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4話



あなたは敵なの?



それとも味方?



いいえ どちらでもかまわない。



あなたが あなたであることに かわりはないから。



私にとってかけがえのない あなたという<人>であることにかわりはないから。





人…………?



違うよ、もうお前は<人>なんかじゃない。


汚れた血をその身に埋めた、人とも魔とも成り得ない存在。


早く自分を受け入れるがいい。そうすればすぐにでも楽になれる。


その身も、心も、全てを捧げ、完全なる魔物へと変貌を遂げるがいい。




**********

真夜中に、爆風と共に数多の砂粒が舞い上がる。

その砂埃に紛れて、岩壁ほどの大きさをした巨大な亀に向かう影がある。

そして、その影は躊躇うことなく亀の甲羅に乗り、苦も無く右手の拳を叩き込んだ。


「凄い……」

若い僧がその光景を見て唖然とする。

これが<常盤>の力………

「良き後継者を持たれたようですな、皇様」

年配の僧侶が皇の傍らに立ち、微笑む。

「いやぁ、まだまだですよ」

ストップウォッチを片手にして、皇が愚痴をこぼす様に答える。

「しかしあの魔物は、我々5人掛かりでやっと取り押さえたようなものですぞ。封じる隙もない故、貴方たちをお呼びしたわけですが……まさか、あの少年一人に任せるとは」

「ジジイッ、瓶よこせっ!!」

僧侶の言葉を遮り、禅箭が叫ぶ。

お爺様と呼べ、とだけ言って皇は小瓶を投げつけた次の瞬間、皇を除く、その場に居た全員が息を飲む中、眩い光が放たれた。

そして、砂煙が落ち着いた頃には、既に先刻まで砂浜を揺るがしていた亀の姿は跡形も無く消えていた。

「……ほらよ」

砂を叩き落としながら禅箭が乱雑に札の貼られた小瓶を放り投げる。

近くに居た、呆然としてた僧が慌ててそれを受け止める。

その中には、先刻の亀が入っていた。身体は小さくなっているものの、間違いない。

「時間かけすぎだぞ、禅箭」

ストップウォッチを止め、皇が叱咤する。目盛りは15分ほどを指している。

「タートルタイプは防御が高いんだよ」

「言い訳するな」

「へーへー」

「怪我は幾つだ」

皇の問いに、禅箭が全身を見渡す。

「左足に掠り傷、右腿に引っ掻き傷。あとちょっとだけ右手痛めた」

右手の拳からは血が流れていた。それを舐めて皇の顔色を窺う様に禅箭の動きが止まった。

しばしの沈黙が流れる。

「失格」

いとも簡単に冷たい判決が下された。

「もう一回出してやって、ソレ」

瓶を持っている僧に声をかける。彼は戸惑いを隠せないでいた。

「出す…って、この魔物を今一度解き放つのですか?」

「そう」

「しかしこの瓶の中にいるものは、体力を回復させられるわけで」

「知ってる。いいから出して」

「……………」

「ちょっとは休ませては如何ですか?」

見かねて格の高そうな僧侶が口を挟む。

禅箭は口には出さないものの、かなり疲れている様子だった。

「…禅、休むか?」

「………」

「今夜中にノルマこなさないと、明日の飛行機に間に合わないぞぉ」

「…やりゃぁいいんだろ、やりゃあ」

半ばヤケでも起こしたような声で、肩で息をしたまま禅箭が睨む。

「というわけで、ヨロシク」

にっこりと笑顔で、背後で孫に睨まれているのも全く気にしない様子で皇が僧に言った。


「あの~、失礼とは思いますが、お聞きして宜しいでしょうか?」

「何?」

再び砂煙が舞い始めた海岸で、恐る恐る僧が皇に問い掛けた。

「ノルマ、というのは一体何の事なのでしょう…?」

「自分は無傷のまま、アイツを捕らえる事」

あっさりと言い放つ。

仮にもここにいる僧が5人掛かりでやっと結界に閉じ込め、それを維持するのが精一杯だったというあの魔物を、傷を負わずに封じるなんて。

しかもたった一人で。


鬼だ、鬼がここにいる。

その場に居る僧全員の背に寒気が走った。



