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2話

『…申し訳ありません、突然だった故、連絡もせずに行ってしまって』

皇の影から姿を現した都が、申し訳無さそうに頭を下げた。

「いや、それは雉祢に聞いたから問題なかったけどな」

実際は、全て終わってから聞いたのだが、それは敢えて言う必要もないので黙っておいた。

「コイツが全部悪いんだし。疲れるような式神(シキ)を使うから連絡遅れるんだろ」

「カゲロウくんは多機能&高性能なんだぞ。多少疲れるくらい目を瞑れ」

カゲロウくんを呪符に戻して皇が反論する。

「…疲れる事はまあ何とか苦しいながらも理解してやるよ。……で、その疲れるような多機能で高性能なシキをどこから飛ばしたんだ?」

「チュニス港」

「…一発、いや三発殴らせろ」

「ダメだよ禅ちゃん、すーちゃん殴っちゃ」

「ですわ、禅サマ」

殴りかかろうとした禅箭を、汀と雉祢が止めた。

『…しかし、今回ばかりは、禅箭に同感ですね……』

都がらしくない台詞を溜息と共に吐き出す。

実際、一番被害を被ったのは都であった。

「大変だったんだぞぉ、街中じゃ都に荷物持たせられなかったからな」

普通の人間から見れば、荷物が宙に浮いている状態になってしまうため、都に荷物を持たせることはできず、殆どの道程を一人で膨大な量の荷物を持ってくる羽目になったのだった。

