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五年前に死んだはずの姉ちゃんが、今も僕の前で毎日死んでいる  作者: 雀野ヒナ
第一章 僕は狂ってる
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第五話 一人じゃない

 真っ暗な世界で、僕は息を殺してうずくまっていた。


 ここはどこだ? どうしてこんなに、胸が苦しい?

 手も、足も、思うように動かない。まるで、僕の存在ごと止まってしまったみたいだ。


「……ト、マサト!」 


 声が降って来た。顔を上げると、そこにはユウトくんがいた。


「ユ、ユウトくん………」


「おい、大丈夫か? 顔、真っ青じゃねえか」


 そのとき、僕は思い出した。屋上から飛び降りた、姉ちゃんのことを。


 ――姉ちゃん!


 姉ちゃんが飛び降りたところを見る。屋上にも、地面にも、姉ちゃんの姿は見当たらなかった。


「マサト?」


 ユウトくんの心配そうな声が聞こえる。


「……なんでもない」


 僕はふらふらと立ち上がる。

 姉ちゃんは自殺した。そして、また消えたんだ。


「……ユウトくんこそ、どしたんだべ?」


 僕が尋ねると、ユウトくんは髪をガシガシと掻いた。


「いやー、なんでもねえんだけど……おまえ、このあとどうすんの?」


「え?」


「どうせ、帰るつもりないんだろ?」


 図星だった。ここまで来て、何も得ずに帰るわけにはいかない。


「これから……泊まるとこ探そうと思ってんだ」


「金、あんのか? 東京のホテル高いぞ」


 何も言えなかった。僕はただの引きこもりだ。大したお金は持ってない。

 東京のホテルどころか、普通のホテルの相場すらも知らない。


「来いよ。俺んち泊めてやる」


 そう言って、ユウトくんは歩き出した。


「え……いいの?」


「早くしろ。置いてくぞ」


 ユウトくんは振り返らず言う。僕は急いでその背中を追いかけた。



 歩きながら、僕はずっと姉ちゃんのことを考えていた。

 大丈夫だ。きっとまた明日、けろっとした顔をして戻って来るはず。


 だけど、もし戻って来なかったら。あれが、姉ちゃんの本当の最後だったら――


 どうして僕は、目を逸らしてしまったんだろう。


「どうしたんだよ。やけに暗いな」


 ユウトくんの声が入り込んでくる。


「悩みでもあるなら言えよ。聞いてやる」


「……いいよ」


「言えって」


「言ったって……どうせ信じてくれねえ。僕はおかしいから」


「おまえはそうやって、昔から……!」


「昔から……? なんのこと……」


 ユウトくんは俯いて、下唇を噛み締めていた。


「……頼ってくれよ。俺は、おまえを弟みたいに大切に思ってるんだ」


 その目は本気だった。


 そうだ。両親が死んで二人きりになってしまった僕らを支えてくれたのは、おばちゃんとユウトくんだった。

 ユウトくんなら、また力になってくれるかもしれない。素直に打ち明けたら……


 僕は全てを打ち明けた。

 "姉ちゃん"が現れたときのこと。何度も死んで、また戻ってきたこと。そのせいで僕が引きこもったこと。

 "姉ちゃん"が、自殺するようになったこと。


 気づけば、肩が上下に大きく揺れていた。呼吸がうまくできない。

 ユウトくんは、黙ったまま僕を見ていた。


「……とても、信じらんねえべ」


 僕は俯いたまま言った。ユウトくんの目を見ることができなかった。


「俺は、幽霊なんて信じない」


 ユウトくんの声が、冷たく響いた。

 そりゃあそうだ。とても信じられる話じゃない。


 死んだはずの"姉ちゃん"が、見えるなんて。


「でも、おまえのことは信じるよ。”サトミ”が幻覚だろうと何だろうと、おまえがその姿を見ているのは本当なんだって」


「ユウトくん……」


「それで? ”サトミ”は今もここにいるのか?」


「"姉ちゃん"は……今はいない。さっき、屋上から……」


 さっき見た光景が蘇る。


 いつまで続くんだろう。あと何回、姉ちゃんは死ぬんだろう。

 この先に、終わりはあるんだろうか。本当にいつか、姉ちゃんを救えるんだろうか。


 ――目を逸らして、逃げてしまうような僕なんかに。


 そのとき、頭にふわりと何かが乗った。

 違う。撫でられているんだ。ユウトくんの、大きな手に。


「マサトは偉いよ。一人で、頑張ってきたんだっぺ?」


 5年ぶりの、温かい手。温かい言葉。


「サトミを……姉ちゃんを、守ろうとしてきたんだっぺな」


 頬を伝う何かがあった。溢れて、溢れて、止まらなかった。

 僕は、声を出して泣いた。


 ユウトくんは、僕が泣き止むまで黙って側にいてくれた。



 僕が泣き止むのを待って、ユウトくんは歩き出す。僕はその後ろを追いかけた。


「ユウトくん……さっき、訛ってたね」


 ユウトくんは僕をちらりと見て、それからふっと笑った。


「うるせえな。おまえに合わせてやっただけだ」


 都会の夜はまだ明るくて、すれ違う人の顔もほとんど覚えていない。

 でも、前を歩くユウトくんの背中だけは、やけにはっきりと見えた。


 胸の奥が、じんわりと温かくなる


 ――僕は、一人じゃない。

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