**********

「ってぇ……」

ようやくノルマを終え、ホテルに戻った禅箭が、ベッドに横たわったと同時に潰れたような声を出す。

「ま、とりあえず合格点って所だな。今回の所は」

法衣を脱いだ皇が笑いながら着替える。

今回の所は、という含みが気になるところではある。

が、今はそんな事を気にする余裕は禅箭には無かった。

「いやぁ、単純な孫を持つと楽だなぁ」

浴衣に着替え終わると、皇はケラケラ笑ってさっさと自分だけ浴場へと行ってしまった。

「あんのクソジジイ……ウサ晴らしみたいにこき使いやがって……」

静かになった部屋で、怨念を思いっきり込めて呟く。


横浜で両親の墓参りをしてきた所までは良い。

それから数時間と経たないうちに青森へと向かい、次に群馬。再び東京に戻ったと思ったら一泊した後にそのまま京都へ直行。佐賀を経て、そして今は沖縄にいる。

どうやら「修行」という台詞を使って、国内の仕事の殆どを禅箭に押し付けたようだった。

それと同時に「後継者」としての名前・実力を広めるという理由もあったようだが、今の禅箭には気付く由も無かった。


「禅ー、風呂入らないのかー?気持ちいいぞここの湯は」

皇が身体から湯気を立たせながら部屋に戻ってきたのは一時間後だった。

よほど疲れたのか、彼が部屋を出た時と全く同じ体勢のまま、禅箭は眠り込んでいた。

皇が部屋に戻ったのも気付かないほどの熟睡だった。

「よーく眠ってるなぁ……今襲われたらどうすんだコイツ」

すーすーと小さな寝息を立てたまま微動だにしない。

「かーわいい寝顔しちゃってまぁ………」

子供の頃と変わらない、あどけない寝顔を見て、思わず口の端が緩む。

そして彼のこの熟睡が、皇が傍に居ることによる安心感から来ているものだという事を、本人は知る由も無かった。

軽く頭を撫で、解けていた禅箭の右手の包帯を巻き直してから、彼もまた眠りについた。

机に置かれた小瓶の中では、小さな亀が横たわっていた。


**********


朝。セットしておいたアラームよりも早い時間にけたたましく鳴り始めた電話のベルで叩き起こされる。

鳴っていたのは皇の携帯だった。

寝起きという事を微塵も感じさせない応対を寝惚け眼で見ながら、禅箭は上体を起こす。

何か重要な話なのか、電波状況が悪い部屋から小走りで祖父は部屋を後にして行ってしまった。

大きな欠伸と伸びをしてから、カーテンを開ける。

眩い朝日に思わず瞳を閉じる。

今日の最高気温は何度くらいまで上がるのだろうか。

瓶の中に閉じ込められた亀が何やら喚いているが、気にしない。

恐らく、眩しいから閉めろ、とでも言っているのだろう。

彼らは本来、夜闇の中を動いているので、光には弱い。

本当に弱い奴だと、日光に当たっただけで消滅することもある。

特別な封印が施されているこの瓶の中では関係無い事ではあるが。

逆の発想をすれば、白昼堂々と歩き回るものであれば、かなりの実力を持っているという事になる。

あまりにもぎゃーぎゃーうるさいので、無造作に瓶を手に取り、バッグの中に放り込み、チャックを締めた。

その他大勢が入っている瓶の群れの中に。


「おお、起きたか我が孫よ」

何食わぬ顔で戻ってきた皇が嬉しそうな声をあげる。

「誰かさんの携帯のお陰でね」

皮肉をたっぷり込め、明らかに不機嫌な顔で禅箭が答える。

「それは都合がいい。さっさと荷造りしろ」

「……は?」

「急用が入った。このまま東京戻るぞ」

「はぁ!?」

何というハードスケジュール。確か今日は昼過ぎの飛行機に乗る予定だったはず。

朝食も取らずに那覇へと向かう羽目になった。

これで飛行機に乗れなければまだ時間に余裕ができるのだが、そうはさせてくれないのが一族の力だった。


「…で?どういった急用が入ったって言うんだよ」

ギリギリで駆け込んだ飛行機の中で禅箭が肩で息をしながら訊く。

「まずい奴等が覚醒したらしい、という情報が入った」

微かに息を震わせて、皇が答える。

まさか、湊が?