「自業自得だろ」

冷たく突き放す。

「それがたった一人のお祖父ちゃんに言う台詞か」

「たった一人の孫を年がら年中ほったらかしにしてる奴に言われたくないね」

とうとう切れたらしく、勢いよく立ち上がると、バァンと大きな音を立てて扉を閉め、禅箭は自分の部屋に戻っていってしまった。

「相変わらず短気だなぁ、あいつ」

皇が苦笑した。


「禅サマ……」

雉祢がそっと部屋の戸を開ける。

中は電気も点けず、真っ暗だった。

ベッドが盛り上がっているのが、暗闇に慣れた頃、気づいた。

「眠ってしまったんですの…?」

「………」

返事は無かった。しかし、眠っている様子もなかった。

「…以前、会った頃を思い出しますわね。あの時も皇様に反抗して…」

ベッドの端に腰を下ろして、雉祢が優しく微笑む。

「久しぶりにお会いできて本当は嬉しいのでしょう。意地は張らないほうが良いですよ」

「…意地とか、そんなんじゃねえよ」

呟くような、独り言のような返事が返ってくる。

別に皇が家を留守にするのは茶飯事な事で。

いつもフラリと出かけて、数ヶ月帰ってこないようなこともしばしばで。

そしてひょっこりと帰ってきたりして。

8年前、両親を事故で失って、何が何だかよくわからないうちにここに連れてこられて。

その一週間後に突然一人きりにさせられたりして。

一人きりにさせられる恐怖に怯えて。

置いていかれる淋しさを幾度となく体験して。

何度となく皇を恨んで。

…それでも、帰ってくると嬉しくて。

でも、憎んでいて。

どうしたら良いのか、自分でもよくわからないのだ。


「…あの頃、お前に会ってなかったら今頃こうしていなかっただろうな」

「禅サマ……」

雉祢が、そっと禅箭の上に覆い被さる。

「雉祢は、お傍におりますわ。これからは、お望みならばこの生命の続く限りお世話させていただきますわ」

優しく、子供を宥める様な口調で寄り添った。

「……今夜は、このへんでお暇しますわね」

数秒の間をおいて、雉祢はそっと部屋から出て行った。

「おやすみなさいませ…禅サマ」


「…すーちゃん、どうしてあの人に禅ちゃんの部屋に行かせたの?」

土産の菓子をつまみながら汀が聞いた。

「何となく…かな。そんな膨れっ面しなさんな。折角の美人が台無しだぞ」

ポンポンと汀の頭を撫でながら皇が言った。

「…あの人って、禅ちゃんとどういう関係なの?」

まだ少し頬を膨らませて第二の質問。

皇と都が無言で目を合わせる。

「説明に難しいよなぁ……」

『禅箭からは聞いていないのですか?』

「後で…としか言われてない」

「説明には及びませんわ」

物音一つ立てずに雉祢が汀の背後に現れる。

「禅サマは私の全て。…それだけですから。そろそろお暇させていただきますわね」

汀に一瞥をくれ、雉祢は黙って玄関に向かった。

「あっ…私もそろそろ帰らなくちゃ。湊ちゃん心配する」

『送ります』

慌てて帰り支度をする汀の後を都が追った。

「あっ、じゃあこれ湊くんに渡しておいてくれ。土産」

「ありがと。……何でうなぎパイ?」

手渡された包みを見て一瞬固まる。

「無性に食べたくなってな。ちょっと回り道して買って帰ってきた」

「………わかった。ありがと。じゃ、おやすみなさ~い」

「はいはい」

「…禅ちゃんにも、おやすみなさいって言っておいてね」

「わかってるよ」

パタパタと足音が遠ざかってゆくのを、皇は笑顔でずっと見送っていた。

姿が完全に見えなくなった頃、

「さてと」

腰を軽く叩いて、ゆっくりと奥の部屋に足を進めた。

「禅ー」

扉をノックしようとした刹那、中から扉が開いた。

「…下で茶でも飲むか?」

禅箭は黙ったまま頷いた。


「今度は…いつ出かけるんだよ」

羊羹を一切れ口にほおりこんで、禅箭が聞く。

「予定まだ組んでないからなぁ~。まあ、一ヶ月くらいはここにいるだろうな」

「珍しい」

いつもだったら早ければ翌日、遅くても2週間後には再び出かけているのに。

「少し調べたいことがあってな。……お前のことも暫くご無沙汰だったからな。…明日からしごくからな」

「やなこった」

「とりあえず明日は函館にでも行ってくるか」

「…聞けよ人の話」

「あと、22日には横浜行くからな。あけておけよ」

「…学校あるんだけど」

「サボれサボれ」

「それが仮にも保護者の台詞か?」

「おうよ」

こいつは絶対、子供に学校休ませて遊園地に遊びに行くような親だったに違いない。


**********


「結局、だ~れも教えてくれなかったぁな~……」

汀はまだ不貞腐れている。

隣では、都がばつが悪そうに、視線を合わせないように歩いていた。

『仕方ないですよ…彼女のことばかりは私からは何とも…』

「都まで庇うんだ~、あの人のこと」

汀が冷ややかな瞳で一瞥をくれる。

『詳しくは知らない、ということですよ』

逃げるように歩くペースを早める。が、ふと、何かを思い立ったように足を止めた。

『汀…もしかして、嫉妬しているのですか?』

真っ直ぐな瞳で、二尾の狼が少女を見据える。

「そんなんじゃないもん」

間髪を入れずに否定する。

ただ、二人の関係が気になるだけ。

世間一般では、それを「好奇心」若しくは「嫉妬」と呼ぶ。

汀の感情がどちらかとは言い難い。

「………」

鳥居を過ぎた辺りで、周りの木々がざわりと動いた。

汀と都が、ほぼ同時に足を止める。

風の縫い目を弄るように、木々が唸る。

若葉が数枚、風に散らされ、空に吸い込まれてゆく。

何かの気配を察したのか、都が低く身構えた。

闇に紛れるものとは違った、異質な気配。

----闇魔の、気配だ。


それは突如、上から現れた。

『!?』

都が気付いた時は遅かった。

ゆうに2メートルはあるだろうという巨大な鴉が、急降下してきていた。

完全に不意を突かれた都が、攻撃をまともにくらう。あっという間に数メートル飛ばされ、身体を巨木に叩きつけられた。

邪魔者を退かした鴉が、標的を汀に絞る。

<結界の異変を感じたから来てみれば…とんだ獲物が見つかったものだ>

鴉がククク、とまるで笑っているかのような声をあげる。

『汀……早く、結界の中へ…っ!!』

ふらつきながら都が叫ぶ。

汀は動かなかった。いや、動けなかった。

汀が、体内にある「封魔の氷鏡」を使うには、数秒の時間を要する。そしてその数秒の間、彼女はトランス状態に陥るため、完全に無防備になってしまうのだった。

今、その状態になれば確実に捕まる。かといって、動こうとしても隙を見せずに移動することは今の彼女には困難なことだ。

それがわかっているから、動けなかった。

結界の境界線である鳥居までは、約10メートル。たったそれだけの距離が、今では何よりも遠く感じる。

<ついているな…>

鴉がゆっくりと、一歩一歩汀に近づいてゆく。

(禅ちゃんっ……!!)

