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5話





解くべき事は、あと3つ。




湊と「彼」の分離方法。




汀の潜在能力の、更なる覚醒。




そして………





**********

湊が帰った日の深夜。突然、常盤家の電話が鳴り響いた。

どうせこんな時間では飛行機は飛んでいない。

帰りが遅れるという報告だろう、と思いつつ禅箭は受話器を取った。

「はい、常盤……」

[…………!!]

受話器の向こうから、何やら叫び声が聞こえる。

離れた場所からの声らしく、内容まで聞き取る事はできなかった。

時折ドォン、という地響きのような音が混ざる。

[…はやく………来て…………]

やっと聞き取れたのは、掠れ気味の女性の声。

ノイズに邪魔をされ、それでもやっと聞く事ができたその声に、禅箭は聞き覚えがあった。

脳裏を過る嫌な予感と、背筋を走る悪寒。

「………(かなえ)…さん……?」

返事は無かった。聞こえなかっただけかもしれない。

ノイズに掻き消されたまま突如その電話は切れ、着信記録を頼りにかけなおしても、誰かが出ることは無かった。

ツーツーという音が虚しく響くだけだった。

もう一度かけなおそうと一端受話器を置いた刹那、その瞬間を狙うかのようにけたたましくベルが鳴った。

表示されている電話番号は、皇の携帯のものだった。

[禅箭、今すぐになっちゃんの所へ行け!!急げ!]

今まで聞いた事が無いような、切羽詰った声が響いた。

「今、奏さんから電話が……!!」

話を続けようとして、息を呑む。

受話器の向こうで、地響きが聞こえる。

つい先刻聞こえたものと限りなく近い震動。

[お前の今やるべき事は、何だかわかるな。行け]

落ち着いた、低い声が不思議なくらい耳に響く。

それだけ告げて一方的に切られた受話器を舌打ちしながら戻し、禅箭は家を出た。


静かだった。

不気味なくらいの静けさ。嵐の前の、とでも言うべきか。

木の葉1枚すら微動だにしない。

「雉祢ぇっ!!」

空に向かって声を投げつける。それが吸い込まれた数秒後に、疾風と共に黒猫がその姿を彼の前に現した。

「禅サマ!!いつ戻られたのですか!?仰ってくだされば迎えに行きましたのに」

嬉しさを全身で表した、歓喜の顔と声で出迎えた。

「悪いけど、汀の所まで大至急行ってくれないか」

「……何かありましたの?」

尋常でない禅箭の表情に、雉祢の顔が曇る。

「わからない。お前は何も感じないか?」

「いえ、私は特に何も……。急ぐのでしょう?さぁ、お乗りください」

滑らかなビロードの毛を少し立たせ掴み易いように変え、禅箭をその背に導く。


マンションの入口に、見覚えのある影があった。

「遅かったじゃねぇか。ま、ギリギリ間に合ったみたいだけどな」

「お前っ……!!」

隼未(はやみ)

それまで手に持っていたタバコをそのまま手の上で燃え尽きさせ、その灰をフッと吹き飛ばして、それだけ言う。

「それが、お前の名前か」

「あいつが、タバコの煙を嫌うからな。外で吸うと言って出てきた」

「……どういう事ですの?…何故、彼が…」

話についていけない雉祢が会話に割り込んだ。

彼の左目に少しだけ怯えを見せながら。

「説明したいのは山々だが、どうやらそんなヒマは無さそうだな」

2本目のタバコに火を点け、苦笑いをして頭上に目をやる。


空に、亀裂が走った。ように見えた。

突然雲が渦巻き、その中心部からは稲妻が絶え間なく、そのまま全てを切り裂くかのように閃光と爆音を轟かせていた。

「都は?」

その様子から目を離さないまま禅箭が訊く。

「部屋に居る。誰かが傍にいなきゃ危ねぇだろ。……全て知ってるよ、アイツは。さっき話したからな」

「なんだ、私だけ蚊帳の外なのですね」

「まぁそう言いなさんな。終わったらゆっくり話してやるから。二人っきりで」

「その言い回し止めろ。湊のイメージ崩れる」

「言うねぇ」

空の稲妻が一際大きな閃光を発した直後、それらは嘘の様に治まった。

そして1分と間を置かずに、一筋の竜巻が舞い降りた。

その中には、子供ほどの背丈の影がうっすらと見える。

「…お出ましだ」



現れたその姿に、禅箭が一瞬、息を呑んだ。

あどけなさを残した、小さな少年が無邪気な笑顔と共に出てきたからだ。

「…見かけに騙されるなよ」

それを察したのか、隼未が叱責する。

「わかってる」

隠そうともしない膨大な魔気に倒れそうになる。

ふと視線を逸らすと、雉祢が今まで見た事が無いような怯えを見せていた。

「……雉祢、大丈夫か?」

「………ですわ……」

禅箭の声さえ聞こえないかのように、ガタガタと震えながら立ち竦んでいる。

「嘘ですわ……何故、彼が……」

「…知ってるのか?」

「ごきげんよう、雉祢様♪」

可愛い声で彼女の名を呼ぶ。それを聞いて、彼女の身体が跳ね上がる。

「積もる話は色々あるけれど、少しだけ待っててくださいね」

にっこりと笑って、禅箭を見る。

「常盤か……忌々しい一族の末裔……」

一瞬にして表情が変わる。先刻までとは打って変わったかのような形相で右手を彼に向かって翳す。

そして不敵な笑みを浮かべたかと思った刹那、雷撃が躊躇う事無く発射された。

白い光と凄まじい爆風が巻き上がる。

「…あっぶねぇ」

間一髪で結界を張ったものの、その威力に冷や汗が伝う。

地面が巨大な爪で抉られたかのように裂けていた。

「その印……そうか、お前が護人か」

禅箭の額の深紅の印を見て、チッと舌打ちをすると、再びゆっくりと構えてきた。

「闇狩主は何処にいる」

都が結界を張っているのか。どうやら彼には汀がどこにいるのか感知できないようだった。

「確かにここから波動を感じた。この辺りに居るのは間違いないんだ。………出せぇっ!!」

一撃前とは比べ物にならない程の大きな雷の塊を両手で作り出し、禅箭に向かって投げつけた。

(マジかよっ…)

