倉庫は見栄えを考えて金属の外側を木材で隠すように2重構造となっている。
「中は冷えるのでコートをお貸ししますね」
「ありがとうございます」
冷室の花たちは寒さに強く育てられているため温暖な外気に弱い。
そのために入り口から花のいる場所まで3つの扉をくぐらなければならない。
「凄いですね。この建物もご自分で考えたんですか?」
「はい。花のことを一番に考えた結果がこの花園ですから」
全ての扉をくぐった先にあるのが本命”花の冷室”。
外の花たちは日光を受け色とりどりに咲き輝くが冷室の花たちは違う、ここは――。
「――雲の上みたい」
太陽の日光を最小限にして特殊な肥料や管理体制からなる花たちには”色が無い”。
正確には極限まで薄くなっているだけなのだが、遠目で全体を見る限り一面が真っ白に見えるだろう。
「ここの花たちは暑さに弱く寒さに強い。日光を浴びられなくても綺麗に咲ける。そんな儚くされど強い花、それが彼女たちです」
ここには誰でも知っているような花もある。
薔薇やチューリップ、百合に紫陽花など。そんな普通なら日光を浴びなければいけない花だろうと辛い環境でも育てられることを証明したくて作ったのが冷室の始まりだ。
「凄い……。触ってみても?」
「もちろん。ただ先ほども説明した通り暑さに弱いのが特徴です。人肌でもダメージになりえるので短時間でお願いします」
「はい……」
香織さんは車いすを進ませて一番近くの紫陽花に触れる。
少し花が冷たかったのか驚いて手を離すが花先を指でなぞると一言、「……あなたも頑張ってるのね」と呟いた。
「あの……冷室の花は持ち帰り出来るんですか?」
僕の隣に立つ柏木さんが香織さんに聞こえないよう小声で耳打ちをする。
「持ち帰りのときは専用のケースをご用意いたしますので大丈夫ですよ」
「……ありがとうございます」
柏木さんは香織さんの傍へ向かい二人で歩き出した。
「なあ、恵」
「――なに?」
「香織さんってよ……」「気づいてるよ」
二人が離れてすぐに雹がおそらくずっと気になっていたことを切り出す。
柏木さんも香織さんも大学生だと言っていた。
二人とも交際するならこれからが楽しい時期だろう。
しかし柏木さんに僕が提示した金額は大人でも渋るような金額だった。
それなのに二つ返事で了解をもらえるというのは、まるでこれが”最後”とでも言わんばかりじゃないか。
そう思っていたが、今日香織さんを見てその理由がはっきりした。
彼女は――。
「店長さーん。この花の名前を聞いてもいいですかー?」
「はーい!」
かなり離れていた柏木さんたちに呼ばれ雹のそばをあとにする。
「ったく……しょうがねぇな……」
何に対してなのか雹は頭を掻きむしりながら車へと戻って行った。
「こちらはですね――」
そうして冷室の花を1時間かけて見学し、次の場所へ向かう。
次に向かうのは香織さんのお目当てである薔薇園、遺伝子組み換えの結果完成する薔薇の全てを1つの場所で管理することでサッカーコートと同じ広さの薔薇が広がる。
「凄いね!香織!」
「ええ、綺麗……それに良い香り」
「これだけの薔薇が集まっているので、香りも素晴らしいですよね。青い薔薇はこの先にあります。ご案内しますね」
薔薇園は円形を取っており中心を見るにはグルグルと中心に向かって伸びていく道を辿る必要がある。
外側から中心に向かって薔薇の色は変わっていくため真上から見ると虹色の薔薇に見える構図となる。
「そうなんですね!虹色の薔薇かー見てみたいなー」
「ドローンで撮影した画像があるので後でお見せしますね」
周囲の薔薇をゆっくりと観賞しながら中心へ進み道が終わる。
そこには――。
「これが……青い薔薇」
「青い薔薇は作られた当初、色は純粋な青では無く。このように青紫色でした」
僕はしゃがみ込み最も近い薔薇に手を伸ばす。
「しかし、私の特殊能力と彼女たちの力によって……あちらをご覧ください」
薔薇園の中心には青薔薇ゾーンとでも呼べるような半径2メートルほどの小円がある。
そこは外側から青紫、中心に向かうほど青の存在感は強くなっていく。
「中心にある一際目立つ一本。あれが日本で唯一自生する純粋な青薔薇です」
「「……」」
その1本を見る二人は声も出さず、ただ見ていた。
徐々に青くなっているにも関わらず、周囲には何百本もの同種があるにも関わらず、一度見てしまった者の心を離さない。
そんな存在感を放つ青薔薇の前に立ち尽くしていた。
「……ありがとう……陸。最後に私をここに連れてきてくれて……」
いつの間にか涙を流していた香織さんが柏木さんに礼を言う。
そんな香織さんの言葉を聞いて陸さんも涙を流し始める。
「最後なんて……最後なんて言わないでよ。……もう一回。いや、何度でも来ようよ……!」
「……無理だよ……でも、この思い出があれば大丈夫。私……忘れないからっ」
泣き始める二人を見て僕は静かに決めたのだ。
「あなた方のために花を作らせてもらえませんか?」