嫌な予感が禅箭の背筋を走った。

しかし、それはすぐに杞憂と気付いた。皇ははっきりと「奴等」と言っている。

湊の中に入り込んでいるのは一匹だけだ。少しだけ安心し、ふう、と溜息を漏らした。

「いいか、俺は東京で済ませていく用事がある。お前はこのまま戻れ」

皇の表情はいつになく厳しい。禅箭は呼吸を整えながら、黙ったまま強く頷いた。



**********

頭が、痛い。

左目が、熱い。

こんな夜を何回繰り返しただろうか。

最近は自分の意識が大分薄れているような気がする。

眠りにはつけない。自分が眠ってしまったらあいつが起きてしまうかもしれない。

そして自分はこのまま目覚める事が無いかもしれない。

測り知れない不安と恐怖が湊の中に渦巻いていた。


「いいよ、いいからさっさと眠れよ」


「………!!」

今の声は、誰だ?

聞き覚えの無い声。第一、ここに今いるのは自分だけだ。


「眠らないと、後が辛くなるぜ」


「!?」

喉に微かに感触があった。

声を出した感覚。

話していたのは、自分か?

いや、それは無い。


とすれば、答えは一つしか無かった。


**********


禅箭が皇と空港で別れ、家に着いたのは昼過ぎだった。

都の姿は見えなかった。恐らく、汀の護衛をしているのだろう。

学校に向かおうかとも思ったが、今更行っても意味がないと判断し、とりあえず荷物を片付けることにした。


一通り片付けが終わったのを見計らったように、玄関のチャイムが鳴った。

こんな時間に訪問者の予定は無い。

どうせ新聞の勧誘か何かセールスだろう、と禅箭は無視する事にした。

しかし、その訪問者が玄関から去る様子は全く無い。

ひたすらチャイムを鳴らし、出てくるのを待っている。

「帰って来ているんだろう?」

聞いた事の無い、男性の声。

(鬱陶しいなぁ)