今回のはとても防ぎきれそうも無い。しかし、避けきれる大きさでもない。

いくら結界に守られているとはいえ、近隣への被害は測り知れないほどの威力を感じさせた。

「馬鹿っ、さっさと避けろ!!当たったら跡形も残らねぇぞっ!!」

隼未が叫ぶが、身体が思うように動かなかった。

どうする---?

迷っている間にも、まるで大蛇がうねる様に彼の攻撃は目前まで迫ってきていた。

「……ダメェ-ッ!!」

彼に当たる寸前に、大きな声がこだまする。

「!?」

雉祢の叫びに、その攻撃は掻き消された。

「何故邪魔をされるのです?」

不満に満ち溢れた顔で少年は雉祢を見る。

「下がりなさい…!!この方を傷つける事は許しません!」

凛とした表情で命令する。しかし、その足はまだ微かに震えている。

「………フゥン……これは、兄者に報告しなくちゃいけないねぇ」

禅箭と隼未、そして雉祢を交互に見詰め、

「お前たちの顔…覚えたよ」

と言い残し、現れた時と同様に、雷雲に吸い込まれるように消えていった。


「おい、大丈夫か」

隼未が禅箭の腕を引っ張る。

「……ん、ああ………」

少しだけ放心していたらしい。声をかけられて初めて禅箭が動いた。

「…あいつが、お前の言っていた黒幕か?」

額を軽く押さえて、禅箭が暗い表情で隼未を見る。

「そうだ、と言いたい所だが、少し違う。俺よりもそっちのお嬢さんの方が詳しそうだがな」

彼が視線を移した先では、雉祢が肩を押さえて蹲っていた。

顔面は蒼白で、今にも泣き崩れそうな空気を漂わせ、ただただ震えていた。

「雉祢」

「あの子は……闇魔達のトップとも言える魔物<氷醒(ひさめ)>の弟、ですわ……」

肩を押さえて、独り言の様に雉祢が呟く。

「さっきあいつが言ってた[兄者]だな」

「……ええ」

少しは落ち着いてきたらしい。隼未の言葉にはっきりとした応えを返した。

「氷醒……」

「で、そいつがお前が知りたがってた黒幕ってヤツだ」

その返答を待っていたかのように、隼未が付け加える。

「まさか、あの子達が出てくるなんて…」

思い返したのか、ヘタヘタとその場に座り込んだ。

「何らかの形で封印が解けちまったか…とりあえず、俺の事はバレなかったみたいだけどな」

イラついているのか。新しいタバコに火を点け、大きく吸い込んだ煙を空に向かって吐き出す。

「封印?」

「私達が…正確には私の父が、とある地に封じていたのです。…危険すぎるのです。今までの闇魔とは比べ物にならないくらい……過去の闇狩主で、彼らの送還に成功した者は居ません。……だから、今までこの戦いは終わっていないのです」

「ウラを返しちまえば、ヤツらさえ還しちまえば、あとは雑魚ばかりって事になるワケだ」

「そんな奴等がいたのか……」

皇が言っていた「ヤバい奴等が覚醒した」との情報は、彼らの事で間違いないだろう。

そうであれば、電話の内容も理解できる。

「でも、その封印は何故解けたんだ?」

「わかりませんわ。でも、ひとつだけハッキリしている事があります」

雉祢が大きく息を吸う。そして未だ微かに震える声で残酷な事実を告げた。

「封印を施していた父は……死にました。あの方は我々の中で最高の[力]を持っていたお方……よって、彼らを再びこの世界で何処かの地に封じることは不可能になります」

あまりにも不利な選択肢しか残らない。

「奴等が狙うのは、自分達を封印できる可能性があるモノ全てだ。闇狩主は勿論、常盤の一族も狙われるのは確実だな。血が濃いほど、奴等に嗅ぎ付けられるぞ」

どうする、と言わんばかりに隼未が禅箭を見る。

「……純血は今では3人しかいない」

呟くように禅箭が答えた。

自分と皇と、あと1人。



爆音が休む間もなく押し寄せる。

既に視界は血と埃で失われ、身体の感覚も失われつつあった。

志半ばにしてこのような事になろうとは。

(大丈夫、きっとあの子達が全てを終わらせてくれる)

それをこの目で見られないのが残念で仕方が無い。

指先から確実に体温が失われてゆく。

まさか、自分が一太刀も相手に浴びせる事無く散る事になるとは思わなかった。

今にも崩れ落ちそうな岩場から見下ろす影がぼんやりとだけ見える。

「わざわざ私が出向くまでも無かったか……」

冷たい声が恐ろしいほどに響く。

悔しい。

そしてそれ以上に恐ろしい。

「ゴメンね、兄さん。禅箭……後は頼んだよ」

彼女が最後に振り絞った力を放出する前に、崩れ落ちた岩が無情にも彼女を押し潰した。


その瞬間、常盤の純粋な血を持つ人物・奏の生命の炎が掻き消された。






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