汀の身長を軽く超える巨大な鳥が、彼女を威嚇するようにはばたく。

カシカシと、嘴を鳴らす。

彼女がこの場から逃げる術は、完全に塞がれた。


ガキン、と嘴が空を切る音が響いた。

威嚇ではない。汀に襲い掛かったのは確かだった。しかし、当の彼女は彼の鋭い武器から逃れている。

間一髪で、彼女を結界の中に突き飛ばした影があった。

「え……?」

突き飛ばされたときに掠り傷は少し出来たものの、汀は殆ど無傷だった。

そして彼女の代わりに巨大な鴉の前に立塞がったのは、一匹の動物だった。

見た目としては、猫に似ている。しかしそれと呼ぶには似つかわしくない大きさをしていた。

全身は黒く、すらりと伸びた肢体。長い尾はぴんと天を仰ぎ、大きな瞳は真っ直ぐに鴉を見据えていた。

<……何故、何故貴様がここにっ………!!>

攻撃目標を捕らえ損ね、僅かにバランスを崩した鴉の台詞は、後半を聞くことができなかった。

鮮血が、いつの間に空けられたのか、胸の風穴と嘴から吐き出された。

あっけなく鴉の身体は崩れ落ちる。嘴からはヒューヒューと微かな呼吸が繰り返されている。

じきにそれも止まる。それに気づいた汀は、慌てて「鏡」を取り出した。


一滴の体液も残さないまま、闇に還される。

それを見届けてから、黒猫はそっと身体を翻した。

「雉祢……ちゃん………?」

汀の台詞に、進みかけた足がぴたりと止まる。

そしてそっと振り返る。

何故そう思うの、とでも言いたげに。

「…同じ……コロンの香りがする」

『………』

「まさか、そういう所からばれるとは思いませんでしたわ」

そう言った直後、一瞬にして、その猫は黒髪の美少女の姿に変化した。

「ただのあーぱーさんではなかったようですわね。少し、安心しましたわ」

不適な笑みで汀に近づく。

「怖くないんですの?」

「だって、敵じゃないもん」

威圧するような態度を、いとも簡単に崩す。

雉祢の顔が、一瞬強張った。

「闇魔とは…感じが違う。……怖いとか、そんな感じが全然しないもん」

「…………」

雉祢の表情が、フッと緩む。

「合格ですわ」

ポン、と汀の頭を軽く撫ぜて、雉祢は階段に腰を降ろし、汀を招いた。

「…教えて差し上げますわ。私の事を」

『……雉祢』

「大丈夫ですわよ、都。私が送り届けますから」

『…そうですか。……それならば…』


「単刀直入に申しますと、私は魔族ですが「真魔」と呼ばれる<存在を(ゆる)された闇>なんですの」

「赦された…闇?」

「そう……人と交わることは殆ど無いけれど、世界には必要とされている部分なのですわ。

夜があるから朝が訪れるように。光があるから影が生まれるように」

必要とされた影。それがあるからこそ光は初めて「光」としての力を発揮する。

「それには、ある程度の規格が必要なのです。闇の部分が大きくなりすぎないための条件が。

……それから外れてしまったものが、闇の世界に還される存在…そしてあなたがしていることの相手なのですわ」

「………闇魔」

「そうですわ。…闇の部分が大きくなりすぎた者達は、世界のバランスを崩します。貴女が彼等を闇に還すのを、

少しでも手助けするのが私の役目なんですの。規格から外れてしまったとはいえ、元々は私の仲間。

…仲間の不備を正すのもまた私達の役目なんですの」

その横顔は少し淋しげなものに見える。

「…それじゃあ、雉祢ちゃんは、友達と戦う事になってしまうの…?」

汀が泣きそうな顔で雉祢を見上げる。

「心配ありませんわ、汀」

悟った雉祢が彼女を引き寄せ、胸に抱く。

ほんのり漂うコロンの香りが心地よい。

「私たちに<友達>といった感情は殆ど存在しませんから。それがあるような者は、闇に堕ちたりしません。

友達が悪いことをしていると知った時、貴女は叱って、止めさせようとするでしょう?…それと同じですわ」

「でも……」

「貴女は自分の使命を全うさせなさい。それが何よりも私たちの為になることであり、願いですわ」

闇に還るということは、決して死ぬということではないから。

元いた場所に戻るだけなのだから。

だから、罪悪感だけは感じないで。

「……これを、渡しておきますわね」

雉祢が耳につけていたピアスをひとつ外し、髪の毛を一本抜くと、それに通した。

淡く輝いたかと思うと、それは銀色のチェーンと、牙を交差させた形をしたペンダントに姿を変えた。

「これを身に付けておけば、例え一人で行動していたとしても、近くにいる私の仲間が助けてくれますわ。

……私を呼び出す時にもお使いくださいまし」

汀の首に掛け、優しく微笑んだ。

「ありがとう」

「話が長くなりましたわね。約束通り、送っていきますわ」

足元の砂を払うと、雉祢は再び猫の姿に変化した。

「背中にお乗りくださいませ。しっかり掴まってないと、振り落とされますわよ」

『振り落とされては困ります』

都が怪訝な顔をして雉祢を見つめる。

汀は黙って雉祢の首に手を回した。

ふかふかして、温かい。

「住所はどこです?」

「えっと…………十字町の…」

「承知しましたわ」


次の瞬間、汀の足は地面から遠く離れていた。


数秒後、汀はマンションの前に立っていた。

「あれ?」

「着きましたわ」

早い。

「それでは、私はこれで」

「お茶くらい飲んでいったら…?」

あっさり立ち去ろうとする雉祢を、慌てて引き止めた。

「お心遣いは有難いですが、これから行かなければならない所がありますので。今回は遠慮させていただきますわ」

「そうなんだ……残念だね」

「次回は是非ご馳走になりますわ。それに、また、すぐに会えますわ」

淋しそうな顔をする汀の頭を撫ぜ、軽く会釈をすると、彼女の姿は再び空に吸い込まれていった。






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