痺れを切らして、禅箭が玄関のカギを開ける。

「あれ?」

玄関に立っていた人物を見て、禅箭が面食らう。

よく見知った人物だったからだ。

「湊……?」

「何だ、常盤の人間にしては勘が鈍いんだな」

「!?」

明らかに彼のものとは違った声に、瞬時に身構え、額の印を開く。

まさか……

背中に冷たい汗が伝う。次の瞬間、圧倒的な瘴気が彼に向かって牙を剥いてきた。

「うわっ………!」

古い家のあちこちが軋む。吹き飛ばされそうなのを抑えるのが精一杯だ。

湊の中にいたのは、こんなに強い奴だったのか……

間違いなく、今まで戦ってきたものよりも強い。

自分一人で勝てるのかどうかさえも疑問と感じさせるほど、彼の魔気は凄まじいものがあった。

ふと、瘴気の渦が止んだ。

「挨拶はここまでにしておこう」

湊の顔のまま、余裕を感じさせる表情を禅箭に向け、彼は家に上がってきた。

「……?」

先ほどまでの殺気は微塵も感じられない。先刻の瘴気と魔気がなければ、湊本人とさえ感じられる。

「ちょっと待てよ、何の用でここに来たんだ!湊はどうしたんだよ!!」

「安心しろ、アイツは死んじゃいねぇよ」

ひらひらと手を振りながら、まるで自分の家かのような振る舞いで居間に入った。

「あぁ、俺茶よりもコーヒーの方が好きなんだわ」

「贅沢言うな」

そう言いながらしっかりコーヒーを入れた禅箭は結構お人よしなのかもしれない。


嫌な沈黙が二人の間を流れる。

「ま、単刀直入に言わせて貰うけどな」

先に口を開いたのは、彼の方だった。

「取引に来た」

「取引……?」

意外な申し出に、思わず訊き返す。

「ああ。お前等にとっても悪くない条件だと思うぜ」

「それは条件次第だろう」

「相違ねぇ」

ケラケラと笑う。緊張感と言うものがまるで無いようだった。

それを湊の顔でされると、余計に違和感を感じた。

「ま、こっちからの条件は一つだけだがな」

「だから何だよ」

微妙な沈黙が再び二人の間に流れる。やがて、吐き出すように言い放った。

「汀に、俺の正体を教えるな。その代わり、俺もアイツに手を出さない」

…………………………

「はぁ!?」

あまりにも意外な申し出に、素っ頓狂な声を出さずにはいられなかった。

「ちょっと待てよ、どういう事だ!?」

「そのままの意味さ。俺はあんたらとドンパチやる気は無いって事だ」

「でも、お前が闇魔でいる限り、俺達はお前を封じなきゃいけないんだぞ」

「まあ、それもあるだろうな。でも元々、俺はこっちの世界に出てきたかった訳じゃないし。戻る時があるなら戻っちまっても一向に構わないんだよ」

「それは矛盾しているんじゃないのか?お前は5年前に汀を襲ったんだろ?その時に湊と融合したんじゃなかったのか?」

「そこが問題なんだよ」

まるでここからが本題だと言わんばかりに、迫ってきた禅箭を押し返す。

「いきなり信じろっていうのも虫が良すぎる話だとは思うけどな。あの時の俺は、操られていたんだ」

「誰に」

「それはまだ言えねえ。そのうちイヤでも知ることにはなるがな。それで、操られてあの娘を襲ったが、コイツに邪魔されて失敗してこうなっただろう?正直、自分でもどうしてこんなことになったのかわかんねえんだよ。で、仕方なくこうして暮らしているうちにな、何か……こう、不思議な気分になっちまったんだよ」

闇魔の時には感じなかった感情。

きっと、闇魔のままでいたら一生感じることの出来なかった感情。

「あいつ…汀はさ、いつも笑ってるだろ?それ見てたら、何かさ、ずっとあの笑顔を見ていたくなった」

守りたくなった。

全く予想しない展開だった。

まさか、闇魔にこんな感情が芽生えるなんて。

「あいつに、今まで意識が途切れている事くらい聞いてるだろ?その時に殺そうと思えば、いつでもできたんだぜ」

戸惑っている禅箭を見透かすように、不敵な笑みを浮かべる。

確かに、それは湊本人の口から聞いていた。

「今のところは、まだ何もしていないけどな」

「……脅しているのか?」

「別に。まあ、コイツ本人が最近かなり頑張りすぎてるみたいだからな。下手に壊れちまうとこっちも迷惑だからな。先手を打ってるだけさ」

どこかの姉ちゃんにまた貧血起こすまで血を抜かれたりしたら堪らないからな、と付け加える。

「どちらにしろ、お前を操っていたと言う黒幕が出てこないと信じるわけにはいかないな」

もしこいつが自分の意思で汀を襲ったという事ではないのなら、然るべき敵は別にいるという事になる。

しかも、彼ほどの力を持った闇魔を操るくらいの強大な力の持ち主だ。

「それは仕方ないだろうな。構わねぇよ。用件は告げたし、そろそろ帰るわ。コイツも起きる頃だしな」

余っていたコーヒーを一気に飲み干し、それじゃーなと手を振って玄関口へと向かう。

「もしお姫様が心配なら、都でもこっちに遣すんだな。あいつならお前と違って躊躇い無く喉笛を掻っ切るだろうよ。そうすれば俺もコイツも、一瞬で殺せるぜ」

「………!!」

笑顔でとんでもない事をさらりと言う。不安と躊躇を全て見透かされたような気がして、禅箭は俯いた。

「そうだ、俺は直接コイツとは話せないから、伝言頼むわ」

靴を履き終えた後、思い出したかのように振り向く。「何だよ」

「妹を襲ったりしないから安心して夜は眠れ。あと、お前が起きている間、基本的に俺は眠っているから、その間俺の<力>を使わせてやる。コントロールできるようにしておけよ。ってな」

「お前の…闇魔の力を、人間が使いこなせるのか?」

「できるさ。コイツならな」

多少なりとも、闇魔の血が溶け込んでいる身体なら。

そして彼の精神力の強さなら。きっと使いこなせるようになる。

それほどまでに、彼は湊という人間を評価していた。


次に会う時は戦いの場だ。

そう言って彼は帰っていった。


親友の中に巣食う魔物。それは予想とはかなり違った展開を持ち込みそうだった。

そういえば、名前聞いてなかったな……




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